第2章・第9話:眩しすぎる騎士
「さあ、私から離れないようにしたまえ! このランタンが照らす限り、君たちの安全は私が保証しよう!」
地下2階層から3階層へと続く、長く暗い螺旋階段。
その先頭を歩くのは、闇夜を照らす魔導ランタンを意気揚々と掲げるカイル・イグノタフだった。彼の足取りには微塵の迷いもなく、マントを翻す姿はまさに絵に描いたような「高潔なる騎士」そのものである。
(それにしても……このランタン、いくらなんでも少し明るすぎやしないかい……?)
内心でそんな疑問を抱きつつも、カイルは顔に出さない。憧れのエレナの前で「眩しすぎる」などと文句を言うのは、貴族の矜持に反するからだ。
その後ろを、レイン、シエル、エレナの三人が適度な距離を保ってついていく。
「……おいシエル。あのランタンの出力、バグってないか?」
「ええ。闇市場で手に入れた最高純度の触媒を組み込んだからね。今、カイル君の周囲には『致死量レベルの魔力ヘイト』が渦巻いているわ。地下3階層の防衛システムからすれば、彼は『超絶に目立つ巨大な的』にしか見えないはずよ」
ヒソヒソと交わされる極悪非道な会話。
カイルがエレナの私物と信じて疑わないそのランタンは、周囲の敵対的魔力を強制的に集約させる凶悪なデコイ装備である。
先頭で尋常ではない光を放ちながら歩くカイルの背中を見つめ、エレナは胃が痛む思いで小さくため息をついた。
(本当にごめんなさい、カイル君……。でも、他国のスパイやエネルギー問題なんていう重すぎる真実に、あなたを巻き込むわけにはいかないのです……)
エレナがカイルについた「学園の規律に関わる問題」という嘘は、彼を危険な真実から遠ざけるための、彼女なりの優しさだった。
――だが、現実は彼女の思惑を、ひどく残酷な形で裏切ることになる。
「……待って。止まりなさい」
階段を半分ほど下ったところで、最後尾を歩いていたシエルが鋭い声を発した。プロウォーカーとしての彼女の空気が、一瞬にして冷たく張り詰める。
「どうしたんだい、シエル君? 怯える必要はない、私が――」
「静かに。……血の匂いがするわ」
シエルの言葉に、レインも表情を引き締めた。
あまりにも明るすぎるカイルのランタンの光が、螺旋階段のさらに奥――3階層へ通じる分厚い扉の前の踊り場をくっきりと照らし出す。
そこには、黒い戦闘服に身を包んだ一人の男が、壁に寄りかかるようにして絶命していた。
「なっ……!? なんだ、この死体は!」
カイルが驚愕の声を上げる。
レインとシエルは即座に警戒態勢をとり、死体の元へと歩み寄った。エレナも青ざめた顔で後に続く。
「……レイン、これを見て」
死体の装備を探っていたシエルが、男の懐から見慣れない認識票を引きずり出した。それを見た瞬間、エレナの息がヒュッと鳴る。
「そ、れは……東の帝国の……」
「ええ。間違いないわね。他国の諜報員よ。装備の摩耗具合から見て、ついさっきまで生きて活動していたはず」
シエルの言葉に、エレナは言葉を失った。
自分たちがこれから対策を打とうとしていた他国のスパイが、なぜか自分たちよりも先に地下深層へと潜入し、そして――死んでいる。
「おいおい、嘘だろ……。俺たちがハメる予定だった連中が、すでに先回りしてたってことか?」
「おそらく、学園の防衛網の隙を突いて単独で潜り込んだのね。目的は私たちと同じ、3階層の奥に眠る機密情報か、あるいは魔導エネルギーの源泉か……」
レインは眉をひそめながら、スパイの死因を探るためにその体を検分した。
凄腕のプロウォーカーであるシエルでさえ警戒するレベルの、最新鋭のステルス装備に身を固めた工作員。それが、刃物で切り裂かれた痕も、魔法で焼かれた痕もなく、ただ絶命している。
いや、一つだけ。
男の眉間には、恐ろしいほど綺麗な**「小さな円形の風穴」**が空いていた。
「……極小サイズにまで超圧縮された、魔力弾による貫通創。しかも、このスパイが展開していたであろう多重の防御シールドごと、一撃でブチ抜かれてる」
レインの脳裏に、前のループで味わった「理不尽な死」の記憶が鮮明にフラッシュバックする。
音もなく、気配もなく、死角から放たれる不可視の一撃。
「地下3階層の防衛システム……『不可視の狙撃手』か」
レインの呟きに、シエルがゴクリと息を飲んだ。
国家の精鋭スパイでさえ、3階層の扉を開けた瞬間に、相手の姿を見ることもなく眉間を撃ち抜かれて即死したのだ。これから自分たちが足を踏み入れようとしている領域が、いかに常軌を逸した難易度であるかを、この骸が雄弁に物語っていた。
「……ひ、ひぃっ……!」
エレナが恐怖で口元を押さえる。スパイの陰謀からカイルを遠ざけるために嘘をついたのに、今まさに、そのスパイの死体と学園の最悪の闇が目の前に転がっているのだ。
だが、そんな緊迫した空気を、全く読まない男が約一名。
「ふん……。どこのネズミかは知らないが、身の程知らずにも我が学園の深淵に挑み、無様に散ったというわけか」
カイル・イグノタフは、スパイの死体を見下ろしながら、鼻で笑ってマントをバサァッと翻した。
彼は相手が他国のスパイであることも、その死因が凶悪な狙撃によるものであることも(あるいは意図的に理解しようとせず)、完全に「格下の盗賊が罠にハマっただけ」と解釈していた。
「エレナ、恐れることはない! この程度の防衛システム、私にかかれば児戯にも等しい。このランタンの光で全ての罠を暴き、私が君を勝利へと導いてみせよう!」
そう言って、カイルは一際強く眩い光を放つランタンを掲げながら、3階層への重厚な扉に手をかけた。
(((あ、こいつマジで何も分かってない)))
レイン、シエル、エレナの三人の心が、この瞬間だけは完全に一つになった。
スパイを一撃で屠る『不可視の狙撃手』。そのヘイトを一身に集めることになる、自ら光り輝くイグノタフ家の大天才。
「……頼もしいぜ、カイル。お前が先頭なら百人力だ」
レインは笑いを堪えるために口元を歪めながら、カイルの背中をポンと叩いた。
「さあ、行こうぜ。クソゲーの始まりだ」
重々しい軋み音を立てて、3階層の扉が開かれる。
圧倒的な死の気配が漂う暗黒の領域へと、極上の「肉の盾」を先頭にした一行は、ついに足を踏み入れた。




