第6章・第20話:不器用な影と、赤砂の地下金庫
「……カイル。あなた、さっきから足音が『ドスッ、ガシャン!』って鳴ってるんだけど。わざとなの?」
「す、すまない、シエル。猫のように歩いているつもりなのだが、ズボンの下に仕込んだ脛当て(グリーブ)がどうしても擦れてしまって……」
「どうして隠密任務に金属製の防具を着込んでくるのよ!」
私は歓楽街の薄暗い裏路地で、頭を抱えてしゃがみ込んだ。
真昼のアイアン・サントは、太陽の熱から逃れるように人々が屋内へ避難するため、表通りは閑散としている。しかし、この歓楽街の裏道だけは別だ。違法な薬や盗品を取り扱う輩が、影を縫うように行き交っている。
そんな中、深くフードを被った大柄な男――カイルは、一歩歩くごとにガチャリ、ガチャリと重厚な金属音を響かせていた。
地味な茶色のマントを羽織ってはいるものの、その歩く姿勢は定規で測ったように真っ直ぐで、隠しきれない『正義の騎士』のオーラが周囲のチンピラたちを逆に威圧し、不自然な空間を作り出している。
「いい? 私たちがこれから潜入するのは、盗賊ギルド『赤砂の蛇』が運営する違法カジノの地下よ。見つかれば蜂の巣にされるんだからね」
「承知している。万が一敵に囲まれた際、君を護るためには最低限の装甲が必要だと判断したのだ。……それにしても、裏社会の空気というものはひどく息苦しいな」
「……はぁ。もういいわ、とにかく私の後ろを静かについてきて」
私はため息をつきながら、路地裏のどん詰まりにある重厚な鉄扉の前に立った。
表向きは酒場の搬入口だが、この奥が『赤砂の蛇』の地下金庫へと繋がるVIP専用の裏ルートだ。
扉の横には、最新式の魔導ロック・パネルが設置されていた。
「カイル、見張りをお願い」
「任せてくれ。ネズミ一匹通さない」
カイルが背を向けて仁王立ちになると、それだけで路地裏に「絶対に通るな」という無言の圧が広がる。彼を避けて裏道の住人たちが逃げていくのを見て、私は少しだけ苦笑しながらパネルに向き合った。
空間に半透明のホログラム・キーボードを展開し、指先を滑らせる。
「さあ、お邪魔させてもらうわよ」
カタカタカタッ! と、目にも留まらぬ速度でコードを打ち込んでいく。
盗賊ギルドのセキュリティは悪辣で、三度のパスワード入力をミスすれば、高圧電流が流れるトラップが仕掛けられていた。だが、プロウォーカーである私の敵ではない。
五分後。
『アクセス承認(Access Granted)』の緑色の文字と共に、重厚な鉄扉が音もなく開いた。
「よし、ビンゴ! 行くわよ、カイル」
「見事な手腕だ、シエル。魔法のようだな」
「魔法じゃなくて技術よ。さあ、素早く、かつ静かにね!」
私たちは薄暗い階段を駆け下り、カジノの裏側を抜けて地下深くへと潜行した。
カイルの足音にヒヤヒヤしながらも、私のハッキングで監視カメラの映像を偽装し、巡回する警備員のルートを完璧に把握して回避していく。
やがて、目的の最深部――分厚い隔壁で守られた大金庫室へとたどり着いた。
最後のロックを解除して中へ滑り込むと、そこには眩いばかりの金銀財宝や、違法な魔導具が山のように積まれていた。
「これは……ひどいな。どれだけの善良な人々から搾取したというのだ」
カイルが眉をひそめて呟く。
「義憤に駆られてる場合じゃないわよ。お目当ての『鍵』は……あった!」
部屋の中央、厳重なガラスケースの中に鎮座している黄金のアーティファクト。
二つの鍵のうちの一つ。間違いない。
私は慎重にケースの防犯システムをハッキングし、カチリと音を立てて蓋を開けた。
「よし、これで一つ目……!」
私が黄金の鍵へ手を伸ばした、まさにその瞬間だった。
――パァァンッ!!
突然、金庫室内の照明が眩い赤色の警告灯へと切り替わり、鼓膜を破らんばかりのけたたましいサイレンが鳴り響いた。
「なっ……!? 私のハッキングが破られた!?」
「シエル、下がれ!!」
カイルが瞬時に私の前に飛び出し、隠し持っていた大剣を抜いて構える。
同時に、金庫室の奥にあった隠し扉が重々しい音を立てて開き、そこから十数人の重武装した盗賊たちと、顔に巨大な傷を持つ大男――『赤砂の蛇』の頭目が、拍手をしながら姿を現した。
「ハッ、見事な腕前だ。ウチの可愛いセキュリティを突破したネズミは、一体どこの凄腕かと思えば……ずいぶんと可愛らしいお嬢ちゃんと、場違いなブリキの騎士様じゃねえか」
頭目がニタニタと笑いながら、手にした大型の魔導銃の銃口を私たちに向ける。
完全に包囲された。逃げ場はない。
「カイル……!」
「案ずるな、シエル。私が君の盾となる」
カイルがマントを脱ぎ捨て、白銀の甲冑を赤色の警告灯に輝かせながら、決死の表情で剣を構え直した。
絶体絶命の窮地。
――一方その頃。
王都奪還の運命を分けるもう一つの舞台、東の『嘆きの谷』。
灼熱の太陽が照りつける砂漠のど真ん中で、バルドとティオもまた、想像を絶する脅威に直面していたのだった。




