第6章・第19話:2本の矢
「……待って。やっぱり、一つずつ順番に攻略していくのはナシよ」
私が突然そう言い出すと、食後の果実ジュースを飲んでいた三人が不思議そうに顔を上げた。
「どうした、シエル?」
「王都の『絶対防壁』の強度は、時間が経てば経つほど強固にアップデートされていくはずよ。それに、王都でギリギリの綱渡りをしてくれているエレナとレインの負担を考えたら、私たちがのんびり砂漠を順番に観光してる暇なんてないわ」
私は空中に浮かぶ二つのホログラム・ウィンドウ――『熱砂の移動迷宮』と『盗賊ギルドの地下金庫』のデータを横に並べ、パチンと指を鳴らした。
「――二手に分かれましょう。二つの鍵の同時攻略よ!」
「同時攻略だと? 本気か、お嬢。ただでさえ未知の迷宮とヤバい盗賊ギルドだぞ。戦力を半分に割るなんて、リスクが高すぎやしねえか?」
バルドが渋い顔で真鍮の義手をさする。
「リスクはあるわ。でも、私たちのパーティーなら絶対にやれる」
私は自信満々にアメジストの瞳を輝かせ、二つのチーム分けを発表しようとした。
「まず、カイルとティオ! あなたたち二人は東の迷宮をお願い。そして私とバルドで、盗賊ギルドの地下金庫へ――」
「――ちょっと待て、お嬢」
不意に、バルドが低くドスの効いた声で私の言葉を遮った。
彼は腕を組み、隣で「迷宮! 迷宮!」とはしゃいでいるティオと、真面目な顔で頷いているカイルを交互に見比べる。
「騎士様の前衛としての突破力に文句はねえ。だがな、相手は『旧時代の魔導師が創った防衛機構』だ。剣の腕だけじゃどうにもならねえ、えげつない初見殺しの罠や崩落ギミックが山ほどあるはずだ」
バルドは大きなため息をつくと、ティオの頭に無骨な大きな手をポンと乗せた。
「このお転婆娘は、鼻は利くが後先考えずに突っ込む癖がある。……お堅い騎士様じゃ、こいつが流砂の罠に足を踏み外した時に、首根っこ掴んで引きずり上げるような真似はできねえだろ。俺は心配でたまらねえよ」
「むーっ! アタシ、ちゃんと気をつけて罠解除できるもん!」
ティオがぷくっと頬を膨らませて抗議するが、バルドはその頭をガシガシと乱暴に、けれどとても優しく撫で回した。
「うるせえ。保護者の言うことは黙って聞いとけ。……というわけだ、お嬢。迷宮探索は俺とティオで組む。泥臭い罠の解除や瓦礫退かしは、傭兵の俺たちに任せな」
バルドの言葉に、カイルは一瞬目を見開いたが、すぐに納得したように深く頷いた。
「……なるほど。確かに迷宮の探索において、私の騎士としての経験はバルド殿の傭兵としての直感に劣るだろう。ティオ殿の背中は、貴方に任せた方が確実だ」
「おう、任せとけ。絶対にお姫様を無傷で連れて帰ってくるぜ」
「だからお姫様じゃないもん!」
バルドとティオがワイワイとじゃれ合い始めるのを見て、私はハッと気がついた。
……待って。バルドとティオが迷宮に行くということは、必然的に。
「えっ……じゃあ、私がカイルと組んで、盗賊ギルドの地下金庫に潜入するの!?」
私は思わず立ち上がり、カイルを指差した。
白銀の甲冑に身を包み、どこからどう見ても『正義の騎士』のオーラを放っているこの男と、泥棒稼業の真似事をする?
「そのようになるな。私とシエルで、盗賊ギルドの金庫から鍵を奪還する」
カイルは至って真面目な顔で、トントンと自分の胸を叩いた。
「いやいやいや! 盗賊ギルドへの潜入よ!? 隠密行動よ!? あなたみたいにピカピカ光る甲冑を着た目立つ騎士様を連れて行ったら、ハッキングする前に三秒でバレるわ!」
「問題ない。潜入任務とあらば、私も気配を殺し、影のように振る舞う所存だ」
「絶対無理でしょ、その真っ直ぐな瞳で言われても説得力ゼロよ!」
私が頭を抱えていると、バルドが腹を抱えて笑い出した。
「ハッハッハ! 違えねえ。だが、お嬢のハッキング中の護衛として、騎士様の鉄壁の防御力はこれ以上ないほど頼りになるぜ。……少しは『悪党の流儀』ってやつを、騎士様に叩き込んでやったらどうだ?」
「……うぅっ。もう、仕方ないわね。カイル、明日はその目立つ甲冑は宿屋に置いていくこと! フード付きの地味なマントを買ってくるから、それに着替えてちょうだい!」
「承知した。シエルの指示に従おう」
カイルが素直に頷くのを見て、私はやれやれと深いため息をついた。
天才ハッカーと、融通の利かない元騎士の凸凹コンビ。不安しかないけれど、この戦力を二分した同時攻略の賭けに勝たなければ、王都への道は拓けない。
「よし、決まりね! 明日の朝一で行動開始よ。それぞれの『鍵』を手に入れたら、この宿屋のバルコニーで合流しましょ!」
◇
――翌朝。
太陽が完全に昇りきり、空気がオーブンのように熱くなる前。
アイアン・サントの東門で、私たちは二つのチームに分かれて向かい合っていた。
「水と食料、それに砂漠用の解毒薬は持ったわね? バルド、ティオが暴走しないようにしっかり手綱を握っておいてよ」
私が念を押すと、バルドは真鍮の義手をガキリと鳴らしてニヤリと笑った。
「おう。お嬢たちこそ、地元の盗賊どもを舐めんなよ。ヤバいと思ったら、鍵は諦めてさっさと逃げろ」
「ティオ、迷宮の奥でピカピカの宝物があっても、絶対に変なところ触っちゃダメだからね」
「わ、わかってるもん! バルドおじちゃんと一緒に、ちゃんと鍵だけ持ってくるよ!」
ティオが大きく尻尾を振って、元気に手を振り返す。
「カイル、シエルのことを頼んだぜ。背中は任せた」
「ああ。貴方たちも、どうか無事で」
カイルがバルドと固い握手を交わし、力強く頷き合った。
「――それじゃあ、作戦開始よ!」
私の号令と共に、バルドとティオは砂埃を上げて東の『嘆きの谷』へと駆けていく。
心配でお節介な傭兵と、身軽で元気な獣耳の少女。迷宮に挑むには、案外最高の組み合わせかもしれない。
頼もしい二人の背中が見えなくなった後、私は振り返って『新しい相棒』を見上げた。
「さて、と。カイル、マントのフードは深く被って。私たちも行くわよ」
「ああ。影のごとく、ひっそりと向かおう」
……声が大きくて全然ひっそりしてないのだけれど。
私は少しだけ先が思いやられながらも、アメジストの瞳にハッカーとしての冷徹な光を宿した。
砂漠の迷宮と、鉄壁の地下金庫。
二つの『金の鍵』を巡る、プロウォーカーたちの同時進行の死闘が、今幕を開けた。




