第6章・第18話:再訪のオアシスと、砂に埋もれた二つの鍵
「ゼエ、ハア……。シエル、アタシもうダメ……。毛皮が、毛皮がぁ……」
「頑張ってティオ! ほら、あそこ! 色鮮やかな布幕が見えるでしょ!」
グランゲートを出発し、灼熱の『迷いの砂丘』を歩き続けること数日。
干物一歩手前になっていたティオを励ましながら砂丘を越えると、陽炎の向こう側に巨大な鉄の防壁に囲まれたオアシス都市が姿を現した。
強烈な日差しを避けるための色鮮やかな布幕が町中に張り巡らされ、豊かな地下水脈の恩恵で青々とした植物が生い茂る砂漠の交易拠点。
「ふぅ……戻ってきたわね。砂漠の町『アイアン・サント』に」
私が額の汗を拭いながら息をつくと、隣でバルドが「ああ。相変わらず熱気とスパイスの匂いがプンプンしやがるぜ」と、真鍮の義手を鳴らしながらニヤリと笑った。
「シエルたちは、ここに来たことがあるのか?」
涼しい顔をしているものの、白銀の甲冑の下で汗を滲ませているカイルが尋ねてきた。
「ええ。水上都市で『水の鍵』を手に入れた後、私とバルドの二人でここに来たのよ。その時に市場のおばあさんから『砂の書館』の言い伝えを聞いて……まあ、二人で無理やり扉をこじ開けようとして、砂に生き埋めにされかけたんだけどね」
(※あの時、私のハッキングが弾かれた話はあまり思い出したくないけれど)
「おまけに、あの時はレインの坊主から『カイルが反逆して学園を出た』って通信が入った直後だったな。路地裏でイグノタフの追っ手どもに絡まれて、お嬢が『銀の鍵』で派手に吹っ飛ばしたんだぜ」
バルドが豪快に笑いながら当時を振り返る。
「……そうだったのか。私が全てを捨てて王都を出たあの時、君たちはこの町で戦い、私のことを聞いてくれていたのだな」
カイルは少し驚いたように目を瞬かせた後、どこか嬉しそうに、そして懐かしむように町並みを見つめた。
「うんうん、昔話は後! シエル、冷たいお水! ご飯!」
ティオが私の魔導コートの裾を引っ張って、涙目で訴えかけてくる。
「分かってるわよ。バルド、前に行ったあの宿屋のバルコニー、また取れるかしら? 最高の『アレ』を皆に食べさせてあげたいの」
「おう、任せとけ! ちょうど夕暮れ時だ、親父に言って最高の炭火焼きを用意させるぜ!」
◇
「……っ! 美味しい!! なにこれ、すっごく美味しい!」
夕暮れ時。黄金色から深い藍色へと沈んでいく砂漠の地平線を望む、宿屋のバルコニー。
木のテーブルの中央には、大ぶりの『砂漠海老』の直火焼きが山盛りにされていた。炭火で熱された分厚い殻からは、ジュワジュワと脂が弾ける音と共に、暴力的なまでに食欲を刺激するスパイシーな香りが立ち上っている。
「だろう? 砂漠の地下深くの岩影にしかいない幻の海老だ。粗塩と特産の赤い香辛料、それにすりおろした香味野菜をたっぷりまぶして、強い炭火で一気に焼き上げてある。熱いうちに食いな」
バルドが器用に真鍮の義手を使い、火傷しそうなほど熱い頭の殻をパキリと小気味よい音を立てて外す。その瞬間、中からもうもうたる湯気と共に、黄金色に輝く濃厚な『海老味噌』がとろりと溢れ出した。
ティオは顔中をスパイスだらけにしながら、はち切れんばかりに分厚い琥珀色の身にガブリと食らいついた。
「んん〜っ! お口の中でお肉がぷりっぷりに弾けるよぉ! ピリッと辛いけど、噛めば噛むほど海老の甘いお汁がじゅわ〜って出てきて、すっごく美味しい!」
幸せそうに尻尾をブンブンと振り回すティオを見て、カイルもそっと殻を剥き、手掴みで熱々の海老にかぶりついた。
「……むっ!? これは……!」
カイルがハッと目を丸くする。
弾力のある極上の身から溢れ出す、強烈な甘みと熱い肉汁。そこに舌を刺すスパイスの辛味と炭火の香ばしさが絶妙に絡み合い、噛むほどに旨味の奔流が押し寄せてくるのだ。
「見事な旨味だ。王都の宮廷料理ですら、これほど野性味に溢れた力強い味は出せない……。このふかふかの平焼きパンで、殻に残った濃厚な海老味噌とスパイシーな油を掬って食べると、さらに絶品だな」
育ちの良いカイルすら作法を完全に忘れ、指先についた肉汁をペロリと舐めとりながら夢中で海老を頬張っている。
私も負けじとプリプリの海老を平らげ、スパイスで熱くなった口内へ、氷がたっぷり入った甘酸っぱい『砂漠の果実ジュース』を一気に流し込んだ。
「……んぐっ、ぷはぁ! 最高っ!」
私とバルドにとって、このバルコニーは二度目だ。
前回は、レインからの通信でカイルの孤軍奮闘を知り、これからどう動くべきか二人で話し合った場所。でも今は、そのカイル本人が隣で笑い、新しい仲間のティオもいる。
同じ景色、同じ海老の味なのに、なんだかずっと温かくて賑やかだった。
「さて。お腹も膨れて喉も潤ったことだし……本題に入りましょうか」
私は手や口の周りをナプキンで拭き取ると、居住まいを正し、空中に光のキーボードを展開した。
「王都の『絶対防壁』を破るためのパスワードであり、私のお兄ちゃんの記憶が囚われている【砂漠の書館】。その黒曜石の扉を開けるには、世界に散らばる7本の鍵をすべて集める必要があるわ」
私が言うと、皆の表情がスッと引き締まった。
「現在、私たちが持っている鍵は5本。……つまり、残りの『2本の鍵』を、この砂漠地帯で探し出さなきゃいけない。今日、市場で昔お世話になったおばあさんに挨拶ついでに色々と聞き込みをして、この町のネットワークの取引ログもハッキングして照合してみたわ」
私は空中に二つのホログラム・ウィンドウを浮かび上がらせた。
「面白い噂が二つ、浮かび上がってきたの」
一つ目のウィンドウを指差す。
「まずはこれ。アイアン・サントから東へ進んだ先にある『嘆きの谷』。そこに、満月の夜にだけ砂の中から姿を現す**【熱砂の移動迷宮】**があるらしいわ。その最深部に、旧時代の『黄金の遺物』が眠っているっていう伝説よ。空間座標がバグって常に移動し続ける、かなり厄介なダンジョンみたいね」
「移動する迷宮か。王都の書物で読んだことがある。かつて旧時代の魔導師が、己の宝を隠すために創り出した自律型の防衛機構だとか……」カイルが顎に手を当てて思案する。
「そして二つ目」
私はもう一つのウィンドウを拡大した。
「この町を裏で牛耳っている巨大な盗賊ギルド『赤砂の蛇』。彼らが最近、どこかの遺跡から**『太陽の踊り子』**と呼ばれる黄金の鍵を発掘したらしいの。厳重な地下金庫に保管して、近々闇オークションにかける準備をしてるみたい」
「……なるほどな。神出鬼没の動くダンジョンに、地元のヤバい盗賊ギルドの地下金庫か。どっちも一筋縄じゃいかなそうだぜ」
バルドがニヤリと好戦的な笑みを浮かべた。
「ええ。でも、その二箇所に『残り2本の鍵』がある確率は極めて高い。どっちみち両方とも攻略しなきゃいけないわ」
「なら、アタシ、どっちからでもいいよ! 迷宮の罠も、金庫の鍵開けも、アタシのダガーでちょちょいのチョイだからね!」
ティオが自信満々に胸を張る。
「ありがとう、ティオ。……そうね、盗賊ギルドの地下金庫は、セキュリティの解析にもう少し時間をかけたいわ。だから、まずは足慣らしも兼ねて、東の『熱砂の移動迷宮』から攻略しましょ!」
私が方針を決定すると、カイルが静かに頷き、白銀の聖剣にそっと手を添えた。
「承知した。迷宮の探索ならば、私とバルド殿の前衛が役に立つだろう。シエル、君は後方から迷宮の構造の解析を頼む」
「おうよ。お嬢とティオの背中は、俺たちががっちり守ってやるから安心しな」
頼もしい仲間たちの言葉に、私は嬉しくなって深く頷いた。
「ええ、頼りにしてるわ。……待ってて、お兄ちゃん。カイルの証拠と一緒に、絶対に迎えに行くから」
夜の砂漠を吹き抜ける温かい風が、バルコニーの布幕を優しく揺らす。
王都での決戦を前にした、最後の鍵集め。
明日から始まる未知なる迷宮への挑戦に向けて、私たちは静かに、けれど熱い闘志を燃やしていた。




