第七話 こっくりさん
内容が「エスカレーター」の同名作、キャラは「学園ゾンビーズ」の使いまわしです。ご了承ください。
一
その日の放課後、誰もいない視聴覚室で、机を囲んでこっくりさんをしていた、ラン・クーウォン、群上あかり、阿波根キャンの三人。こっくりさんに、好きな男子のことを聞いていたが、そのうちケンカになってしまった。
「なんで闇之先生が好きじゃいけないんデスか! そりゃ年寄りだけど、キュートで優しいおじいさんじゃないデスか!」
眉を吊り上げて、あかりを怒鳴るラン。チャイニーズらしい両サイドお団子頭で丸顔の、花のようなぱっちり目をした留学生である。
「あの先生、ネットで男の娘のひっどいホラー小説を載せてる変態爺さんだって噂よ」と白い目で言うあかり。「関わんないほうがいいわ」
彼女は長髪パツキンの派手な外見で、切れ上がった吊り目でヤンキーぽかったが、家は裕福でお嬢様である。
「あくまで噂でショ!」とラン。「それに本当だとしても、高齢者にそういう趣味があるのは、とってもイイことデスっ!」
「見た人の話だと、話もキャラも完全に頭おかしいうえに、救いが全くない最悪の鬱小説だっていうのよ。そんなおぞましい人、近寄るだけで異常が移るわ」と眉をひそめる。それはますます親友を増長させてしまった。
「ふん、パツキンヤンキーには、ダンディの魅力は到底分からないデス! あーもー、やめやめ! バッカらしい、くっだらないデース!」
叫んで机のこっくりさんの紙を両手でひっつかみ、ばーっと放り上げた。飛んだ数枚のコインが、チャリーン、と音を立てて床に飛び散る。
それを見て、キャンは蒼くなった。
「だ、ダメっすよ! ちゃんと終わらせてお帰りになってもらわなきゃ、こっくりさんがお怒りになるっす!」
などと頭を抱えて叫ぶ。彼女は褐色肌でしめ縄のようなお下げをした、ぱっちり目のそばかす女子で、心配性で生真面目なキョロ充である。
「キャンちゃん、まさか、本気でやってたのデスかぁ?」
椅子から立ち上がり、あざけりの目を向けるラン。
「こんなの、ただの都市伝説デショ。まあまあ面白そうだからやってみただけデスが、こんなことなら、しなきゃよかったデスネ」
「ちょっと、キャンも悪気で誘ったわけじゃないんだから」
あかりも立ち上がり、キッと対峙して怒る。
「あやまんなさいよ!」
「ハーイハーイ、キャンちゃん、悪うござんしたネー」
肩をすくめていい加減に謝るので、あかりは完全にブチ切れた。
「なによ! その態度はないんじゃない?!」
「や、やめて、二人とも!」
キャンもあわてて立ってなだめたが、一度火がついた二人はもう止められそうにない。
「るっさいデスね! パツキンは南米に帰るとイイデスっ!」
「ふん、なにかと言うとパツキンって、それしか言えないの? ボキャブラリー、ゼロね」
「パツキンがあるから、ゼロじゃありませーン! 算数も出来ないのデスか?!」
「揚げ足とるんじゃないわよ!」
これはもう、自分では無理とさとったキャンは、大急ぎで教室を出て、誰かを呼びに行った。
しかし、ほかにランたちを止められそうな知りあいは思いつかず、結局は、また視聴覚室に戻ってきた。いっそ闇之先生でも連れてきたろか、と思ったが、事態がさらに悪化しそうなのでやめた。
だが教室に入っても、誰もいない。二人とも帰ったのかと思ったが、キャンは妙な胸騒ぎがして、教室じゅうを探した。奥に物置部屋があり、ドアをあけて入ると、右の壁際の棚に、たくさんの使われていないPCモニターが置いてある。
ふと、一台に強烈に嫌な感じを持ったキャンは、恐る恐る近づいて、見てみた。ふつうのモニターで、とくに怪しいところはない。電源が入ってないからあたりまえだが、画面にはなにもなく、まっくらだ。
ところが、急に背筋がぞーっとなった。
あわてて両腕でモニターを抱え、うんせと後ろ向きにした。後ろには無数の深い空気穴があいていて、おぞましさは、そこから発せられている。
しかし、まだなにが気持ち悪いのか分からない。上下、左右と、角度を変えて眺めてみた。
そして、真後ろへ来たとき、思わず息をのんだ。
無数の黒い穴の向こうに、一人の女の顔が見えたのだ。派手な金色の髪をした美女。あかりの顔だった。真顔で目に生気はなく、瞬きひとつせずに、ただじっとこっちを見ている。しかしキャンを見ているようでもなく、気づいていないのかもしれない。
もちろん、人間がそんなところに入れるはずもない。
(ただの写真なのでは……?)
いや、そんな感じはまるでしない。雰囲気からして、どう見ても生身の人間の顔にしか思えない。
すごくいやな考えが起きた。
(まさか、首だけ?)
「あ……あかりさん……?」
呼びかけてみた。口元がわずかに、もごっと動いた。とたん、キャンは恐怖に駆られて部屋から飛び出した。頭を抱えてしゃがんだまま、震えおののく。
(こっくりさんの呪いだ呪いだ呪いだ!!)
そう思うしかなかった。
なにがおきたのか、まるで分からない。
だが、ただひとつ、確信があった。
あかりは、あのモニターの中に閉じ込められてしまったのだ。
二
次にキャンはそれを見て、さらに凍りついた。
ずらりとこっちを向いて並ぶ無数の机たち。それは彼女から見て、ちょうどそのまんなかあたりにある、ひとつの机だった。その右側が、机と机のあいだの空間で、長い通路になっている。
そこには誰かが座っているが、顔は見えない。かわりに制服の青い背中だけが見えている。椅子に腰掛けたまま、背をかがめて、物入れの中を覗いている感じ。しかし、そのまま全く動かずにじっとしている。その雰囲気は、あまりに不自然で不気味だった。
ふと、そこから耳障りな嫌な音がしているのに気づいた。
ぽたっ……ぽたっ……ぽたっ……。
通路に入ってよく見ると、そいつのだらりと垂れた左腕の下にさがる、つかみかけたような指先から、なにやら赤い液体がしたたっている。それは足元の床に溜まり、ぬめっとした池になっている。聞こえているのは、そこに液がしたたり落ちている音。
背筋が凍りついた。
血だった。
恐ろしすぎて、これ以上見たくなかった。が、すぐに逃げられず、ただ憑かれたように、ゆっくりと通路の中を進んでいった。相手の状態を知らねばならない、誰なのか確信を持ちたい、いや絶対にそうする義務があるのだ、とでもいうように。
なぜなら、認めたくないが、それがもう誰なのか、とうに当たりがついていた。というか、ほぼ確信していた。
さっき、あかりさんがあんなことになっていた。となれば。
いま見えているあれは、あのときここにいた、自分を除いた残りのひとり。彼女しかいない。
並ぶ机の左側、向こうから近づいてくる小山のような背中を見て、キャンを猛烈な絶望が襲った。
すぐ右まで来て驚いた。かがんでいる女の頭の部分が、全く見えないのだ。襟が机の物入れの口にくっ付いて、首がそこで終わっている。おびただしい血は、どうも物入れの中からあふれているらしい。
(首がなくなったのか……?)
(いや――)
(ちがう……!!)
それを知ったとき、キャンの全身の血は残らず凍りついた。
物入れの脇から、血で濡れそぼる髪が垂れている。それは明らかに中から出ていた。つまり――
「首から頭部が消えた」のではなく――
頭部はいま、
「物入れの中にある」のである!
だが、そんなことはありえない。こんな狭いところに人間の頭が入るはずがない。無理に入れようとしても口にぶつかるだけだし、もしも手間をかけて物入れを外し、そこに頭を置いて、また物入れで挟んだとしても、そうとう力を入れないと無理だし、そもそも入るサイズではないのだから、頭を押し潰すのがオチだろう。
なんにしろ、机の物入れの中に人の頭を突っ込むなんてことは、現実には絶対に不可能なはずだ。
なのに、それが今、目の前で起きている。
キャンはガタガタ震えだした。
こんなのは、人間の仕業じゃない。
さっきと同じだ。
物置のあかりさんも、こんなありえないことに――。
もしや、これも帰してもらえなかったこっくりさんの呪いなのだろうか? だとすると――
さっきはあかり。これはラン。それなら次は――
どう考えても、自分の番だ。
キャンは完全に固まってしまった。
だが、そんな場合ではなかった。
突然、その異常現象はおきた。
ずるっ……ずるっ……ずるっ……!
ランの背が急にゆっくりと後ろへ動き出し、物入れの中に納まる自分の頭を、外へ引き出しはじめたのである。
三
箱の中に収まっていた髪が、ぽんと出て血がまわりに飛び散り、端からあまりにも末広がった白い肉のようなものが見えてきたとき、キャンは悲鳴をあげて、後ろに駆け出した。視聴覚室のドアを飛び出し、すっかり暗くなった廊下を、死に物狂いで走る。
その後ろから、気味の悪い足音が追ってきた。
ぺたっ……ぺたっ……ぺたっ……!
見たくないのに、あっと後ろを振り向いてしまった。明かりが非常灯しかなく、周りが暗くて、そいつのシルエットしか分からなかったのが救いだった。
廊下を走ってくるそれは、頭が座布団のように四角くて平べったく、もとのランとはまるで様変わりした、ふくれ上がった頭を持つ、身の毛もよだつ化け物になり果てていた。
それはそうだ。今まで机の物入れの中に突っ込んでいた頭を引きずり出したのだから、上下からの圧迫で、頭が潰れていて当然である。きっと鼻もつぶれて折れ曲がり、頭蓋骨は砕け、肉も皮膚もつぶれて、ぐちゃぐちゃのはずだ。口も砕け、目玉など、どこかへ埋まってしまったか、取れて落ちてしまったろう。
そんな見るもおぞましい怪物が、キャンを追って暗い廊下を追ってくる。と、不意に驚くような速さになった。血に濡れそぼる足音が廊下に響く。
――ぺたぺたぺたぺた!!
「きゃああああ――!!」
悲鳴をあげて近くのトイレに飛び込み、個室にこもって、生きた心地もなく震える。
ふと、うえを見上げたとき。
どんっ――!!
衝撃にびくっとした。相手が、この個室のドアに両手をついたのだ。そして――
べたっ……べたっ……べたっ……。
這い上がる音がして、ドアの上を何本ものきゃしゃな指がわっしとつかみ、その向こうから、幅三十センチはあろう、広大な黒い肉の壁が、ゆっくりと現れた。上には血で濡れそぼってぐちゃぐちゃの髪が、荒れ放題の草のようにうねり、むせ返る鉄のにおいを放っている。ここまで追いかけてきたランが、ついに向こうから、この個室を覗こうとしているのだ。
(ひいいいいっ――! こっくりさあああん! どうかお帰りください!! お帰りくださああ――い!!)
恐怖におののき、今さら心で必死に祈った。
そのとき、外でくぐもった声が聞こえた。口が潰れてひしゃげているせいか、男のような低い声になっている。だが、その響きに、どこか彼女の面影が感じられた。
それは悪意むき出しに笑っていた。無力なキャンを嘲笑していた。
「ひっひっひ……帰らない……! 帰らないデスよ……! キャンちゃああん!」
そして、背後の小窓から差し込む白い月明かりの照らしだす、憎悪にぎらつく真っ赤なランの目玉を、キャンは見た。
「きゃああああっ――!!」
あらん限り絶叫し頭を抱えてうずくまったとき、気配がすっと消えた。おそるおそる顔を上げると、ドアの上にはなにもない。あけて出てみると、床のそこらに血溜まりがあるが、誰もいないようだった。
ほっとしたとき、入口に誰かが立っているのが見えた。彼が壁のスイッチを押して明かりをつけたので、顔がわかった。よそのクラスのわりと有名人である、超絶美少年の男の娘、闇介イチロウである。
「お帰りになってもらったから、もう大丈夫」
彼はうっすら笑って言った。
「こっくりさんの中でもかなり上位の強力な奴で、しかも気難しくて意地悪ときてたから大変だったけど、なんとか説得できたよ」
言われて一気に腰が抜け、座り込む。(も、もういないのか……!)と思うと安堵はしたが、今も脳裏にさっきのおぞましすぎるビジュアルがちらついて、恐怖で全身が凍り付き、心臓がバクバクしている。助けてくれたお礼を言う気力もない。
「あの二人は、行方不明ってことになるかな」
闇介はそう言って出ていき際に、ふと振り向くと、座ったまま足元を見つめるキャンに、微笑して言った。
「まあ、これからはこっくりさんをするときには、ちゃんとお帰りになってもらうことだね」
(「第七話 こっくりさん」終)




