第六話 廃屋の貝殻(五)
「納得いかないわ」
話が終わると、夏目が吊り目をさらに吊り上げていらいらと言った。
「いくら怨念が強いからって、ここが海のまんなかとつながるとか、ありえないでしょ。夢だったのよ、絶対」
「確かに、服も濡れてないし」と吉川。「みんなで同じ夢を見たとしか思えない」
「魂だけ移動したのかもよ」
闇介が真顔で言うや、夏目がにらんだ。
「黙ってて。あんたの話聞いてると、頭おかしくなる」
「それじゃ、鳳はどこに?」と平井。
「先に帰ったんでしょ。だいたい、このドアから向こうが海で、なんやかやあって彼だけが海に落ちたとか、バカバカしい」
そして、後ろにいた鳳兄を向いて、気遣うように微笑した。
「大丈夫ですよ、彼はきっとお宅に帰ってます」
しかし兄は泣きそうな顔になってうつむいた。
「……夢だったらいいが。実はあいつは昔、ああいうところが多少はあったんだ。だがまさか、あそこまでするとは思わなかった。思い出すと、夢とは思えないほど生々しくてぞっとする」
「すみません、面白がるような言い方をして」
闇介が頭を下げると、兄は苦笑して手を振った。
「いや、こっちこそ、夢の中とはいえ、弟が大迷惑をかけた。申し訳ない」
なにか変なので女子から笑いが起き、場がなごんだ。
もう夜明け間近だった。スマホがつながったので業者が来て車は直ったが、依然として鳳の姿はどこにもなく、連絡も取れなかった。家にも戻っておらず、警察の捜索でも見付からなかった。
それから一週間後、ある恐ろしいニュースが学校中を席巻した。行方不明だった鳳の水死体が、東京から南へ290キロ離れた某島で発見されたという。奥多摩の山中にいた彼が、どうやって太平洋のまんなかから孤島へ流れ着いたかは不明だが、闇介が学校の階段の踊り場で平井と夏目、吉川に言ったのは、「やはりあのとき、全員が海に呼ばれて、鳳の魂だけが海底に沈んで霊たちのお仲間になった。肉体はいらないので、そのまま流された」という異常な説だった。
むろん夏目はキレかかった。
「だから、海にいたなら、誰も濡れてなかったのはおかしいじゃない!」
「戻ってくるときに乾いた、としたら?」
これには、あきれ果てた目をした。
「何がなんでも心霊現象にしないと気が済まないようね。ほんと自称霊能者とは会話になんないわ」
「じゃあ、本当のところは、なんなの?」と吉川。
「鳳さんは、なんか用事が出来て海に行って、そこで誰かに殺されて流された。それ以外に考えられないわ」
「殺されたって、どうやって?」と平井。「絞殺? 刺殺? 外傷は?」
「そ、それは……」とバツ悪そうな目で、「警察に聞かなきゃ、わからない」
そこで闇介がスマホを出して、動画を再生させた。ニュースの映像で、アナウンサーが今回の鳳事件を報道していた。
「警察によれば、被害者の少年は溺死とのことですが……ひとつ、不可解な点があるそうです。彼の脇腹には、一本の小さな矢が突き刺さっていた、というのです」
平井が「あっ」となった。闇介がいつも霊に使っている武器は吹き矢なのだ。
「あいつがぼくを持ち上げたとき、」と闇介。「持ってた吹き矢が、あいつのシャツの襟首から背中に入っちゃったんだが、あいつは夢中で気づかなかった。矢はそのまま背中にあって、霊たちに海へ引き込まれたときにずれて、脇腹に刺さったんだろう。それが、あとで死体から見つかったわけさ」
「じゃ、じゃあ、本当に私たち……」と目を丸くする吉川。「海に行ってたの……?!」
「う――ウソだああ!」
叫んで頭を抱える夏目。
「そんなこと、絶対ありえない!」
そして闇介をきっと指さすと、啖呵を切った。
「見てなさい、必ず科学的に証明してやるから!」
そして弾丸のように階段を駆け降りていった。苦笑して目を閉じる闇介を、平井は熱い視線で見ていた。ぼくは、ぼくだけは、誰がなんと言おうと、絶対に君を信じるよ、と。(「第六話 廃屋の貝殻」終)




