19 強く、逞しく
「いやあ、二人が本当に結婚するとはね」
「思いませんでしたね。ジレルダ卿」
さも楽しそうな笑い声を上げる両家の父たち。
許婚という関係を押し付けておきながら、結婚させるつもりは無かったのか。
許婚自体、本来の目的は片目を失ったことにより、辞職した私の父、エーベル家への援助だったというのだ。
別に結婚しなくても、互いに助け合う関係を築いてくれれば良いと思っていたとか何とか。
じゃあ何で許婚関係なんて、と思ったが…「その場の勢い」という謎の言葉で返されて、もうどうでも良くなった。
子供の頃に決まった許婚だった訳だし、父たちも現実的なものとしては捉えていなかったのかもしれない。
騎兵隊に入り、出世街道を邁進する私を見て、別に援助しなくても大丈夫だね、っていう結論に至り、許婚関係を解消することにしたのだとか何だとか。
それらの話を聞き、もう身体中の力が抜けた。ぐったりだよ。
「でも、リリちゃんのような努力家が我が家に来てくれるとあらば、安心出来る」
そうジレルダ卿からにこやかに言われたけれど、何が安心出来るのやら。
でも、私がキースと結婚することを歓迎してくれているようで…それが嬉しかった。
こんな嫁連れてくるとはお前は馬鹿か!なんて罵られたらどうしよう、って思ってたから…
ちら、っとキースを見ると、柔らかな微笑を向けられた。
照れくさいような、嬉しいような。
何だか慣れない気持ちに、目を逸らしてしまったら、手を握られた。
今日はよく手を握られている気がする。そう言えば、小さい頃も手を繋いで遊び回ったっけ。
もう一度、キースを見ると、先ほどと同じような微笑で私を見つめていた。
ああ、なんだか胸の奥があったかくなるような…恥ずかしい気持ちもあるけれど、幸せってこういうことなんだろうか…と思っていたところで、私の父がわざとらしい咳払いをし始めた。
雰囲気ぶち壊しに来るな、父…!
「いやもう、見てるこっちが恥ずかしい」
まあ、恥ずかしいだろう。正直、私も恥ずかしい。
でもさ…気持ちも分かるけどさ、場の雰囲気を感じるということぐらいして欲しい、父よ。
「キース、リリちゃんを庭に案内してあげたらどうかな?見てるこっちが恥ずかしいから」
ジレルダ卿まで…と思ったけれど、キースはどうやらその言葉を待っていたらしく。
「そうですね。では失礼します」
と、だけ告げて足早に部屋を出て行った。
それはもう、私を引きずるような形で。
慌てて口にした「失礼します」という私の言葉も途中で遮られ、扉を閉められてしまったぐらい。
あっという間の出来事だった。
部屋を出てすぐの、廊下の途中にある扉から、裏庭に出る事が出来る。
裏庭は、屋敷の表に広がるの草原のような庭の半分ぐらいの大きさだ。やっぱり、裏庭も広すぎる。
表とは異なり、花々の種類も少なく、青々とした木々が塀の傍に立ち並んでいる。
この裏庭…実は私がキースと出会った場所だ。
青々とした芝生も、小さな花壇の花々も、あの時と何も変わっていない。
もう何年も経つのに…変わっていないその様に、何だか懐かしさがこみ上げてきた。
二人で肩を並べて庭を歩く。
初めてキースと握手を交わしたのは、確か東の外れにある小さな木の傍だった。
他の木々は大きかったのに、その木はまだ私たちぐらいの背丈しか無かったのを覚えている。
別に何も示し合わせている訳でも無いけれど、キースも私も、足が自然とそちらに向いていた。
「キース、その…」
「どうかしたか?疲れたのか?」
「あ、そういう意味じゃなくて…!その、反対され無くて良かった」
「反対なんてさせ無いし、するわけ無い」
させ無い…って。
何かあったのかと不安にもなったけれど、あの父たちの様子からして…それは無いだろう。
うん、そう思いたい。
「それにしても、父上たちはこちらの都合などお構いなしだったんだな」
「ええ。思い悩んだのが馬鹿らしいぐらいに」
「そうだな」
笑いあいながら、そんな会話を繰り広げる内に、私たちは出会った木の傍にやって来ていた。
裏庭は何も変わっていない、そう思っていたけれど…
この木は前よりずっと大きくなっている。
子供だった私たちと同じぐらいの背丈だったのに、今は見上げる程に成長し、豊かな葉を枝につけている。
木の葉を揺らす風がとても心地良くて…思い出の木の成長は、なんだかとても年数を感じさせた。
「懐かしいな。初めてリリに会った場所だ」
「ええ…」
そうだ。
ここで、私はキースに心を奪われて…そして、人生を変える言葉を言われたのだ。
「…弱い女は嫌い。そう酷いことを言ったな」
「酷いなんて思ったことは無いわ。馬鹿みたいに真っ直ぐ受け止めて、強くなろうと思ったぐらい」
酷いとか、恐いなんてことは全く思わなかったなあ。
頑張らないといけないんだ、努力無しでは何も得られないんだろうって思ったぐらいで。
その言葉のお陰で今の私がいる。
女性らしくは無いけれど、代わりに強くなれた。
そのことを、とてもありがたくも思っている。
「リリの…」
手を握られ、隣を見上げるとキースの微笑みがあった。
穏やかに細められた瞳が、じっと私を見つめている。
「リリの何でも頑張る姿が好きだ。強くて逞しいリリも。俺の為に頑張ってくれたなら、これほど嬉しいことは無い」
こんな女性らしからぬ私だけれど、それでもキースが好きだと言ってくれる。
自分に自信が持てることなんて、馬術と騎兵隊で磨き上げた腕…そんな強いところぐらい。
けれど、そんな私を含めて認めてくれて、そして好きだと言ってくれる。
「ようやくリリを妻に迎えることが出来る。嬉しいよ」
「私も…長年の夢だった」
無駄に遠回りしたけれど、今、こうしてキースの隣で笑っていられるのは…きっと今までの頑張りの成果ね。
これからの未来、何が起こっても大丈夫。
何か壁にぶつかっても…また頑張るだけ、努力するだけだ。
この強さと逞しさで、何だって乗り越えていける気がする。
「これからも変わらないリリでいてくれ」
柔らかい風が頬を掠める中、私はキースと向かい合って手を繋いだ。
出会った日のように。
「ありがとう…キース。これからも、強く、逞しく生きていくわ」
出会ったあの日、強くなろうと誓ったように。
これからも…
強く、逞しく。
体も心も、この思いも。
ここまでお付き合い頂き、ありがとうございました。




