戦争が終わって
ミクセルは声を聴いた。
「おいで、私のかわいい子」
誰かが自分を幻惑しようとしているのはわかっていた。ミクセルはバカじゃなかった。
俺は分別があるが、だからといって堕落しないわけじゃねえ。
むしろ分別や良識があるから、自分を闇の方へ我が身を投げ捨てたくなるんだ。
「そっちにいくよ俺はよ」
多すぎるものを望みすぎたな。必要な努力も意志も切り詰めすぎたな。それは分かっている。
「光が体に入っていく」
ミクセルが魔力の衝動に体を貫かれて意識を閉ざす前に見たのは、どこまでも冷血そうな眼鏡をした背の高い女だった。
ミクセルは目を覚ますと。自分以上に小汚い浮浪者に懐をあさられているところだった。
昨夜の夢のような出来事の詳細を思い出せたし、夢のように急速に忘却する様子もなかったのが、不思議だった。
体がだるく矮躯の浮浪者一人突き返すこともできないままだった。
「おい、じじい勘弁してくれよ」
眼鏡の女はどこにいったのだろう。また会いたい、次に会うときは地面に頭をこするほどにひれ伏したいような気がした。いわば女神のように感じだった。子供の頃の夢の白い蛇の背に乗って進む、目的地が彼女だったのかもしれない。
はぁ。両手と両足を広げて晴天を拝んだ。悪くねえ そう思った。そう思った自分がおかしかった。
自分は何かが変わったようだ。
浮浪者は両手足が広がったのをこれ幸いにズボンに吊るしてある革袋やポケットに手を突っ込んできた。
バタバタと必死な動作だったので、ポケット越しに陰嚢を思いっきり握られた。
そこでミクセルの怒号が響き渡る。
「じじいいいいいいい。うすぎたねえ、乞食でゲロ以下のおまえはなにしてるんだ。ああぁ!!!」
浮浪者は小声ですみませんと繰り返すが、追いはぎ行為は進行中だった。
「大体、このハゲ。頭ミント臭いんじゃ。失せろ。金はもってない。」
ミクセルはようやく完全に目を覚ますと、すたっと立ち上がって、浮浪者のはらに蹴りを打ち込んだ。
浮浪者はうずくまり動けなくなって、申し訳ございません 申し訳ございません
機械のだす雑音のように繰り返される言葉。
いや機械じゃねえ、こいつは畜生と変わらないな。不潔にしていたからウジ虫にたかられたのと何が違う。
「ばかが、なぜ金持ちを狙わねえ。」
「へい。」
「へい?」
浮浪者不思議と何も言わなくなった。瞳が何も見てない無感情な様子になった。
それに対してミクセルは強烈な反感を持った。
こいつは金持ちや小奇麗にしている奴には、完全に屈服していて近づく勇気すらないんだ。例えば昨日の壇上のガキども。
この俺だから財布でも盗もうと考えたに違いねえ。
「答えなけれまた蹴るぞ」
「好きにして下せえ」
ミクセルは目覚めてから持った新たな力の感覚と今の浮浪者に対する反感が一つになり、
なにか今までにない出来事が起こりそうな、予感に興奮していた。
ゾクゾクした感覚がある臨界点に達したとき、ミクセルはぽつりとつぶやいた
「お前蛆虫みたいだな」
バン!!
その瞬間、ミクセルの手から発射された何かが浮浪者のからだを吹き飛ばした。
浮浪者は死に肉片となって、野外に取り残された。
ミクセルはその場を去った。コヨーテとハゲワシが早くも血の匂いをかぎ取って浮浪者の死骸に近づきつつあった。
燦然たる夜空の中でリースに出会って婚約したと思ったら、別の場所に飛ばされていた。そこでは服装も身分も名前も用意されたロイになり替わっていた。
さてどうしようと考える間もなく、やるべきことは与えられていた。
貴族であるが末子であって、ひつようのない芸術センスや傷つきやすさや柔和さがあり、伝統より革新を重んじる気質があるロイ君は領主である父や兄弟から大事にされず戦地に送られ、根性叩き直すか家の名誉を積み上げるための戦死をするかを期待されていたのだった(僕が領地にいたころからロイ君だったら、全力で犬のように親兄弟に媚びて逆らわないだろう、その点ロイ君は僕よりプライドが高いと思う。僕は孤立しないようにといつも配慮するたちだから、こういう人を見るといくらか敬意を覚える。しかし、ロイ君の代わりに僕がこんな状況に立ち向かわされているのだとしたら、ロイ君を恨むほかない。とはいえ、ほんとそのあたりのことはわからないのだが)。
そこで僕は並外れた魔力の素質を開花(非常な苦痛と犠牲を伴った)して、どうにか任務をはたして戦勝し領地に帰るところまできた。
仲間もできたが、死んだ者もいた。敵も殺した。魔力の衝撃波で魔力のない人は簡単に体がズタズタになって、失血して死んでしまうのだ。戦争の末期に有利な高所から敵に魔法をくらわすとき僕はもう、血の詰まった革袋を破る作業とすら思った。ひたすらに袋を破って大地を赤くそめた。
死んだ仲間にメリィという魔力の強い子がいた。敵にも魔力を持った奴がいて、彼を攻略するために、無理な作戦に従事して僕らは死に別れた。この作戦を立案し命令した指揮官はメリィの墓前で腹切って死んで詫びるべきだと思うが、そんな日本風な考えもここでは理解されないし、結局軍事リーダーの駒に過ぎないのだった。
多分どっちが死んでもよかったのだろうが、メリィが死んで、僕は生き残った。
結局ロイ君になり替わって一年たった。メリィはよく戦争が終わったらどうするかという話をしていた。うぬぼれでなかったらメリィは僕を好きでいてくれていたから、二人生き残ってたら一緒になってもおかしくなかった……。リースには悪いが。
真夜中の天蓋をみつめると、どことは言えないが、あきらかに元の世界とは違って見えた。とはいえ星座早見表のようなものを暗記しているわけでもないから、配置がどこどこ違うなんてことはいえないが。
ここは日本人であった僕の世界とは違うのは明らかだが、リースの世界とは同じであるという気がしていた。であればリースを探すことが僕の次の目標になるのだろうか……。彼女は村長や家族には逆らえないだろうから、もうとっくに説き伏せられて嫁に貰われているかもしれない。でもまだ間に合うかもしれない。たった一年である。リースは14,5才。村の慣例だと成人らしいが。
僕は凱旋式の次の日にはガーゼン市を抜けて領地にむかっていた。ガーゼン市の隣町の田舎町ホルカから荷馬車でフスコット市で姉であって唯一の見方であるユウ姉さんと落ち合う手はずだった。
ユウ姉さんとは半年ぶりにあうことになる。あの頃の戦況は不利で僕もこの世の終わりのような気分だったが、ユウ姉さんがいいところにあらわれて立ち直らせてくれた。僕が仮に死んだら、私も一緒に死んであげるとまで言われた。そんなこと意味ないし、嘘でもそんなこというのはやめてくれと頼んだ。逆に彼女が死なないように説得する羽目になり僕は落ち着きを取り戻した。それが彼女の狙いだったのだ。
ユウ姉さんほどにロイ君を愛している人はいないだろう。
ロイ君が愛するようにぼくもユウ姉さんを愛せる自信があったし、じつはそれ以上に愛しているかもしれなかった。領地にいる他の親兄弟を愛せるかは分からないけど…。
何でもいいんで感想や指摘などが在れば自由にどうぞ!(^^)!




