魔術師の徒弟になります
人を寄せ付けない山岳の合間に閉ざされた平地があった。そこには豪奢な建物の残骸があり、草原と湖が近くにあって、荒廃した館のかつての幸福な幻想を思わせた。
そこには由緒ある老魔術師が住み着いていて、孤立無援で、実体のつかめぬ生活をしていたのだが、ある日13才程の美しい少女の徒弟ができたらしく、その子は時折物々交換や買い付け、情報収集などを行っている姿を見せるようになった。彼女は紫のローブに顔全体を隠しており、ときおり麗しい外見がちらりと見えることがあったが、男は誰も卑俗な関心は持たなかった。というのも、それだけ老魔術師が恐れられていたからである。
それから一年ほどたつと、老魔術師がついにこの世を去ったということが、彼女の口から伝えられた。彼女は一人あの閉ざされた土地に生活していることは、たちまち周りに住む人の興味の対象となった。人々は老魔術師のことは恐れていたが、彼女にはさほど恐れていなかったからである。しかし土地それ自体に対しての迷信的な噂のため、だれもが彼女の住む場所に踏み込もうとしなかった。多くの幻獣が住み着いていると言われていた。
「そいういうわけで、都合よく誰も入ってこないけれど、買い出しは必要ですね。
私もルシード様の飛行なしで徒歩ではもう山を抜ける道がわからなくなっているから、今度ルシード様が竜になるまで、身動きが取れないです」
そう言うわれた長髪の冷厳な雰囲気の男は、しかりつけるように答えた。
「私がドラゴンに戻れないのは、魔術師殿の突然の死のせいではあるが、備蓄が底をついたのは、そんなことも考えつかなかったルクティお前のせいだ」
「あなただってこうなると思わなかったのでしょう?竜から人に戻してもらったときには」
パンのひとかけらも手に入らな状況が続いていた。二人ともいら立っていたが、互いに優位を失わないために、努めて大したことないような態度をとっていた。
「いよいよ、徒歩で山下るしかないようね。ついてきますか?」
「お前だけじゃ心配だからな。行くのならば私も同行こう。」
「ん、あれはミィーですわ」
真っ黒なフクロウが二人のいる屋敷の居間に滑り込むように入ってきた。足から何かをルクティの懐に放り捨てた。
「まあ、リンゴ取ってきてもらいました。」
興味なさげだったルシードは身を乗り出して、ルクティがリンゴをカットするのを観察した。
ちょうど半分に分けたのを見届けて、片方を受け取りまたソファの背に持たれた。
ミィーは動物のフクロウとは違い幻獣の一種だった。この地にいる幻獣の中で唯一ルクティを認めていた。老魔術師が唐突にこの世を去ったのち、老魔術師の徒弟になって一年も満たないルクティに他の幻獣は冷淡だった。ミィーは老魔術師に生前に初心者魔女のサポートを言い渡されたこともあり、ルクティの見方だったが、ルシードには対してはそうではなかった。
この館には屋内屋外問わずさまざまな幻獣が住み着いて、誰もがトラブルなく好きにしていたようだったが、それは老魔術師が死んでも変わらなかった。ルクティを認めるかどうかも各々の判断であったし、
ルクティもそれを了承していて、踏み込んではならい領域はハッキリと意識していた。
ルシードは当然、リンゴの半分を恵んでもらっている気がして、いい気分とは言えなかったが、どうしようもなかった。彼女が熟達の魔術師になってもらって竜と人の両方の移行が自由にならなくては、この世界に来た目的も果たすのは難しいと考えていたから、彼女の才覚と彼女の愛する”彼”に対する執念を信じるほかなかった。しかし、彼女には自分にとってもつ彼女の重要性や影響力を悟られまいと努力していたが、あまり意味がなかったかもしれない。
例えば、彼女がルシード様というときの”様”のニュアンスがルシードは皮肉っぽく感じていた。ドラゴンの威容が失われた今、リンゴ分けてもらうのを待つ人でしかなかった。しかし、十分に端正な容姿をしていた。
リンゴを食べながらルクティが聞く。
「確認したいのですがルシード様」
リンゴをほおばりながら返事をする。
「何か?」
「自力ではドラゴンに戻れないのですよね?」
答えはイエスだったが、ルシードはこれ以上彼女が自分に対しての優位性を確保することは嫌って曖昧にしていた。備蓄がなくなった今、もう白状するほかなかった。
「そうだ。老魔術師殿がなくなった今、ドラゴンには戻れないかもしれないが、私は当初の目的通りに行動する」
「私が魔術師になってあなたをドラゴンに戻しますよ」
「その可能性はありえないことではないが、相当時間がかかるだろう。その間にフォリアはこの世界を荒らして力を増しているかもしれない。」
「フォリアという世界外の悪魔たちとの戦いですか……。とりあえずミィーがいれば平野までは降りれます。その後はひさしぶりに町にいきましょうか」
「その点なんだが、出ていったら。私たちは帰ってこれるのか?ミィー以外の幻獣どもが歓迎しないと思えるのだが。」
「多分大丈夫ですよ。」
「私はどうだろうか、お前は一応老魔術師殿の徒弟だから大丈夫かもしれないが。」
「どうにかなりますよ」
ルクティは平気そうニコニコ言った。ルシードは彼女の思惑をなんとなく読み取った。
ガーゼン市という国の中では中規模の都市にミクセルという男がいた。彼は窃盗の罪で監獄に出戻りしたばかりだった。
ガーゼン市は戦争の勝利記念の催しで活気に沸いていた。監獄にいる間ミクセルはまったく戦争と関りがなかった。ミクセルの監獄の収容期間は戦争開始から終了までとちょうど重なっていたが、
食事の量が減ることも増えることもなかったし、特別な日というのもなかった。
広場の壇上に戦地で主な活躍した部隊の、第一帰還組が喝さいを浴びていた。
ミクセルはそれを見て唾を吐いた。どうせなら負ければよかったんだがな。
彼のそれまでの影の中に沈むような人生によってつくられた心が、陽気なムードに耐えきれなかったのである。
部隊一人一人の名前を読み薫陶をうけていてた。さっさとその場からミクセルは離れたがったが、舞台のなかで14,5歳にしかみえない組を見つけて、なぜこんな若いガキが、と疑問を持った。
その疑問は群衆のなかで微かに聞こえた誰かの会話によって答えられた。
「子供の兵士たちは魔力を持っている人たちだよ」
「魔力のある子供はあの年でも即戦力で経験を積めばとんでもない強さになるらしいぞ。一師団をなみとかな」
ミクセルはまた陰気な気分になって、イライラしだした。
恵まれた子供を見るのが大っ嫌いだったのある。
「ロイ・カルザー」
ロイの名前が高らかに名前が響き渡る中、ミクセルはガーゼンの中心から外れるように歩き出した。
ガーゼン市の出口の端、怪しげな一画にミクセルは深夜姿を見せた。昼間は何もできなかった。昼何か仕事でもやり始めたらよかったのだが、もう深夜だ。ミクセルは結局また窃盗や犯罪をしそうな気がし始めてきた。
昼間の魔力を持った少年たちのことで何かざわめくような気分になって落ち着かなかった。
魔力とはどういうものだろうか、と考えだした。
酒を飲んだ後でポーっとした気分の中で、町の入り口から奥の野外の火を見つめていた。
いつからそうしていただろうか、5分間からいや30分ぐらいか、10秒ほどか、ミクセルはアルコールの酔いとは違う陶酔を感じていた。いつの間にか周りの光が完全に消え闇のなか、野外の光以外何もないようになっていた。空は雲で蓋をされて、風もなく、寒気がする。
何かがあるんだがな。あそこには、多分行こうとしたら消えてしまうだろう。
ミクセルは子供の頃の夢想を思い出した。宝探しをしていたら、道に迷って立ち往生するが、そのとき
白い大きな蛇現れる、蛇は邪でなく優美な姿で見ていてうっとりした。その蛇の背にしがみついて、宝の山のある場所まで乗せてもらえる。金銀財宝のもとへ。
ああ、あそこに行けたらな。ミクセルの夢想は途中でいつも中断されるのだった。
ああ、最後まで夢が見れたならな。
ミクセルはゆっくり光に向かって歩き始めた。今度こそはとらえるつもりだった。これで最後にするつもりだった。




