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8話 裏切り

「今日は僕ひとりで探してくるよ」


「どうして?」


隠れ家にしている洞窟を出ようとすると、少女が不満そうに言った。


「その足じゃ、長く歩けないだろ」


少女の傷は少しずつよくなっているけど、まだ歩くたびに右足をかばっていた。


昨日みたいに何時間も歩かせるわけにはいかない。


「でも、あなた一人だと迷うじゃない」


「迷わないよ」


少女が心配そうに僕を見る。


そんな顔をされると、なんだか調子が狂う。


「日が暮れるまでには戻ってくるから」


「絶対よ?」


少女が念を押すように、僕の顔をのぞき込んだ。


思ったより顔が近くて、どきっとする。


「わ、わかってるよ」


「どうしたの?」


「なんでもない!」


少女は不思議そうに首をかしげた。


僕はなんとなく顔を見られなくなって、逃げるように隠れ家を出た。



暗がりの森は、あいかわらず嫌な雰囲気だった。


枝をかき分けても、枝をかき分けても、見えるのは同じような木ばかり。


どこまで行っても、じめじめした土と白い霧が続いている。


僕は木の幹に爪で印をつけながら進んだ。


「ないなあ」


森の奥へ向かっても、裂け目らしいものは見つからない。


光って見えるものがあるたびに駆け寄った。


でも、朝露だったり、白い花だったり、虫のお尻だったりした。


なんだか虫にまで腹が立ってきた。


「紛らわしいんだよ」


吐き捨てるようにつぶやくと、虫は知らん顔で飛んでいった。


日が少しずつ傾いていく。


今日も見つけられなかったら、少女はどんな顔をするだろう。


きっと、がっかりする。


でも、すぐに平気な振りをして「明日また探せばいいわ」なんて言うんだ。


沈みかけた太陽を見上げる。


「もう少しだけ」


僕は隠れ家とは反対の方向へ歩き出した。


しばらくすると、森はすっかり暗くなってしまった。


諦めようかと思ったそのとき、木々の隙間から白い光が見えた。


「なんだ?」


何もない空間に白い亀裂が走っていた。


まるで、世界そのものがぱっくりと割れているみたいだった。


「もしかして……」


僕は息をのんだ。


近づくと、亀裂の向こうから温かい風が吹き抜け、これが裂け目だと確信した。


「本当にあった!」


うれしくて、その場で飛び上がった。


これで少女を弟のところへ帰してやれる。


あの子の笑った顔が浮かんで、思わず口元が緩んでしまう。


「よーし、待ってろよ!」


僕は隠れ家へ向かって走り出した。



隠れ家にしている洞窟が見えてくる。


僕は息を切らしながら、入口へ飛び込んだ。


「見つけたよ! 裂け――」


言葉が止まった。


壊れた髪飾りが地面に転がっている。


食べ物は踏みつぶされ、木の実が散らばっていた。


少女が座っていた場所には、赤黒い染みが広がっている。


「え?」


頭がうまく動かない。


「冗談だろ?」


どこかに隠れていてほしかった。


僕を驚かせようとしているだけであってほしかった。


「出てきてよ」


声は暗い洞窟に吸い込まれていった。


そのとき、後ろから声がした。


「ごめんなさい」


入口のそばに立っていたのは、シロエだった。


髪が顔にかかって、表情がよく見えない。


「シロエ?」


どうしてここにいるんだって聞こうとした。


でも、先に違う言葉が出た。


「あの子は?」


シロエは答えなかった。


「ねえ、どこにいるの?」


顔を上げると、シロエは泣きそうな目をしていた。


「長老の命令で衛兵たちに連れていかれたわ」


「どうして……」


そこで昨日のシロエの顔を思い出した。


嫌な考えが、頭に浮かぶ。


「まさか」


シロエは目をそらさなかった。


「私が長老に知らせたの。暗がりの森に人間が隠れているって」


頭の中で何かが切れた気がした。


「なんでだよ!」


自分でも驚くほど大きな声が出た。


シロエの肩が小さく揺れる。


「なんでそんなことしたんだ! あの子がどうなるかわかってるだろ!」


「わかってるわ」


「だったらどうして!」


シロエは唇をかんだ。


「あなたを守るためよ。長老には、暗がりの森に人間がいるって、それしか伝えなかった。トウヤが匿っていたことは話してないわ」


シロエは必死に言葉を続ける。


「人間を捕まえてもらえば、もうトウヤは掟を破らずにすむ。そうすれば、いつもどおり三人でいられるって……」


「じゃあ、あの子は?」


シロエの言葉が止まった。


「あの子が殺されてもいいっていうのかよ?」


「違う」


「何が違うんだよ!」


「あなたが殺されるのが怖かったのよ!」


シロエの叫びが、洞窟の壁にぶつかって返ってきた。


シロエの目からぽろぽろと涙がこぼれる。


「トウヤはわかってない。人間と関わることが、どれだけ重い罪なのか」


シロエは両手を強く握った。


欠けた角の下で、白い髪が震えている。


「私は見たのよ」


「何を?」


「粛清」


その一言で洞窟の空気が変わった気がした。


シロエはゆっくりと、自分の欠けた角へ触れた。


「私のおばあちゃんは人間を愛したの」


「人間を?」


「二人の間に子どもが生まれた。その血が私にも流れてる」


初めて聞く話だった。


シロエが掟に詳しい理由。


人間の話になると、誰より怯えていた理由。


全部が少しずつつながっていく。


「長老たちに知られたとき、おばあちゃんは私の前で粛清されたわ」


シロエの声がかすれた。


「みんなに押さえつけられて、生きたまま食べられた。何度も助けてって叫んでた。でも、誰も助けなかった。最後には何も残らなかった。骨も、髪も、存在さえも」


僕は何も言えなかった。


シロエは涙を拭おうともせず、僕を見た。


「私はトウヤを失いたくなかった」


その言葉が痛かった。


シロエが僕を大切に思ってくれていることはわかる。


本気で守ろうとしてくれたことも。


それでも――


「だからって、あの子が殺されていい理由にはならないよ」


シロエの顔がゆがんだ。


「じゃあ、どうすればよかったの?」


「黙っててくれればよかった」


「いつか必ず見つかるわ。そうすれば、あなたまで粛清されてしまう」


「あの子を見捨てるよりましだ!」


言った瞬間、シロエの目が大きく見開かれた。


僕はシロエに背を向けた。


「どこへ行くの?」


「保管庫」


「待って!」


シロエが僕の腕をつかむ。


「絶対に行かせない」


シロエの腕を振りほどこうとした、そのとき。


ビィィィ――ッ!


角笛が響きわたった。


里の鬼たちを広場に集める合図。


僕とシロエは同時に里の方を見る。


集会が始まろうとしていた。


誰かが人間を匿っていたことも、きっとみんなに知らされる。


「逃げたら疑われるわ。里に向かいましょう」


「でも、あの子が――」


保管庫に行けば少女がいる。


今すぐ走れば、助けられるかもしれない。


でも、ここで僕が捕まったら、誰もあの子を助けられなくなる。


「くそっ」


僕は少女の髪飾りを強く握りしめ、鬼の里へ続く道を見た。


人生で一番長い夜が、始まろうとしていた。


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