表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
10/14

9話 粛清の儀

広場は熱気とざわめきで満ちていた。


笑う鬼。叫ぶ鬼。歯を鳴らす鬼。


僕とシロエはその中を歩く。


僕の頭に浮かぶのは、少女のことばかりだ。


きっと、まだ生きている。


集会が終わったら、必ず助けに行く。


「おい!」


ジンが人混みをかき分けてやってきた。


「お前らどこ行ってたんだよ。ふたりともいねぇし、いきなり角笛は鳴るし、何がどうなってんだ?」


ジンは何も知らない。


僕もシロエも答えられなかった。


「なんだよ。ふたりとも変な顔して」


そのとき、太鼓が鳴った。


鬼たちが一斉に広場の中央を見る。


そこには、灰色の石で作られた大きな台があった。


審ノ台――罪を犯した鬼を裁く場所。


長老がその上に立った。


「静まれ!」


騒いでいた鬼たちが口を閉じる。


「暗がりの森で人間が発見された」


長老が話し出すと、大きなざわめきが起こった。


「問題は人間がいたことではない。その人間は何者かにかくまわれていた。食料を与えられ、傷の手当てまでされていた。我らの目を盗み、人間を守っていた裏切り者がいる!」


鬼たちの怒号が飛び交う。


「誰だ!」「人間を助けただと?」「ふざけやがって!」


心臓の音がどんどん早くなる。


耳鳴りがはじまり、足元がぐらりと揺れた気がした。


隣を見ると、ジンが怒った顔をしていた。


「人間をかくまうなんて、ふざけたやつだ」


その言葉が突き刺さった。


「見つけたら、ただじゃおかねぇ」


「ジン」


「なんだ?」


「いや……なんでもない」


本当のことを言えるはずがなかった。


僕がその裏切り者だなんて。


「掟を破った者は必ず見つけ出す」


長老の声が響く。


「そして――粛清する」


その言葉を聞いた瞬間、シロエがくらっとよろめいた。


「証拠を!」


長老の声が響いた。


衛兵が前に出る。


その手には毛布があった。


「人間が隠れていた場所から発見しました」


衛兵が毛布を持ち上げた。


「この毛布には、人間とは別の鬼の匂いが残っております」


血の気が一気に引いていく。


長老が命じる。


「匂いをたどれ」


衛兵が毛布を持って、広間に集まった鬼たちの間を歩き始めた。


匂いを確かめながら近づいてくる。


逃げるな。


逃げたら怪しまれる。


そう自分に言い聞かせても、足が勝手に後ろへ下がりそうになる。


あと十人。


五人。


三人。


そして、僕の前で止まった。


衛兵が鼻を動かす。


「……この匂い、お前」


まわりの視線が僕に突き刺さる。


逃げる?


逃げられるわけがない。


認める?


殺されて終わりだ。


どうすればいい。


頭が真っ白になる。


衛兵が僕へ一歩近づいた。


「長老様。この鬼が――」


「待ってください」


澄んだ声が広場に響いた。


聞き間違えるはずがなかった。


人混みの向こうから、ひとりの鬼が歩いてくる。


「姉さん?」


姉さんは僕の前まで来ると優しく笑った。


そして長老へ告げる。


「人間をかくまったのは――私です」


広場がざわつく。


「ち、ちがう!」


思わず叫んでいた。


「姉さんじゃない!」


姉さんは振り返る。


その目は少しも怯えていなかった。


「あなたは生きなさい」


小声でそう言って、迷いのない足どりで石壇をのぼっていく。


「嫌だ!」


僕は姉さんを追った。


でも、すぐに衛兵に押さえつけられる。


「姉さん!」


必死にもがく。


爪が石畳を引っかき、腕が痛むほど暴れても、まわりの鬼に組み伏せられた。


長老が声を上げる。


「人間をかくまう罪は重い。ゆえに鬼王様へ報告した」


鬼たちがざわつく。


鬼王自ら裁きを下す、そんなことは滅多にない。


父さんが里へ姿を現すことも、ほとんどなかった。


広場の空気が変わる。


コツ。


コツ。


コツ。


誰も声を出さない。


コツ。


コツ。


コツ。


重い足音が石畳を打つ。


自然と道が開き、鬼たちは頭を下げた。


その場にいる誰もが本能的に逆らえないことを知っていた。


黒い衣。


長い黒髪。


燃えるような赤い瞳。


鬼王グレン――父さんが現れた。


父さんは誰の顔も見ないまま審ノ台へ上がると、はじめて姉さんへと視線を向けた。


「ユナ」


「はい」


「人間をかくまったことに間違いはないか」


「ありません」


広場が静まり返る。


父さんはしばらく姉さんを見つめていた。


娘を見る父親の目ではなかった。


ただ、掟を破った鬼を見る目だった。


「よかろう」


その一言だけだった。


迷いも怒りも悲しみもない。


父さんは静かに一歩踏み出した。


「ユナ。お前を粛清する」


「父さん! やめてよ!」


僕は叫んだ。


でも、父さんは僕を見ようともしない。


父さんの腕が動く。


次の瞬間、姉さんの胸から赤い血があふれた。


姉さんの体がぐらりと揺れる。


倒れながら僕を見た。


苦しいはずなのに、姉さんは微笑んでいた。


父さんは血の付いた腕を振るい、淡々と言った。


「粛清しろ」


鬼たちが一斉に飛びかかる。


「やめ――」


無数の影が姉さんを覆い隠す。


見えないけど、聞こえてくる。


肉を引き裂く音。


骨を砕く音。


獲物を奪い合うような笑い声。


最後に見えたのは、姉さんの手だった。


細くて白い手が鬼たちの隙間から力なく伸びる。


指先が震え、そのまま動かなくなった。


僕は衛兵に押さえつけられたまま、その光景を見つめることしかできなかった。


やがて、鬼たちは満足そうに離れていく。


審ノ台には何も残っていなかった。


まっ赤な血だけが黒い石を濡らしている。


父さんが姉さんを殺した。


鬼たちが姉さんを喰った。


誰も助けてくれなかった。


それが鬼の掟だった。


僕はずっと思っていたんだ。


鬼の中にも優しいやつはいるって。


でも、それは間違いだった。


この夜、僕は姉さんを失った。


そして――鬼を憎んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ