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7話 優しい日常

少女と出会ってから二日が経った。


森を歩き回っているのに、裂け目はまだ見つかっていない。


日が高くなる頃、僕は食べ物を取りに家へ戻った。


扉を開けると、薬草とスープの匂いがふわっと鼻をくすぐる。


「あら、おかえり」


台所から顔を出した姉さんが、ほっとしたように笑う。


「ただいま」


その一言を言っただけで、肩の力がするりと抜けた。


「ご飯できてるわよ」


「やった!」


お腹がぐうっと鳴る。


石のテーブルには、湯気の立つスープと焼いた干し肉。


僕は席につくなり、スープをひと口すすった。


「熱っ」


「だから、ふーふーしなさいって言ってるでしょう?」


「お腹すいてたんだよ」


「はいはい」


僕は夢中でスープを口へ運ぶ。


「おいしい?」


「姉さんのご飯が世界で一番おいしいよ」


「ふふ。そう言われると、また作りたくなるわね」


姉さんは嬉しそうに言うと、空いた食器を片づけ始めた。


僕は食べ終わると、干し肉をそっと皮袋へ入れる。


「それだけ?」


後ろから姉さんの声がした。


「え?」


「足りないでしょう?」


僕の手が止まる。


「な、なんのこと?」


「誰かに分けてあげているんでしょう?」


心臓がどくんと鳴った。


見抜かれていた。


やっぱり姉さんにはかなわない。


「怒らないの?」


姉さんは首を横に振る。


「悪いことじゃないもの」


姉さんは笑う。


「昔からそういう子でしょう? 困ってる人を放っておけない」


そう言って、棚から干し肉をもう二枚取り出した。


薬草や毛布まで皮袋に詰めはじめる。


ずっしりとしたその皮袋を受け取った。


「ありがとう」


「どういたしまして」


靴を履こうとすると、姉さんが僕を呼んだ。


「トウヤ」


「ん?」


「約束して」


その声は真剣だった。


「ちゃんと帰ってくること」


僕はうなずく。


「当たり前じゃん」


「約束よ」


「うん」


少し照れくさくなって笑う。


「だって、僕には姉さんしかいないんだから」


姉さんは少しだけ目を細めた。


そっと僕の髪をなでる。


「行ってらっしゃい。トウヤ」


「行ってきます!」


そう言って、家を飛び出す。


振り返ると、姉さんはまだ手を振っていた。


その光景は僕の胸に深く刻まれた。


そして――僕を永遠に苦しめる記憶になったんだ。



森を歩き始めて、もう何時間になるだろう。


少女がきょろきょろと辺りを見回しながら言った。


「ここ、昨日も通った気がする」


「気のせいだよ」


「絶対そう」


「証拠は?」


少女は近くの木を指さした。


「ほら」


木の幹には、僕が昨日つけた目印が残っていた。


「……」


「迷ってるじゃない」


「違うよ」


「じゃあ何?」


「慎重に探してるんだ」


少女が大きなため息をつく。


この二日間で、少女はよくしゃべるようになった。


僕に対して遠慮がなくなった気もするけど、睨まれているよりずっといい。


そのときだった。


パキッ。


枝が折れる音。


僕の耳がぴくりと動く。


「隠れて!」


少女の肩をつかみ、近くの大岩の陰へ押した。


少女もただ事じゃないとわかったのか、すぐに息をひそめた。


「こんなところにいたのね」


聞き慣れた声に心臓が跳ねた。


振り返ると、シロエが立っていた。


その少し後ろには、不機嫌そうに腕を組んだジン。


「二人とも、どうしてここに?」


「探してたの」


シロエは少し困ったように笑う。


「二日も姿を見せないんだもの。心配したわ」


ジンは気まずそうにそっぽを向いた。


「……俺は別に」


シロエが責めるような視線を向ける。


「言うことがあるんでしょ」


ジンは舌打ちをしてから、頭をかきむしる。


何か言いたそうに口を開いては閉じる。


シロエが肩をすくめる。


「あー、くそ」


ジンは観念したように僕を見る。


「その、なんだ、殴って悪かったよ」


僕は思わず目を丸くした。


ジンが謝った。


ずっと一緒にいるけど、こんなのは初めてかもしれない。


ふっと心が軽くなるのを感じる。


でも、それをそのまま言うのは、なんだか恥ずかしい。


「明日は岩の雨でもふるのかな?」


「なんだと!」


ジンが顔を真っ赤にしてにらんでくる。


「もう二度と謝らねぇ!」


「ほら、やっぱりいつものジンだ」


僕が思わず笑うと、ジンもつられたみたいに笑った。


僕は拳を突き出した。


ジンは少し照れくさそうに鼻を鳴らし、拳をぶつけてくる。


ゴツン。


「これで終わりだ」


「うん」


シロエは僕らを見て、安心したように笑った。


「それでこそね」


三人で顔を見合わせる。


気づけば、いつもの僕らに戻っていた。


そのとき、シロエの視線が、ふと森の奥へ流れた。


「誰かいる?」


心臓が止まりそうになった。


岩陰では少女が息を殺しているはずだ。


「え? いないよ! 獣じゃない!?」


僕はできるだけ何でもない顔をして答える。


でも、声が上ずってしまった。


シロエは静かに首を振る。


「人間の気配みたいだった」


口の中が急にカラカラになる。


ジンは鼻で笑った。


「こんな森に人間なんかいるわけねぇだろ」


シロエは少し考えてから言った。


「そうね。気のせいかも」


「ほら見ろ」


ジンが得意そうに言う。


シロエは何も答えなかった。


ただ一度だけ、僕をじっと見つめた。



シロエたちの姿が森の奥へ消えていく。


僕はしばらく耳をすませ、完全に気配がなくなったのを確かめた。


「もう大丈夫だよ」


岩陰から少女が顔を出す。


「行った?」


「うん」


少女はほっと息をついた。


「さっきのふたりは友達?」


「そうだよ」


「仲良しだね」


僕は森の奥を見る。


「たったふたりの友達だからね」


ジンも。


シロエも。


姉さんも。


僕はひとりじゃない。


この頃の僕は、みんなとずっと一緒にいられると思っていた。


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