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2章 5話 戦いのあと

洞窟を出ると、太陽はまだ高いところにあった。


ずいぶん長い間、あの暗闇にいたような気がする。


男の子を背負ったまま山を下り、待機していた救護班に引き渡す。


若い女も担架に乗せられた。


二人とも衰弱しているけど、命に別状はないらしい。


「よかった」


ほっと息を吐いた。


そのとき、担架に乗せられた男の子が僕を呼んだ。


「お兄ちゃん」


「ん?」


「助けてくれて、ありがとう」


僕は少しだけ驚いて、それから笑った。


「うん」


男の子を乗せた車が走り去っていく。


その姿が見えなくなるまで、僕はその場に立っていた。


「桃矢」


門倉の声だった。


「来い。話がある」


さっきまでの気分が一気に重くなった。


少し離れた場所まで行くと、門倉が足を止める。


「なぜ命令を無視した」


やっぱり、その話か。


僕は口を結び、門倉から目をそらした。


「男の子が連れていかれたからだ」


「俺は追うなと言った」


「だから何だよ」


門倉の眉がわずかに動いた。


「助けられたじゃないか。あの子は生きてる。それじゃダメなのかよ」


「結果の話をしているんじゃない」


門倉の声が低くなる。


「お前が飛び出したせいで、紅羽まで持ち場を離れた」


僕は唇をかんだ。


「その直後、横穴から十数匹の鬼が出てきた。俺と燈子だけで対処することになった」

広間で見た光景が頭に浮かぶ。


血だらけの門倉。


服を裂かれていた燈子。


そして、僕は紅羽さんを見る。


少し離れたところで、救護班に肩の傷を手当てしてもらっていた。


「今回は全員生きて帰れた。だが、次もそうなるとは限らない」


「じゃあ、見捨てろっていうのかよ」


「そうは言っていない」


「同じだろ。あのとき待ってたら、あの子は殺されてたかもしれない」


「それでも、勝手な行動は許さん」


姉さんの最期が頭に浮かんだ。


鬼に食われていく姉さんを、僕は何もできずに見ていた。


もう二度と、あんな思いはしたくない。


「また同じことがあったら、僕は助けに行く」


「仲間が危険にさらされてもか?」


一瞬、言葉に詰まった。


「……目の前で助けを求めてる人を、見捨てるなんてできない」


門倉は黙って僕を見ていた。


その目が、さっきまでよりずっと冷たくなる。


「覚えておけ」


低い声だった。


「お前のような奴が仲間を殺す」


胸の奥に、その言葉が突き刺さった。


門倉はそのまま背を向け、歩いていく。


「……なんなんだよ、あいつ」


腹が立つ。


だけど、言い返せなかった。


僕のせいじゃないとは言えなかったから。


「ずいぶん言われたわね」


いつの間にか、燈子が僕の隣に並んでいた。


「聞いてたのかよ」


「ちょっとだけね」


燈子は門倉が去っていった方を見る。


「あんまり門倉さんを嫌わないであげてね」


「なんでだよ」


「あの人には、あの人なりの理由があるから」


「燈子も説教しに来たのか?」


「まさか。私は結構好きよ。桃矢みたいなの」


「え?」


燈子からいつもの笑顔が消えた。


「どんなに危なくても、自分を置いて逃げない人がいるって、結構嬉しいものよ」


「燈子?」


「なーんてね」


すぐにいつもの笑顔に戻る。


「まあ、次に同じことするなら、もうちょっと強くなってからにしなさい」


燈子が僕の額を指で弾いた。


「痛っ!」


額を押さえると、燈子は楽しそうに笑いながら歩いていった。



その夜。


布団に入っても、なかなか眠れなかった。


目を閉じると、紅羽さんの肩から流れた血が浮かんでくる。


僕を庇ったせいでついた傷だ。


「やっぱり、ちゃんと謝ろう」


布団から抜け出し、紅羽さんの部屋へ向かった。


襖の前で足を止める。


「紅羽さん?」


返事はない。


もう寝てるのかな。


そう思ったとき、庭の方から小さな物音がした。


廊下を進むと、縁側に紅羽さんが座っていた。


「紅羽さん?」


紅羽さんが振り返る。


「桃矢君。どうしたの?」


「その……肩、大丈夫ですか?」


紅羽さんは自分の肩を見る。


「これ? 大丈夫だよ。もうほとんど痛くないから」


「でも、僕を庇ったせいで……ごめんなさい」


頭を下げる。


紅羽さんは少し黙ってから、僕の髪をくしゃっと撫でた。


「桃矢君が無事なら、それでいいよ」


「……でも」


「ただし」


紅羽さんの指が、僕の額を軽くつつく。


「次からはちゃんと言うこと聞いてね」


「はい」


「よろしい」


紅羽さんが笑う。


でも、その顔を見ていて、やっぱり何か変だと思った。


「紅羽さん、寝ないんですか?」


「うん。もう少ししたら寝るよ」


そう言いながら、紅羽さんは庭を見ている。


「眠れないんですか?」


紅羽さんの表情がわずかに止まった。


「どうして?」


「なんとなく」


少しの沈黙。


やがて紅羽さんは困ったように笑った。


「鬼を斬った日はね、眠れないの」


「え?」


「斬ったときの感触とか、悲鳴とか、刀から伝わってくる重さとか……そういうのが、ずっと残ってる。数えきれないくらい斬ってきたのに、おかしいよね」


僕にはわからなかった。


ただ、紅羽さんには、そんな顔をしてほしくなかった。


「……紅羽さんが苦しむことないと思います」


「え?」


「あいつらは悪魔だ。人間を殺して、食べて、それをなんとも思ってない。殺されて当然の化け物です。紅羽さんが気に病む必要なんてないんだ」


思わず口調が強くなる。


でも、本当にそう思った。


紅羽さんはしばらく黙っていた。


「桃矢君は、鬼が嫌いなんだね」


「大嫌いです。一匹残らずいなくなればいい」


迷わず答えた。


「鬼を斬ることに迷いはないよ。それが私の使命だから。鬼を斬って人を守る。そのために私は鬼狩りになった」


紅羽さんの声は静かだった。


「でもね、鬼を斬っても何も感じなくなることの方が、私は怖いかな」


そう言って、紅羽さんは夜空を見上げた。


僕にはやっぱり分からなかった。


鬼は化け物だ。


姉さんを殺したのも鬼だ。


そんな奴らに心を痛める理由なんて、僕には見つけられない。


「桃矢君はもう寝なよ」


「紅羽さんは?」


「もう少ししたら寝る」


「じゃあ、僕もいます」


「どうして?」


「……別に」


紅羽さんが僕を見る。


それから、今度は少しだけ嬉しそうにほほ笑んだ。


紅羽さんの頭が僕の肩にこつんと当たった。


「紅羽さん?」


「ちょっとだけ」


「重いです」


「ひどいなあ」


そう言いながらも、紅羽さんは頭をどけなかった。


僕には紅羽さんの気持ちは分からない。


それでも、この夜は、紅羽さんの側にいたいと思った。


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