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2章 6話 鬼界へ

「鬼界へ行ってもらう」


壇上に立つ門倉の一言に、僕は耳を疑った。


東京都千代田区霞が関にある鬼狩り本部。


その大広間には、数十人の鬼狩りが集められていた。


奥多摩での一件から二週間。


突然、本部へ呼び出されたと思ったら、これだ。


周りを見渡す。


ずらりと並んでいるのは、刀を腰に差した大人の鬼狩りたち。


門倉の隣には紅羽さん。


そして僕の隣には燈子が座っている。


門倉が話を続ける。


「ここ一か月、裂け目の発生が急増している」


大広間のモニターに大きな地図が映し出された。


日本各地に赤い印がつけられている。


「確認されただけで十三か所。そのうち四か所では、鬼が人間界へ侵入している」


周囲がざわつく。


「裂け目を調査した結果、その多くが鬼界の一地域に繋がっていることが判明した」


モニターが切り替わり、新たな地図が現れる。


見覚えのある形だった。


鬼界の地図だ。


門倉が、その北側を指した。


「今回、我々が調査するのは――白霞の里だ」


白霞――鬼界にある五つの里のひとつ。


かつて五つの里は、互いに争いを繰り返していたらしい。


それを二十年ほど前、鬼王グレンが圧倒的な力で統一した。


でも、里同士の交流はほとんどない。


僕も、生まれ育った“深森の里”以外のことは、よく知らなかった。


ただ、白霞については嫌な話を何度か聞いたことがある。


人間を捕らえて家畜のように飼っている。


そして、五つの里の中でも特に残虐な鬼が多い、と。


カタン。


隣で小さな音がした。


燈子の手が、椅子の肘掛けを強く握っていた。


「燈子?」


小声で呼ぶ。


燈子は僕の方を見た。


「なに?」


「いや……なんでもない」


いつもと変わらない顔だ。


「今回の目的は、裂け目が多発している原因の調査だ」


門倉の声に、僕は壇上へ視線を戻した。


「白霞の里とその周辺を調べ、原因を突き止める」


「自然に発生したものではない、ということですか?」


前の方に座っていた鬼狩りが尋ねる。


「まだ断定はできん。だが、これだけ同じ地域に集中するのは不自然だ」


広間にざわめきが広がった。


自然にできたものじゃない?


だとしたら、誰かが裂け目を作っているとでもいうのか?


「もし何者かが意図的に発生させているのなら、その方法と目的を探る。それが今回の任務だ」


門倉が集まった鬼狩りたちを見渡す。


「出発は明日の早朝。部隊編成はこのあと各自に伝える」


そこで説明は終わった。


鬼狩りたちが一斉に席を立ち、大広間が再びざわつき始める。


隣の燈子も立ち上がった。


「燈子」


「ん?」


呼び止めたものの、一瞬迷った。


白霞の名前を聞いたときの様子が、なんだか引っかかった。


「さっき――」


「桃矢」


壇上から門倉の声が飛んでくる。


「お前は残れ」


「呼ばれてるわよ。じゃあ、また明日ね」


燈子は軽く手を振ると、他の鬼狩りたちに混じって大広間を出ていってしまった。


やがて人がいなくなると、門倉が壇上から降りてきた。


「お前を今回の任務に同行させることを考えている」


「僕を? なんで急に?」


「お前は鬼について、俺たちより多くのことを知っている。それに鬼界で捕らわれていた間の経験も、現地で使えるかもしれん。だから連れていく価値はあると判断した」


僕は一年前に鬼界から救助されたことになっている。


鬼に捕らえられていた人間。


それがみんなの知っている僕の過去だ。


「わかった。僕も参加する」


僕も鬼界へ行ける。


あそこには、数えきれないほどの鬼がいる。


また鬼を斬れる、そう思うと胸が高鳴った。


「勘違いするな」


門倉がぴしゃりと言った。


「お前に戦闘はさせない」


「は?」


「お前は戦力として連れていくわけじゃない。調査には同行させるが、何があっても刀を抜くな」


「なんだよ、それ」


「命令違反を忘れたとは言わせん」


言葉に詰まる。


「鬼界は危険だ。お前の勝手な行動が部隊全員の命に関わる」


門倉は僕をまっすぐ見た。


「俺の命令に従えないなら、連れていかない」


「……分かった。言うこと聞けばいいんだろ」


「なら明日の朝、ここへ来い」


門倉はそれだけ言うと、僕に背を向けた。


明日、鬼界へ戻る。


そう考えると、落ち着かない気持ちになった。



翌朝。


僕は紅羽さんたちと一緒に、裂け目の前に立っていた。


何もない空間に、光の亀裂がゆらゆらと揺れている。


周囲には立ち入りを防ぐための柵が置かれ、何人もの鬼狩りが警戒にあたっていた。


大広間にいた鬼狩りたちも集まっている。


これだけの人数が鬼界へ行く。


そう思うと、昨日よりもずっと現実味が増してきた。


「緊張してる?」


隣から燈子が覗き込んできた。


「別に」


「顔、固いけど」


「うるさいな」


燈子がくすっと笑う。


「全員、準備しろ!」


門倉の声が響いた。


そして門倉を先頭に、鬼狩りたちが次々と裂け目へ入っていく。


やがて僕の番が来た。


裂け目の前に立つ。


「桃矢君」


隣に立つ紅羽さんが呼ぶ。


「本当に行くんだね」


「はい」


紅羽さんは僕の顔をじっと見ている。


「鬼界は何が起こるか分からない。桃矢君にはまだ早いと思う」


「大丈夫ですよ。戦うなって門倉にも言われてるし」


「お願いだから、危ないことしないでね。何かあったら私を呼ぶこと」


紅羽さんは心配そうな顔をする。


その顔を見ていたら、ふと二週間前の夜を思い出した。


いつも笑っていて、強くて、僕なんかよりずっと頼りになる人。


でも、本当はそれだけじゃない。


「紅羽さんも無茶しないでくださいね」


紅羽さんが目を丸くした。


「私?」


「はい。危なくなったら、ちゃんと僕を呼んでください」


「ふふ。言うようになったね」


紅羽さんが嬉しそうに笑う。


「でも分かった。危なくなったら桃矢君を呼ぶね。お互い無事に帰ろう」


「はい。約束ですよ」


「うん。約束」


僕たちは一緒に、裂け目へ足を踏み入れた。


視界が光に包まれる。


次の瞬間、冷たい風が全身を叩いた。


「さむっ!」


目を開けると、見渡す限りの雪原が広がっていた。


雪をかぶった山々。


白く染まった森。


そして、灰色の空。


――僕は鬼界へ帰ってきた。


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