2章 2話 はじめての戦闘
車は山道を走っていた。
運転席には門倉。助手席には紅羽さん。
そして、後部座席には、僕と燈子が並んで座っている。
今回の任務に向かうのは僕たちだけだ。
本来、鬼狩りは複数人で部隊を組んで任務にあたる。
でも、ごく一部の実力者だけは、単独での行動を許されている。
天位――最上位に位置する鬼狩り。
三人はその資格を持つらしい。
僕はさっきから何度も腰の刀に触れていた。
今朝、鬼狩りの装束と一緒に渡されたものだ。
これから鬼の巣を探す。
もしかしたら、鬼を斬ることができるかもしれない。
そう思うと、また刀の柄に手を置いていた。
「初任務がそんなに楽しみ?」
隣から燈子の声がした。
「別に」
「そんなこと言って。顔に書いてあるわよ」
燈子はすっと距離をつめてくる。
「よるなよ。せまいだろ」
燈子を押しのけていると、助手席に座る紅羽さんが振り返る。
「桃矢君、昨日の約束、覚えてる?」
「覚えてます」
「言ってみて」
「紅羽さんから離れない。勝手に戦わない。危なくなったら逃げる」
「うん。絶対だからね」
運転席から門倉の低い声が割り込む。
「桃矢、一つだけ覚えておけ」
「なんだよ」
門倉は前を向いたまま続ける。
「現場では俺の指示に従え」
「……わかってる」
窓の外へ目を向けた。
山はどんどん深くなっていた。
※
僕らは車を降りて山へ入った。
さっきまでとは、三人の雰囲気が違っている。
燈子は僕をからかってこない。
門倉と紅羽さんは、周囲に目を配りながら、少し前を歩いている。
僕も遅れないようについていく。
しばらく歩いたところで、門倉が立ち止まった。
「ここが二人目の失踪現場だ」
すぐに一本の木が目に入った。
幹に三本の傷。
やっぱり同じだ。
鬼界で何度も見たことがある。
人間の世界に住む鬼も習性は変わらないんだ。
裂け目ができたとき、人間の世界に渡って、そのまま住み着いた鬼がいるらしい。
「何か分かる?」
紅羽さんが僕の隣にしゃがむ。
「たぶん、巣はあっちです」
僕は山の奥を指さした。
門倉が傷を見る。
「なぜ分かる?」
「傷の向きさ。こっちが深くて、反対側にいくほど浅くなってるだろ?」
「確かにそうね」
燈子も顔を近づける。
「鬼は巣を囲むように縄張りの印を残すんだ。爪を振り抜く向きが決まってるから、傷を見れば巣がどっちにあるかわかる」
僕はもう一度、山の奥を指さした。
門倉が僕の指さした先を見る。
「たどれるか?」
「できると思う。他にも印があるはずだから」
「よし。案内しろ」
僕は傷跡を探しながら山奥へと進んだ。
振り返ると、三人は黙って僕についてきている。
なんだか、ちょっと気分がよかった。
鬼のことなら、僕に任せればいい。
だって僕は――鬼なんだから。
※
それから一時間ほど山を進んだ。
「止まれ」
門倉が片手を上げる。
その先に大きな岩壁があった。
岩と岩の隙間に、人一人が通れるほどの穴が開いている。
入口近くの木には、何本もの傷が刻まれていた。
「ここだ」
僕は呟いた。
このなかに鬼がいる。
僕が全部斬ってやる。
刀の柄に手をかけ、洞窟へと足を進める。
「待て」
門倉に肩を掴まれた。
「なんだよ」
「どこへ行く」
「中に決まってるだろ」
「鬼が何匹いるか分かるのか?」
「……分からない」
「入口はここだけか?」
「知らない」
「なら勝手に動くな」
門倉は僕を下がらせると、洞窟の前にしゃがみ込んだ。
燈子も地面を調べる。
「足跡があるわね」
「数は?」
「かなり重なってる。少なくとも数匹はいるわね」
紅羽さんは入口の脇で何かを拾い上げた。
「これ」
泥で汚れた子供用の靴だった。
「失踪した人のものでしょうか」
「可能性は高いな」
子どもが捕らえられているかもしれない。
そう思った途端、さっきまでとは違う意味で胸がざわついた。
「早く行こう」
門倉は答えない。
洞窟の周囲を見回すと、燈子に指示を出した。
「燈子。裏へ回れ。他に出入口がないか確認しろ」
「了解」
燈子が木々の間へ消えていく。
「こんなことしてる間に、中の人が殺されたらどうするんだよ」
僕が言うと、門倉は洞窟を見たまま答えた。
「助けに入った奴まで死んだら意味がない」
僕は何も言えなかった。
しばらくして、燈子が戻ってきた。
「出入口はここだけよ」
門倉がうなずき、刀を抜いた。
「なかへ入る。燈子は後方を警戒。紅羽は桃矢から離れるな」
「分かりました」
門倉が僕を見る。
「桃矢」
「分かってるよ。勝手に動くな、だろ」
門倉を先頭に、僕たちは一人ずつ洞窟へ入っていく。
洞窟の中は薄暗く、外よりもずっと冷えていた。
足元の岩から水が滴り、ぴちゃん、ぴちゃん、と音が響いている。
そして、鼻につく匂いがした。
鬼界で嫌というほど嗅いできた匂いだ。
刀を握る手に、自然と力が入った。
この先に鬼がいる。
少し進んだ、そのときだった。
「止まれ」
門倉の声。
暗闇の向こう。
赤い目が光った。
「人間!」
一匹の鬼が飛び出してくる。
僕は刀を抜いた。
その瞬間、白いものが横切った。
ゴロッ、と鬼の頭が地面を転がる。
「え?」
紅羽さんが刀についた血を払う。
「上だ!」
門倉が叫ぶ。
反射的に見上げる。
天井に鬼が張りついていた。
僕めがけて落ちてくる。
今度こそ!
そう思ったとき、鬼の体が半分に裂けた。
そのまま地面に落ちる。
背後に燈子が立っていた。
「桃矢の出番、取っちゃったかしら」
「……別に」
「残念そうな顔してるわよ」
「してない」
燈子は楽しそうに僕の横を通り過ぎた。
「先へ進むぞ」
門倉を先頭に、さらに洞窟の奥へ進む。
それからも何度か鬼が襲ってきた。
でも、僕が刀を振るうことはなかった。
三人があっという間に倒してしまう。
しばらく進んだところで、僕は足を止めた。
「待って」
「どうしたの?」
紅羽さんが振り返る。
「何か聞こえる」
水の滴る音。僕たちの息づかい。
そのずっと奥から――
「……たすけて」
「人の声だ」
「どこから?」
僕は声を頼りに、洞窟の奥へ進んでいく。
声がだんだん近くなる。
やがて岩陰を抜けると、ぽっかりと広い空間に出た。
「いた!」
三人の人間が倒れていた。
写真で見た失踪者だった。




