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11話 友の殺意

森は静まり返っていた。


湿った空気が肌にはりつく。


「おい、トウヤ、その人間をどうするつもりだ」


低く押し殺した声。


「どけよ、ジン。急いでるんだ」


「答えろ!」


森の空気が震えた。


ジンは歯を食いしばり、唇を震わせている。


「トウヤ、俺……信じてるんだぜ。お前だけは裏切らねぇって」


ジンの口元は笑おうとしていた。


でも、瞳だけは冷たく僕を見つめる。


「だから、答えてくれよ。人間を……どうする気だ?」


少女が僕の手をギュッと握る。


僕は少女をかばうように一歩前へ出た。


「人間の世界へ帰す」


その瞬間、ジンの顔から表情が消えた。


「帰す、だと? 本気で言ってんのか?」


「この子には――」


「黙れ!」


怒鳴り声が森に響く。


鳥たちが一斉に飛び立った。


ジンは震える拳を押さえつけながら言う。


「お前、まえに、人間がどんな奴らか聞いたよな?」


「……聞いたよ」


ジンは少しだけ目を伏せた。


「俺の母ちゃんは人間に殺された。鬼狩りにな」


「え?」


「母ちゃんは俺をかばって腹を裂かれた。助けてって叫んでた。でも、俺は見てることしかできなかった」


ジンは拳を握り締める。


「だから決めたんだ。人間は一人残らず殺す。人間に味方する鬼も同じだ」


ジンがゆっくりと手を差し出した。


「その人間を渡せ。そうすれば、お前は見逃してやる」


本気だった。


ジンはまだ僕を助けようとしている。


僕は静かに口を開く。


「一つだけ聞かせてくれ」


「……なんだ?」


「姉さんを食ったのか?」


森から音が消えた。


ジンは目をそらさない。


「食った」


その一言だけだった。


「人間に味方したんだ。ユナが悪い。粛清されるのは当然だろ」


黒く濁った感情が、全身を満たしていく。


深くて、暗くて、きっと名前のない感情なんだろう


「やっぱりお前は鬼だよ、ジン。醜くて、薄汚い――鬼だ」


息を吸う。


そして言った。


「僕は鬼を一匹残らず滅ぼす」


ジンの顔に深い影が落ちた。


「ああ、そうかよ」


静かに呟く。


「だったら、お前はもう友達じゃねぇ」


鬼気が一気にあふれ出す。


地面が震えた。


「この裏切り者がぁ!」


「来い、ジン!」


僕らは同時に地面を蹴った。


――親友との殺し合いが始まった。



森に湿った風が吹きぬけた。


その風を裂くように、ジンが飛び込んでくる。


「ッ!」


反応より速く、拳が頬を打った。


骨が軋み、視界がぐらりと揺れる。


腹に二撃目。


胃がひっくり返り、息がもれる。


倒れた体を、さらに蹴り上げられた。


肋骨きしみ、肺から空気が押し出される。


「どうしたよ! 鬼を滅ぼすんじゃなかったのか!」


地面を転がりながら立ち上がる。


強い。


昔からわかっていた。


ジンは僕よりずっと強い。


「……うるさい」


「あ?」


ジンの姿が消えた。


右だ。


反射でしゃがむ。


拳が頭上をかすめた。


「ちょっとは動けんじゃねぇか!」


肩へ衝撃が走る。


また吹き飛ばされる。


痛い。


でも、痛みより怒りの方が熱かった。


ジンの足が振り上がる。


今だ。


地面を蹴って懐へ潜り込む。


肘を腹へ全力で叩き込んだ。


「ぐっ」


腕が痺れる。


それでもジンは一歩下がっただけだった。


「効かねぇよ!」


喉元を狙った拳は、軽々と受け止められる。


「弱ぇんだよ、お前は」


ジンが吐き捨てる。


「だから何も守れねぇ」


胸が締めつけられる。


「ユナが死んだのも、お前が弱かったからだ。」


姉さんの悲鳴。


肉を裂かれる音。


そして――


『食った』


ジンの声が頭の中で響く。


こいつが姉さんを。


「……殺す」


「なんだ?」


「殺してやる!」


視界が赤く染まる。


心臓が激しく鳴る。


全身が焼けるように熱い。


血が暴れ回っている。


「なんだ……この力……」


体の奥から力があふれてくる。


――鬼の血が目を覚ました。


「おおおおっ!」


ジンの首をつかむ。


「なっ!?」


ジンの目が見開かれる。


そのまま押し込む。


木が大きく軋んだ。


「チッ!」


ジンの爪が頬を裂く


拳と拳がぶつかる。


骨が軋む。


腕が悲鳴を上げる。


痛い。


でも止まれない。


「この裏切り者!」


「姉さんを殺しておいて、裏切りも何もあるか!」


最後の力を込める。


拳がジンの胸へめり込んだ。


ジンの体が宙を舞って木へ激突した。


「ぐわっ」


ジンは立ち上がろうとする。


けれど足が震え、膝をつく。


「……ふざけんな。お前が俺より強いわけねぇ」


僕はゆっくり近づいた。


あと一発。


それで終わる。


でも――


川で魚を捕った日。


木登りで競争した日。


泥だらけになって笑い合った日。


そんな景色が頭をよぎった。


「……」


拳が止まった。


「ジン。まだ、お前は殺さないよ」


そう言うと、ジンの表情が凍りつく。


「は?」


ジンの肩が怒りで震え始める。


「俺を憐れんでんじゃねぇ!」


地面へ拳を叩きつける。


「ふざけんな! トウヤ、てめぇ、絶対に殺してやるからな!」


僕は少女の方へ向かった。


「だ、大丈夫なの?」


少女は震える声で言う。


「ち、血が」


「平気」


短く答える。


「急ごう。」


その瞬間だった。


ブオォォォォーーッ!


角笛が夜明け前の森に響き渡る。


振り返ると、ジンが角笛を握っていた。


ジンは血を吐きながら笑う。


「ぜいぜい逃げろよ、トウヤ。俺がお前を殺す、その日までなぁ!」


少女が僕の袖を引いた。


「早く行かないと!」


僕は最後にジンを見る。


ジンも僕を見ていた。


もう昔みたいに笑い合うことはない。


僕は振り返らず、裂け目に向かって走り出した。


――里からは無数の咆哮が近づいてくる。


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