12話 鬼狩り
僕と少女は全速力で森の中を走る。
すると、視界の先がぱっと明るくなった。
暗い森の向こうで、まぶしい光が木々の隙間から差し込んでいる。
「あれだ!」
思わず声が弾む。
少女も顔を上げ、目を見開いた。
「裂け目ね!」
人間の世界へと続く唯一の道。
ようやく見つけた。
「これで帰れる」
少女の声が震える。
少女の笑顔を見た瞬間、胸が少しだけ軽くなった。
この子を助けることができる。
そう思った。
ドガァァァァン!!
突然、背後で大木が何本も倒れた。
地面が大きく揺れる。
「……来た」
少女の顔から笑顔が消える。
木々を押し倒しながら鬼たちが、すぐそこまで迫ってきていた。
何十体いるのかも分からない。
「見つけたぞ!」「人間だ!」「欠け者も一緒だ!」
怒号が森を震わせる。
「振り返るな!」
少女の手を握り直し、裂け目へ向かって駆け出した。
あと少し。
あと少しで届く。
「逃がすかぁ!」
頭上から巨大な影が飛び降りてきた。
僕は反射的に振り返る。
ドンッ!
思いきり腹を蹴り上げると、鬼は吹き飛んで木へ激突した。
「いまのうちに行って!」
僕は少女の背中を押す。
少女は首を振る。
「一緒に逃げないと!」
鬼たちはもう目の前まで来ていた。
二人では逃げきれない。
僕は少女の肩をつかんだ。
「君には帰る場所があるんだろ。待っている人がいるんだ」
少女は何度も首を振る。
「でも!」
少女の目から涙があふれる。
「ごめんね」
僕は少女を裂け目へ向かって強く押した。
「君は生きるんだ!」
裂け目の光が少女を包んでいく。
少女は涙を流しながら叫んだ。
「死なないで! 絶対また会えるから!」
光がはじける。
少女は人間の世界へ消えていった。
静かになった森で、僕はゆっくり振り返る。
鬼たちが僕を囲んでいた。
全員が獲物を見て笑っている。
僕は小さく息を吐いた。
「この先には行かせないぞ」
鬼たちが一斉に飛びかかる。
「うおおおおっ!」
最初の鬼の顔を殴り飛ばす。
二体目の足を払う。
三体目の腹へ蹴りを叩き込む。
だけど、それだけだった。
背中へ鋭い痛みが走る。
「ぐあっ」
爪が肉を裂いた。
振り向く前に肩へ牙が食い込む。
さらに横から拳が飛び、体が吹き飛ばされた。
地面を何度も転がる。
「まだだ」
立ち上がる。
でも足が震える。
視界が赤い。
鬼は次々に襲いかかってきた。
腹。背中。腕。
何度も殴られ、蹴られ、爪で裂かれる。
「ははっ!」「弱ぇ!」「欠け者はこんなもんか!」
笑い声が響く。
膝が折れた。
それでも地面へ手をつき、立ち上がろうとする。
姉さん、僕、間違ってないよね。
そのとき、森の空気が凍りついた。
ゾワリ。
全身の血が逆流するような悪寒。
「そこまでだ」
全ての鬼がピタリと止まった。
森の奥から現れた影。
ズ……ズ……ズ……
太い腕。巨大な体。
額の角が禍々しく光る。
――鬼王グレン
鬼たちはその場にひれ伏した。
グレンは群れに目も向けず、僕を見下ろす。
「よくも裏切ったな」
太い手が首をつかむ。
体が簡単に宙へ浮いた。
「鬼でありながら、人間を助けるとは」
握る力が強くなる。
視界が暗く染まっていく。
姉さん。
ごめん。
姉さんの仇うてなかったよ。
そのとき――シュッ!
銀色の光が走った。
鮮血が宙へ散る。
グレンの手がわずかに緩み、僕は地面へ落ちた。
咳き込みながら顔を上げる。
裂け目の光を背に、一人の少女が立っていた。
長い黒髪。
白い肌。
刀を構えたその横顔は――姉さんによく似ていた。
少女は僕を見て、驚いたような声を上げる。
「子ども?」
その直後、次々と黒装束の影が飛び出してくる。
黒い外套。
腰の刀。
鋭い眼差し。
――鬼狩り
――鬼を殺す者たち
先頭の男が叫ぶ。
「第一隊、前へ! 第二隊、横へ回り込め! 抜刀!」
一斉に刀が抜かれた。
火花が散る。
鬼たちが咆哮を上げる。
怒号と悲鳴が森を埋め尽くした。
姉さんに似た少女が駆け寄ってくる。
「もう大丈夫。私が守るからね」
声まで姉さんとそっくりだな。
なんて、僕は場違いなことを思った。
安心感が胸いっぱいに広がり、張り詰めていた力が一気に抜けた。
遠くでは鬼たちの咆哮と、刀がぶつかり合う音が響いている。
僕の意識はゆっくりと遠のいていく。
薄れていく意識の中で、ただ一つだけ心に決めたことがある。
――鬼を一匹残らず滅ぼす。
鬼として生まれ、鬼を狩る。
僕の物語は、ここから始まる。
――第一章 完




