サント工場の中間報告
## 135話 サント工場の中間報告
目を覚ます。
いつもの天井。いつもの木目。ほんのりとしたパンとスープの匂い。
〈俺は魔法のないこの異世界で社長をしている〉
〈向かう場所は――行けるところまで〉
なんともアホらしい目的地だと、自分で思って苦笑する。
それでも、そのアホらしい目標があるから、毎日ちゃんと起き上がれる。
「ライムー、そろそろ起きなさい! ご飯できてるわよ!」
母さんの声が、いつもどおり居間から響いてくる。
「はーい!」
布団から飛び起きて、廊下に出る。
洗面所に向かい、金属板――鏡代わりの磨かれた板――の前に立つ。
もちろん、そのままでは届かないので、用意してもらった踏み台に乗る。
冷たい水で顔を洗うと、しゃきっとする。
〈5歳の身体ってのにも、さすがに慣れてきたけどな〉
〈踏み台がないと何も届かないのは、いつまでたっても不便だ〉
タオルで顔を拭いてから、居間へ向かった。
テーブルには、今日も変わらず山盛りの朝食が並んでいる。
パン、スープ、卵、ハム、野菜に、昨夜の残りの煮込みまで顔を出している。
「今日も山盛りだね!」
思わず笑ってしまう。
母さんは胸を張る。
「当たり前でしょ! 社長なんだから、たくさん食べなさい!」
意味はよく分からないが、誰も突っ込まない。
〈社長は大食いでなきゃいけないルールでもあったっけ〉
父さんが湯飲みを置きながら聞いてくる。
「今日はどうするんだ?」
「昨日のうちにガレンさんに連絡をしておきました。今日はサント工場で面談です」
レノが、いつもの落ち着いた声で答える。
〈相変わらず、言う前に全部やってくれるんだよな〉
「レノ、ありがとう! 今日はサント工場だね」
「はい」
母さんがパンをちぎりながら口を挟む。
「分かったわ。じゃあ私も行くわ」
父さんは腕を組んで、少し考えてから首を振る。
「俺は今日は行けないが……よろしく頼むぞ」
「分かってる! じゃあ今日はクララと行くね!」
レノがふっと笑う。
「COOの出番ですね」
「そうだね! じゃあ、食べ終わったら洗い屋に行こうか!」
パンとスープを胃袋に押し込み、俺たちは隣の洗い屋へ向かった。
「おはようございます!」
扉を開けて声をかける。
「ライム! おはよう!」
クララが両手を振って駆け寄ってくる。
「ライム君、おはよう」
アインズさんが、たらいを手で支えながら笑う。
「おはようライム君」
サクラさんも、泡立てた石鹸を片手に、にこやかにあいさつしてくれた。
「今日は何して遊ぶ?」
クララがキラキラした目で聞いてくる。
〈今日もクララは元気だな〉
「今日は母さんとレノとサント工場に行くよ。ガレンさんに、酒造事業の状況を聞きに行くんだ。クララも来る?」
「行く! COOのお手伝いだね!」
サクラさんがくすっと笑う。
「ふふ、COOがお手伝い、ね!」
〈ここだけ見たら、ただの5歳児なんだよな……〉
でも、その5歳児をCOOにしてしまったのは、たぶん俺なんだよな。
俺とレノ、母さん、クララの4人で、レノの操る馬車に乗り、サント工場へ向かう。
冬の冷たい風が頬に刺さるが、息を吐くと白くなって、それはそれで楽しい。
工場が見えてくると、いつもの煙突から、うっすらと白い煙が上がっていた。
「あ! ヤブタさん!」
クララが手を振る。
「おぉ! 嬢ちゃん。よう来たの」
ヤブタさんが、いつものしゃがれ声で笑う。
「今日は面談じゃろ? ガレンを呼んでくるぞ」
「お願いします!」
俺たちは、いつもの事務室に案内される。
木の机と椅子が並ぶだけの質素な部屋だが、その分落ち着く場所だ。
しばらくすると、ヤブタさんがガレンさんを連れて戻ってきた。
「ライム君、こんにちは! 今日は面談ですね? レノさんから聞いてます」
「うん。酒造事業の責任者として面談だよ。でも、あんまり構えないでいいからね」
「は、はい!」
ガレンさんは、ちょっと肩に力が入りすぎている。
「ガレンさん、大丈夫だよ! ライムは怖くないからね!」
クララが、にこーっと笑いながら言う。
「はい、ライムさんを怖がる必要はありません」
レノまで真顔でそう言うので、俺は思わず苦笑した。
〈まぁ、5歳だしな……〉
「そういう意味はないのですが」
ガレンさんが慌てて手を振る。
「でも、そうですね。ライム君は、うちを救ってくれた救世主です!」
「そうじゃの」
ヤブタさんも、ゆっくりうなずいた。
「ううん、みんなが得をする形を考えただけだよ。サント工場のみんなのおかげで、うちも助かってるからね」
そう前置きしてから、俺は姿勢を正した。
「じゃあ、サント工場の今の状況を教えてくれるかな?」
緊張も、だいぶほぐれたようだ。
ガレンさんは、手元の紙をちらりと見てから、きちんとした口調で話し始めた。
「はい。11月の中旬から、今いる人員でフル生産を続けています。サントエールが月に600樽、プレサントが月に200樽のペースです」
〈サントエール600、プレサント200〉
〈前に聞いた数字から、ちゃんと維持できてるな〉
「サントエールは、600樽は引き続き出荷しています。プレサントは、先日までは売れ行きも芳しくなく、在庫が溜まっていっている状況でした」
そこまで言って、ガレンさんは表情を明るくした。
「しかし試飲会のあとは、在庫がみるみる捌けていっている状況です。エステル向けの出荷も順調と、テト君が言っていました。配送担当はテト君のところに入って、毎日フル稼働で走り回っています」
〈うん。試飲会の効果が、やっぱりしっかり出てるな〉
〈でも、その“良い知らせ”が現場で止まってたわけか〉
レノが静かに口を開く。
「出荷状況や備品関係の情報については、テトさん経由でゴードンさんに流してください。テトさんにも、同じように伝える予定です」
「テトお兄ちゃんは情報網だよ!」
クララが胸を張る。
「なるほど、『物流兼情報網』ですね」
レノが納得したようにうなずく。
「わかりました」
ガレンさんも、真剣な顔で答えた。
俺は、少し身を乗り出す。
「問題になってることはないかな? 困ってることとか」
「ええ、さきほど言ったように、在庫が捌けていっている状況です。今は溜まっていた分を払い出せばいいですが、そのうち底をつきます」
〈フル生産で回してる以上、在庫はゼロになる〉
〈そのあとをどうするか、って話だよな〉
「経営が厳しくて、人を減らしたって言ってたけど……戻ってきてくれないかな?」
俺が問うと、ヤブタさんが眉を下げた。
「そうじゃな。職人たちには申し訳ないことをした。ワシの方から頼んでみるとしよう」
「父さん……よろしくお願いします」
ガレンさんが、深く頭を下げる。
「うん。それまでは、今までどおりフル生産でよろしくね。エステルでもうまくいけば、他の街にも広げられるしね。戻ってきてくれるといいな」
「本当にそうなれば、そんなに嬉しいことはありません。私からも頼んでみます!」
クララがぱあっと顔を明るくする。
「お父さんも、プレサントおいしいって言って飲んでるよ! きっと大丈夫!」
「そうね。味には自信を持っていいわ」
母さんも、うれしそうに笑った。
「本当に、感謝しておるよ」
ヤブタさんが、しみじみと言う。
母さんは、ふと思い出したように姿勢を正した。
「それで、給金だけど……ガレンさんは金貨2枚よ。ヤブタさんと奥さんは1枚。他の人は変わらずってことでいいかしら」
「ありがたいです……!」
ガレンさんの目が、うるっとした。
「つい先日まで、貯金が底をつくと震えていたので……本当にありがとうございます!」
「こちらこそ。サント工場がしっかり回ってくれてるおかげで、うちも事業を組み立てられているからね。これからもよろしく!」
「はい! こちらこそ、よろしくお願いします!」
〈サント工場は、11月の中ごろからフル稼働〉
在庫が全部なくなるということは、まるまる2か月分フル出荷したってことだ。
〈ざっくり見積もっても、サント工場だけで上振れは金貨200枚ってところか〉
ランチボックスも、昨日の面談で1200食に増やした。
〈あっちはあっちで、金貨100枚分くらいは上積みが狙える〉
レノが、手帳を開きながらまとめてくれる。
「ランチボックスとサント工場で、金貨300枚は行けそうですね。中間時点でのリバーシの売り上げが金貨200枚なので、金貨500枚は堅そうです」
「そうだね」
〈約束の金貨500枚〉
〈ガラワ組との中間確認で言った『大丈夫』が、数字としてちゃんと見えてきた〉
「それに、ここからのリバーシの上積みは、まるまる利益として残ります」
レノがそう付け加える。
「よし」
思わず、ぎゅっと拳を握る。
「銅山のJVが、ようやく視界に入ってきたね」
〈ここまでは、約束を守るための準備〉
〈ここから先は、“行けるところまで行く”ための準備だ〉
こうして、サント工場での面談は終わり、
炎の夜明け商会は、約束の金貨500枚に向けて、さらに現実的な一歩を踏み出したのだった。




