悪評と信用のはざまで
## 133話 悪評と信用のはざまで
炎の夜明け商会本部で、俺とレノとテンドーさんの3人が、テーブルを囲んでいた。
俺とテンドーさんが向かい合い、レノが横でじっとテーブルを見つめている。
テンドーさんは額にうっすら汗を浮かべながら、つぶやく。
「なぜそんなところに……?」
俺はニヤリと笑って、返事をする。
「ふふふ。これは壮大な布石なのさ」
パチン、と軽い音を立ててコマを置く。
途端に、斜めの列が一気に白にひっくり返った。
「!! なんと! ぐっ……負けました……!」
テンドーさんがガックリと肩を落とす。
俺たちは真剣な顔でリバーシをしていた。
〈よし。これで2連勝〉
「じゃあ、次はレノとテンドーさんだね」
俺が席を譲ると、レノが静かに頷いて向かいの席に座った。
テンドーさんは、まだショックが抜けない顔で盤を眺めている。
「ところで、兄のニンドーから連絡が来ましてね」
「リバーシの状況ですか?」
レノがコマを並べ直しながら尋ねる。
「はい。ミナさんの『ぽっぷ』と『るーるぶっく』のおかげもあると思いますし、学生筋が買いに来ることも多いらしいです。まだ在庫は積み上がってますが、日に1000セットくらい出てる」
〈やっぱり、学舎でのプレゼンが効いてるんだな〉
〈炎の夜明け商会の宣伝だったが結果的にリバーシの宣伝にも繋がったようだ〉
レノが、ほんの少し口元を緩める。
「学舎の皆さんが火付け役になってくれるといいですね」
「はい! ロンドールでは今は日に50セットほどですが、エステルで本格的に火が付けば、一気に在庫もなくなるでしょう」
テンドーさんは、さっきの敗北を忘れたようなホクホク顔だ。
レノが黒のコマを手に取り、盤の一角を指した。
「では、私はここで」
パチ。
白だった列が、さらっと黒に変わる。
「ああーっ! やめてください、その手は反則です……!」
テンドーさんはホクホク顔から泣きそうな顔に変わる。
〈いや、ルール的には全然反則じゃないんだけどな〉
そんなやり取りをしているときだった。
「ら、ライム君! いる?」
慌てた声とともに、扉が勢いよく開いた。
息を切らせたエリーナさんが、必死な顔で駆け込んでくる。
「エリーナさん、どうしたの?」
「ガラワ組が組合に来てるわ! ライム君を呼んでこいって!」
一瞬、空気が凍った。
〈ガラワ? まだ約束まで1か月あるはずだよな〉
10月25日に交わした約束。支払いは3か月後――つまり1月25日。
今日は12月25日。まだ1か月も余裕がある。
「……分かった。すぐ行くよ」
立ち上がる俺に、レノがすぐに続いた。
「私も同行します」
「私も行きます!」
テンドーさんも慌てて立ち上がる。
「テンドーさんも?」
「ええ。あの方々は、正直あまりいい噂を聞きませんからね。少しでも人手は多い方がよろしいかと」
〈まあ、確かに〉
俺たち4人は、そのまま市場組合へと急いだ。
市場組合の石造りの建物に入ると、中はいつもより静かだった。
受付の前を通り過ぎ、組合長室の前へ。
エリーナさんがノックもそこそこに扉を開ける。
「連れてきました!」
「入りたまえ」
アイザット――組合長の声が中から聞こえた。
部屋に入ると、机の向こうに組合長。その対面側に、ガラワ組のガラワと、いかにもチンピラ風の若い男が1人、椅子に座っていた。
ガラワは相変わらず大柄で、あの時と同じように腕を組んでいる。
ただ、以前よりも少しだけやつれたようにも見えた。
「おう、ライムとか言ったな」
ガラワが、ニヤリと笑った。
「速かったじゃねえか。会いたかったぜ」
「うちの商会は、すぐそこだからね」
〈相変わらず圧がすごいな〉
俺は内心で苦笑しつつ、ガラワの隣に立つ若い男をちらりと見る。
〈……前に見た顔もいるけど、人数が減ってるような〉
組合長が、咳払いをひとつした。
「さて。集まったところで本題に入ろうか」
アイザット組合長は、いつもの落ち着いた声で続けた。
「ガラワ殿の方から、君――炎の夜明け商会のライム君に、確認したいことがあるそうだ」
ガラワが、組合長ではなく俺の方を見る。
「単刀直入に聞くぜ、坊主」
低く、重い声。
「約束してた金貨500枚。あと1か月で、本当にそろえられるのか?」
部屋の空気が少しだけ重くなった気がした。
テンドーさんが、ごくりと喉を鳴らす音が聞こえる。
〈……そう来たか〉
俺は一度、深呼吸した。
「そろえられるよ」
はっきり答える。
「今、炎の夜明け商会は、いくつかの事業で稼いでる」
「ほう?」
ガラワの眉がわずかに動く。
「まず、サント酒造のプレサント。ベック酒店と炎の鍋亭、鍋亭2号店、他にもいくつかの飲食店で扱ってもらっていて、今は毎日安定して売れてる」
サント工場の樽の出荷ペース。
ロンドールでの試飲会、鉱山での評判。
そういった数字を頭の中で並べながら、落ち着いて言葉を選ぶ。
「次に、弁当事業。昼の弁当は、3つの販売所で毎日1000以上出てる」
レノが補足するように口を開いた。
「それから、リバーシです。テンドー商会さんの力も借りながら、ロンドールとエステルで在庫を積み上げ、今は徐々に売れ始めている段階です」
テンドーさんが、少し緊張した顔のまま、でもはっきりと言う。
「ロンドールでは、今は日に50セットほど出ています。エステルでの広がり次第では、さらに加速するでしょう」
「ふん」
ガラワは、腕を組み直した。
「景気のいいことを並べるじゃねぇか」
〈まあ、実際景気はいい方だと思うけど〉
「でもよ。商売ってのは、いいことばっかじゃねぇ」
ガラワは指を一本立てる。
「酒造は、急に事故が起きて止まるかもしれねぇ。弁当の材料が入らなくなるかもしれねぇ。そのリバーシとやらだって、流行らなきゃただの板だ」
チンピラ風の男が、ククッと笑う。
「黙ってろ」
ガラワが横目で睨むと、すぐに男は口をつぐんだ。
〈前より静かなのは、ああいうのが減ったから……かな〉
ガラワは、もう一度俺を見る。
「それでも、本当に金貨500を用意できるってんなら、理由を聞かせてもらおうか」
俺はうなずいた。
「俺は、リスクがゼロだとは思ってないよ」
〈むしろ、リスクがない商売なんて存在しない〉
「でも、ひとつひとつの事業が、ちゃんと『勝算のある形』になってる」
ガラワの目が、僅かに細くなる。
俺は続けた。
「プレサントは、サント工場のみんなのおかげで、品質も供給も安定してる。弁当は、母友たちが仕事として続けられるように、給金と量を調整してる。リバーシは、エステル学舎の先生たちの協力で、エステルでの広がりの土台を作った」
〈全部、『仕組み』として回るようにしてきた〉
「それに」
俺は、ガラワの目を真っ直ぐ見た。
「金貨500枚は、うちにとっても大きな金額だ。だからこそ、そこに間に合うように、最初から計画して動いてきた」
一瞬、沈黙。
組合長が、静かに口を挟んだ。
「私からも補足しよう」
アイザット組合長は、机の引き出しから何枚かの紙を取り出した。
「炎の夜明け商会の売上と支出の簡単なまとめだ。ライム君から提出を受けて、こちらで確認したものだが……現状、支払いに大きな問題はないと見ている」
〈まあ、そこは何度も一緒に計算したし〉
ガラワは紙をちらりと見て、ふんと鼻を鳴らした。
「組合長のお墨付きってわけか」
「組合として、無理な約束をさせたつもりはない。それでも不安であれば――」
組合長は椅子に座ったまま、ガラワを見据える。
「炎の夜明け商会の保証人である私も責任を持とう」
部屋の空気が、少しだけ変わった。
ガラワの目が、わずかに細まる。
「責任、ねえ」
チンピラ風の男が、落ち着かない様子で椅子の上でもぞもぞする。
〈……組合長、ありがとう〉
だがガラワは、すぐに首を横に振った。
「そっちの事情は、わかった」
低く、短い言い方。
「俺が聞きたいのはひとつだけだ」
俺を見据える。
「約束の期日までに、金貨500枚をそろえるのか、そろえねぇのか」
その目は、試すようでもあり、本気で確認しているようでもあった。
〈……ここで、少しでも弱気を見せたら終わりだ〉
俺は、椅子から少し前のめりになる。
「そろえるよ」
はっきり、もう一度言う。
「うちは、約束は守る。俺は炎の夜明け商会の『社長』だからね」
〈俺自身のためでもあるし、炎の夜明け商会で働いてくれている人たちのためでもある〉
沈黙。
やがて、ガラワはふっと笑った。
「……言うじゃねぇか、坊主」
ほんの少しだけ、口元が緩んでいる。
「アイザット」
ガラワは組合長の方を向いた。
「今の話、組合長としても聞いたな」
「もちろんだ」
「だったら――」
ガラワは立ち上がり、椅子がギシリと音を立てる。
「1か月後の約束の日までは、口出しはしねぇよ。こっちもおとなしく待つ」
「それは助かる」
組合長が穏やかに頷く。
ガラワは、最後にもう一度こちらを見た。
「だが覚えとけよ、坊主」
低い声が、部屋の隅まで届く。
「約束は守るもんだ。守れなかった時、何が起きるかは――お前もよく知ってるだろ?」
〈うん。それは、この世界でも前の世界でも同じだ〉
「……分かってる」
俺は短く答えた。
ガラワは、「そうか」とだけ言って、隣の若い男に顎をしゃくる。
「行くぞ」
ドアが開き、2人の背中が市場組合の廊下へと消えていく。
その背中は、相変わらず大きくて、でもどこか少しだけ、重そうに見えた。
扉が閉まると、部屋の空気が一気にゆるんだ。
「はあーー……」
テンドーさんが、椅子の背にもたれかかって大きく息を吐く。
「心臓に悪い方ですね、あの人は……」
レノも、少しだけ肩を落とした。
「ですが、少なくとも『早まった取り立て』にはならなさそうです」
エリーナさんも胸を押さえながら、苦笑いを浮かべる。
「ライム君、本当に肝が据わってきたわね……」
組合長が、静かに言った。
「約束を守るのは、簡単じゃない。しかし、君にはそれを支えられるだけの『仕組み』がある」
俺は、少しだけ照れくさくなって、頭をかいた。
「まだ、ここからですよ。プレサントも、リバーシも、弁当も――全部、もっと伸ばさないと」
〈約束を守るために、ここまで走ってきた〉
ガラワの最後の言葉が、頭の中で何度も反芻される。
〈約束は守るもんだ〉
〈守れなかった時に何が起きるか――それは、絶対に見たくない未来だ〉
「さあ、戻ろうか」
俺はレノとテンドーさんの方を見る。
「リバーシも、プレサントも、リバーシの在庫も――全部、約束を守るための大事なピースだからね」
「はい」
「ええ、全力で売らせていただきますよ!」
こうして、ガラワとの「中間確認」は終わり、
約束の金貨500枚に向けて、炎の夜明け商会はさらに加速していくのだった。




