ガラワ組の亀裂
## 132話 ガラワ組の亀裂
【ガラワ視点】
12月24日、夕方。
ロンドールの外れにある古い2階建ての倉庫、そこがガラワ組の根城だ。
粗末な机の上には帳簿とインク壺。壁際には鉄の金庫。その中身は金貨700枚――ガラワ組のほぼ全財産だ。
〈700。あのガキの500があれば1,200。銅山ひと山分だ〉
頭の中で何度もはじいた数字を、ガラワはもう一度確認する。
〈10月25日に炎の鍋亭の坊主と交わした約束。支払いは3か月後……残り、およそ1か月〉
待つしかない。そのあいだに貸付先が増える見込みは薄い。むしろ減る一方だ。
「親分、みんな集まってるぜ」
階下から声がかかった。取り立て係の1人だ。
「分かった。すぐ行く」
ガラワは帳簿を閉じ、軋む階段を降りる。
1階の広い空間には、男たちが14人集まっていた。
テーブルの上には粗末な茶器だけ。以前のように、ふんぞり返れるほどの余裕はない。
右腕のカルゴが壁にもたれ、腕を組んでいた。いかつい顔に不満がべったり貼りついている。
ガラワは部屋の真ん中に立った。
「よう。全員いるな」
ざわり、と視線が集まる。
「改めて言っておく。今うちには、現金で金貨700枚ある」
小さなざわめきが起きる。全員が知っている数字だが、あえて口に出す。
「銅山の話は、もう聞いてるな」
「金貨1,200枚で、銅山ひと山……だろ」
誰かが呟く。
「ああ。炎の鍋亭のライムってガキから、金貨500枚を3か月後に受け取る約束をしてる。そいつが入れば、ちょうど1,200だ」
カルゴが鼻で笑った。
「そのガキの話を、どこまで信じるんだか」
ガラワは視線だけを向ける。
「カルゴ。何か言いてぇなら、はっきり言え」
カルゴは壁から背を離し、前に出た。
「最近のガラワの話は、待て、様子を見ろ、そればっかりだ。こっちは今も腹空かせた連中を抱えてるんだぜ」
雑用組の若い連中が、小さく肩をすくめる。取り立て係たちも、居心地悪そうに目線を泳がせた。
「昔は違った。払えねぇって言うなら、殴ってでも絞り出した。夜逃げしそうなら先に押さえた。だからこそ、この人数を食わせてこられたんじゃねえか」
〈だから悪評がついたんだろうが。昔はそこまでしていなかった。金利は高いが、ただの金貸しだった〉
喉まで出かかった言葉を、ガラワは飲み込む。
代わりに、静かに言った。
「ここ数年で、夜逃げと貸倒れがいくつ出たか、お前も知ってるよな」
カルゴは歯噛みする。
「……知ってるさ」
「脅して金を絞っても、ねえものは出てこねぇ。つぶれた家のガキどもが、どこに消えたかも見ただろ」
雑用組の数人が、びくりと肩を震わせた。あの中には、実際に『つぶれた家』の残りカスが混ざっている。
「このままやってりゃ、いずれ本当に盗賊になる。俺は金貸しでいたいんだ」
カルゴは鼻を鳴らした。
「きれいごと言いやがって」
「きれいごとじゃねぇ」
ガラワは短く言い切る。
「銅山を押さえりゃ、子分どもをまともな仕事に回せる。毎月の利息をあてにしてビクビクする必要もねぇ。ガキどもを殴って金を出させる必要もな」
一瞬、空気が静まる。
雑用組の1人が、小さな声で言った。
「……銅山で働けるなら、俺、喜んで行きますよ」
カルゴがそちらをギロリと睨んだ。
「お前はそうかもしれねぇがな。俺は石運びや穴掘りなんてごめんだ。俺には取り立ての腕がある。腰を曲げてスコップ振るうためにここまで来たんじゃねぇ」
〈こいつは昔からそうだ〉
ガラワは心の中でつぶやく。
〈腕っぷしでのし上がってきたぶん、自分の力を信じてる。だが、それじゃあ長くは持たねぇ〉
「今は我慢の時だ」
ガラワは全員を見回した。
「ライムのガキは知らんが、アイザットはあれで筋は通す。ガキが約束を破るなら、その時は俺が取り立てに行く。だが――今、勝負を焦って金を減らすのは一番悪手だ」
カルゴは舌打ちした。
「……分かったよ。親分がそう言うなら、今は黙ってる」
そう言いながらも、目は笑っていない。
会合はそれでお開きになったが、カルゴの背中には、燃え残った火種がはっきり見えていた。
その日の夜。
外は冷たい雨まじりの風が吹いていた。倉庫の壁板がギシギシと鳴る。
ガラワは1階の、先ほどの部屋でろうそくの火を眺めていた。
〈700。減らすわけにはいかねぇ〉
銅山の話が耳に入ったとき、最初は笑い飛ばした。
〈高利貸しが山買ってどうすんだってな〉
だが、計算してみると、決して悪い話ではなかった。銅の需要、運搬経路、ノール川沿いの市場……。
〈うまく回せば、金貸しなんてやめられる〉
それは、自分のためというより、下で眠っている連中のためだった。
元兵士崩れ、喧嘩に明け暮れていた若造、家を潰されたガキ。
〈こいつらがバラバラになれば、街に散って好き勝手に暴れ始める〉
それを分かっているからこそ、ガラワは組として抱え込んできた。
〈銅山経営がうまくいきゃあ、危ない連中の吹き溜まりから、荒くれ者でも雇う鉱山に看板を変えられる〉
ろうそくの炎が揺れる。
そのとき、2階からかすかな物音がした。
金属が擦れるような、小さな音。
〈……金庫だな〉
ガラワは立ち上がり、足音を殺して階段を上がる。
2階は薄暗かったが、金庫の前に人影が見えた。
カルゴと、取り立て係の3人だ。
「何してやがる」
ガラワが低く言うと、カルゴたちはビクリと振り返った。金庫はすでに開いており、布袋がいくつか床に積まれている。
「親分……」
取り立ての1人が顔を青くする。
カルゴだけは、薄く笑っていた。
「よぉ、親分。ちょっと先に動こうと思ってな」
「金貨、いくら持ち出すつもりだ」
「300」
即答だった。
「残り400あれば、親分の銅山の夢とやらも、まだ目はあるだろ」
〈こいつ……〉
怒りが一瞬で沸き上がる。だがガラワは、あえて拳を握りしめたまま動かなかった。
「何をする気だ、カルゴ」
カルゴは布袋を肩に担ぎ、にやりと笑う。
「簡単な話だ。今のロンドールじゃ、誰もガラワ組に借りにこねぇ。だったら、よその街へ行きゃいい。腕っぷしには自信がある。エステルでもどこでも行って、弱っちい事業者から金をむしり取ってくる」
「それは――」
「分かってるさ」
カルゴはガラワの言葉を遮る。
「金貸しじゃなくて、盗賊みてぇなもんだろ。親分の嫌いなやり方だ」
取り立ての1人が、おそるおそる口を挟んだ。
「カルゴさん、本当に行っちまうのか……?」
「お前はどうする?」
「お、俺は……」
視線が揺れ、最後にガラワの方を向く。
ガラワは静かに言った。
「ここに残るなら、飯は食わせる。銅山の話も諦めちゃいねぇ」
取り立て男は、ぐっと唇を噛んだ。
「……俺は、ここに残ります」
カルゴが「チッ」と舌打ちした。
「臆病者が」
「臆病で結構です」
男は顔を上げた。
「カルゴさんについてったら、俺、本当に盗賊になっちまう気がするんで」
カルゴは一瞬だけ目を細め、それから肩をすくめた。
「好きにしな。来るのは――」
後ろの2人が、すっと前に出る。
「俺らは行きます」
「親分には悪いけど、こっちの方が性に合ってるんでね」
〈そうだろうな〉
ガラワは内心でうなずく。
この2人は、もともと『いつ他所で暴れ出してもおかしくない』火薬庫みたいな男たちだ。
〈いずれは手綱が切れると思ってた。今日がその日ってだけだ〉
ガラワは、金庫の中身をざっと見た。
布袋がいくつか減っているが、数まではまだ数えていない。
「300持っていくと言ったな」
「ああ」
カルゴは嘘をついていない目をしていた。
「好きにしろ」
ガラワはそう言った。
取り立て係たちが、ざわりとざわめく。
「親分!?」
「いいのかよ!」
カルゴも意外そうに眉を上げた。
「止めねぇのか?」
ガラワはカルゴを真っすぐ見た。
「止めて戻るくらいなら、最初からそんな真似はしねぇ。お前はもう決めてる顔だ」
カルゴは黙った。
〈本当は殴ってでも止めてぇよ〉
〈だが、力づくで引き戻しても、心まで戻るわけじゃねぇ〉
ガラワは拳を握りしめながら、乾いた声で続ける。
「ただし。『ガラワ組』の名を名乗るな。好きにやるなら、お前の名前でやれ」
カルゴはふっと笑った。
「了解。じゃあ、『カルゴ組』って名乗るとするか」
「勝手にしろ」
カルゴは布袋を3つ肩に担ぎ、残りを2人に持たせた。
「親分、最後に1つだけ言っとく」
「なんだ」
「俺は親分に拾われたことは感謝してるんだ。あんたが銅山で成功しても、失敗しても、それはそれでいいと思ってる」
一瞬だけ、昔の『子分の顔』に戻った。
「でもな。俺は『じわじわ死ぬ』のを待つ性格じゃねぇんだ」
「知ってるよ」
ガラワは短く返した。
「だから、お前を拾った」
カルゴは口の端を吊り上げる。
「じゃあ、俺は俺のやり方で、生き延びてみせるさ」
そう言って、カルゴたちは扉を開け、冷たい夜風の中へと消えていった。
扉が閉まる音が、やけに大きく響いた。
残されたのは、取り立て役3人と、雑用組7人。それから――金庫に残された金貨400枚と、サント酒造への債権だけ。
静まり返った倉庫で、ガラワは金庫の中身を一枚一枚数えた。
「……400。約束の500が入って、900」
銅山まで、あと金貨300枚。
〈攻めたい奴らは出ていった。ここに残ったのは、行き場のねぇ連中ばかりだ〉
ガラワは金庫の扉を閉め、鍵をかけた。
〈このままだと、うちは分解して終わる〉
〈それだけは、絶対にさせねぇ〉
炎の夜明け商会――あのガキの顔が、暗闇の中に浮かぶ。
〈本当に、あのガキは金を集めてこれるのか〉
確かめなければならない。
ガラワはそう決めた。
「……明日だな」
12月24日の夜が、静かに更けていく。




