カチ鍛冶屋、まさかの選択
## 127話 カチ鍛冶屋、まさかの選択
朝の炎の鍋亭。
テーブルの上には、いつものように山盛りの朝食が並んでいた。
俺と父さん、母さん、それからレノの4人で、もりもりと朝ごはんをかき込んでいた。
「昨日のプレゼンは素晴らしかったです」
レノが、パンをちぎりながら静かに言った。
「それに、テトさんも物流の責任者を引き受けてくれてよかったです。テトさんは本当に適任だと思います」
「そんなことないよ。みんなが場を用意してくれたから、俺はいつも通り話しただけだよ」
一瞬、昨夜の光景が頭に浮かぶ。ぐしゃぐしゃに泣きながら、それでも前を向いたテトの顔。
「テトは本当に良かった。名乗りを上げなかったら、どう説得しようかちょっと悩んでたんだ」
母さんが、あきれたようにスープをすすった。
「分かってないわね。テトはね、命令しなきゃだめなのよ」
〈命令……〉
「自分から手を挙げるなんてできないけど、頼られたら全力でやるタイプ。そういう子よ、あの子は」
〈そうなんだ……ミナはどうなんだ〉
「じゃあ、ミナは? 自分から手を挙げるなんてびっくりしたよ」
母さんはまたしてもあきれ顔で、ふんと鼻を鳴らした。
「あんた……なんも分かってないわね。あの子はそんな気弱な子じゃないわよ」
「そう、なんだね。そんなもんか」
〈んー、難しいな〉
「そんなもんよ!」
父さんがパンをかじりながら、ふと思い出したように言った。
「カチさんのところはどうするんだ」
「うん。今日、話しに行こうと思ってる」
昨夜のカチさんの言葉が蘇る。
『しーてぃーおー、やってやる』
「カチさんは、正直言って絶対に必要なんだ。だから、こっちの都合だけじゃなくて、あっちのみんなにも喜んでもらえる形にしたい。ちゃんと話して、納得して来てもらいたい」
父さんは真剣な顔でうなずいた。
「ああ。中途半端なことだけはするな」
「うん。みんなが得をする形、考えてくるよ」
朝食を平らげ、片づけを手伝ったあと、俺とレノはさっそく市場の一角、カチ鍛冶屋へ向かった。
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いつもなら、ここからでも分かるくらい、金属を打つ音が響いているはずだった。
だが今日は、扉の前に立っても、金槌の音がしない。
扉を開けると、ひやりとした空気が流れ出てきた。煤と鉄の匂いはいつも通りなのに、熱気だけがどこかへ消えてしまったみたいだ。
〈あれ……どうしたんだ〉
奥の作業場に進むと、いつもと違う光景が目に飛び込んできた。
火の落ちた炉の前に、ぐるりと輪になって立つ10人の弟子たち。その中心に、腕を組んだカチさん。
弟子のひとりが、必死な声を上げていた。
「俺は、親方の包丁を見て……わざわざ王都から引っ越してきたんです! いなくなるなんて、あんまりだ!」
別の弟子も続く。
「俺もです! まだ教わりたいことは山ほどあります。辞めるなんて言わないでください!」
カチさんは、何度も聞いたと言わんばかりに顔をしかめた。
「何度も言ってるだろう。お前たちはもう一端の鍛冶師だ。お前らだけでやっていける」
輪の中から、ひときわ大きな声が響いた。弟子たちの中でも、少し若く、帳簿や客の対応も任されていた青年――ジンだ。
「そういうことじゃないんです! まだ、親方から教わりたいんです!」
〈うわ、完全にもめてる空気だ〉
でも、ここで黙って見ているわけにはいかない。
俺は輪に向かって、一歩踏み出した。
「おはようございます!」
全員の視線が、ぴたっとこっちを向く。
「カチさん……昨日のこと、ですよね」
カチさんは、肩をすくめた。
「ああ。こいつら、みんなして辞めるなって言うもんだからな」
〈そりゃそうだよな……〉
王国一の鍛冶師と呼ばれる職人の弟子になれるなんて、一生ものの運だろう。それが「俺、別のところに行くわ」なんて言い出したら――普通は反対する。
〈何とかしないと〉
「みなさん、すみません。俺も、カチさんにはぜひ来てほしい。でも、誰かが不満を持ったままにしておくのは、絶対に嫌なんです」
俺は、できるだけ真正面から弟子たちを見た。
「だから、ちゃんと話し合いをさせてもらえませんか」
数人が顔を見合わせる。
一人の弟子が、少し困ったような顔で頭をかいた。
「お前が来てから、親方が楽しそうに金槌を振るってるのは分かってるんだ。そこは……感謝してる」
別の弟子も、うなずいた。
「ああ。最近の親方、前よりずっと生き生きしてるもんな」
そして、少しだけ声を強くする。
「だが、さっき言ったように……親方がいなくなるのは許せねえ」
さらに別の弟子が続ける。
「ああ。店が回るとか、仕事があるとか、そういう問題じゃないんだ」
〈ん?〉
カチさんが、男たちを睨みつける。
「仕方ねえだろ! 俺はこの小僧と一緒に、新しいもん作って世界を変えてえんだ!」
ジンが叫ぶ。
「ですが、俺たちはどうすればいいんです!」
〈あれ?〉
弟子たちは「カチさんと一緒にいたい」。
カチさんは「鍛冶屋のことより、俺と一緒に新しいものを作りたい」。
けれど、今の話し方だと、「親方だけがいなくなる」と思われている。
〈……これ、何の問題もない解決策あるな〉
俺は手を上げた。
「みんな、カチさんと“仕事がしたい”んだよね」
弟子たちは一斉にうなずく。
「当たり前だ!」
「それはそうだ!」
「カチ親方についていくために、ここに来たんだ!」
「で、カチさんは、正直言うと店の看板とかどうでもよくて、俺と一緒に新しいものを作りたい。そうですよね」
「そうだ!」
カチさんは即答した。
「店なんざ、お前らがやればいいんだ。俺はこの小僧と仕事がしたい」
「つまり――みんなカチさんとは一緒にいたいし、カチさんも弟子たちと離れたいわけじゃない。でも鍛冶屋として残るかどうかで話がややこしくなってる」
そこまで言って、俺はにやっと笑った。
「じゃあさ――丸ごとうちに入る?」
一瞬、時間が止まった。
カチさんが間の抜けた声を出す。
「あ?」
弟子たちも口をぽかんと開けた。
「てめえ……」
カチさんが俺を睨みつけて――にやりと笑った。
「いや、それでいいな」
弟子の一人が慌てて叫ぶ。
「何言ってんだ! カチ鍛冶屋が……いや、カチ親方と仕事できるのか? それでいいのか?」
「よく考えろ」
カチさんがニヤリと笑って、弟子たちをぐるりと見渡した。
「看板がどうとか、場所がどうとか、金がどうとか……そんなもんは全部後回しだ。お前らが鍛冶やれて、俺が教えられて、この小僧と面白いもんが作れりゃ、それでいいだろうが」
一瞬の静寂のあと、弟子たちの顔がぱっと明るくなった。
「……それで、いいな」
「カチ親方と一緒に鍛冶ができるなら、どこだって!」
「炎の夜明け商会の製作所……いいじゃねえか!」
カチさんは、どん、と胸を叩いた。
「よし、てめえら! ここは今日から炎の夜明け商会の製作所だ! 俺が引き続き、お前らに鍛冶を教えてやる!」
「はい! よろしくお願いします!」
弟子たちの声が、作業場に響いた。
「ちょ、ちょっと待って。条件とか」
俺が慌てて口を挟むと、カチさんは心底どうでもよさそうに言った。
「そんなもんどうでもいい! おい、ジン!」
「は、はい!」
帳簿をよくつけていた、あの青年が背筋を伸ばす。
「お前がやっとけ! 金の話も、片付けの段取りも、ぜんぶだ!」
「わ、分かりました!」
〈すごい丸投げだな〉
レノが小声で耳打ちしてくる。
「……あの、ライムさん。条件の詰めは、私とジンさんでやりますね」
「うん、お願い」
カチさんが俺の肩をがしっとつかんだ。
「おい、小僧! 昨日言ってた印刷機ってやつ、あれだ。あれはこれから全員で今日中に仕上げてやる! 明日取りに来い!」
「え、今日中に!?」
「おい、お前ら! 火を入れろ! 印刷機の部品、全部洗い出すぞ!」
「はい! よろしくお願いします!」
弟子たちによって一気に炉に火が入れられ、さっきまで冷たかった空気が、いつもの熱を取り戻していく。
〈めんどくさそうな大問題かと思ったら……すごい勢いで片付いたな〉
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その後、レノとジンが工房の隅で帳簿を広げ、細かい条件の話を進めた。
聞けば、ジン以外の弟子たちは、すでにほとんど一人前として扱われていて、それぞれ給金は金貨1枚。仕事はあえて多くは受けず、カチさんの指示で「赤字にならない最低ライン」で鍛冶屋を回していたらしい。
〈あの人らしいな〉
お金なんてどうでもよくて、弟子に教えるための鍛冶屋。
王国一の鍛冶師は、やっぱり王国一の変人だ。
でも――だからこそ、うちには最高の味方になる。
俺は、熱気を取り戻したカチ鍛冶屋を眺めながら、胸の中でそっと拳を握った。
〈よし。これで、炎の夜明け商会の製品の製作力は一気にレベルアップだ〉




