物流責任者、誕生
## 126話 物流責任者、誕生
炎の鍋亭2号店。
さっきまでの全体会議の熱が、まだ店の空気に残っている。
そんな中、父さんが一歩前に出た。
「ここで、みんなに……俺からも報告がある」
〈父さんが自分から話すなんて珍しいな〉
店内の視線が一斉に集まる。
父さんは、いつになく真面目な顔をしていた。
「俺は元々、炎の鍋亭をロンドールでいちばんの店にしてやろうと思っていた。
そして、そのうち……こいつに継いでもらうつもりだったんだ」
胸の奥がきゅっとなる。
「だが、こいつは……昔から不気味なくらい何でもできちまう」
〈不気味は失礼な!……まあ、否定はできないけど〉
ベック爺さんが笑う。
「昔から賢いとは思っとったがのう」
父さんは続ける。
「ただ賢い、じゃ片付けられんほど成長しちまった。
クララも、そうだろうな」
サクラさんが微笑む。
「ふふ、ライム君の影響かしらね。昔からよく二人で遊んでたものね」
父さんは静かに息を吐いた。
「だから……店を継げなんて言うのは、もうやめだ。
こいつは店でとどまる器じゃない。
もっとでかい船を動かしていくやつだ」
店内が静まり返る。
父さんは、こちらに向き直って言った。
「みんな、これからもこいつを支えてやってくれ。頼む」
クララは、即答だった。
「当たり前だよ! ライムともっといろいろしたい!」
「頼んだぞ。……で、本題だ」
父さんは少し照れたように頬をかいた。
「炎の鍋亭2号店、明日……開店だ。
ライム、本当にありがとう。
おかげで、ロンドールいちの店へ一歩近づけた」
「……なんだよ。照れくさいからお礼なんて言わないでよ」
父さんは不器用に笑った。
「すまん、うまく言えん。つい余計なことまで言っちまった」
母さんが呆れたように笑う。
「ほんとあんたら面白いわね。それとゴードン、街いちなんて言わずに王国いちを目指しなさいよ」
マルタのおっちゃんも乗っかる。
「ちげえねえ! ゴードン、お礼なんぞ言ってる暇があったら三号店の準備しろ!」
店内が笑いに包まれる。
父さんがグラスを掲げかけた、その時――
「待ちなさい」
母さんの声が、空気を切った。
ん?
店の笑い声が止まり、みんなの視線が母さんに集まる。
母さんはゆっくりと首を振り、ある方向を見た。
「さっきから下向いてるさ」
テトの肩がびくっと震えた。
胸が締めつけられる。
〈母さんはやっぱり、人をよく見てる〉
母さんは一歩近づき、優しく、けれど逃がさない声で言った。
「なんか言うことがあるんじゃないの?」
テトは唇を噛み、肩を小刻みに震わせた。
「……うん。
俺……俺なんかが……責任者なんて無理だよ。
ライムの話を聞いてて……これから優秀な奴らもいっぱい入ってきて……
でも、ライムの力になりたくて……」
声が、涙でくぐもる。
ヤトが心配そうに隣に寄り添った。
「兄ちゃん……」
〈……テト、ごめん。不安にさせてたんだな〉
母さんがそっと息を吸った。
「あんたね……なら、私から言ってやるよ」
テトが顔を上げる。
涙でぐしゃぐしゃだった。
母さんは、ひとつひとつ、事実を積み上げていく。
「朝早く来て、下ごしらえしてくれるの、誰?
頼んでもいないのに、店の掃除をしてくれるのは?
みんなが気持ちよく働けるように、気を回してくれるのは?」
父さんも続ける。
「ああ、テトがいなきゃ、仕込みなんざ回らん日もあったな」
母さんの声が、ほんの少し震えた。
「サラとして、母として言わせてもらうけど……
あんたはね、“自分は遅い”なんて思ってるみたいだけど……
誰よりも早く来て、誰よりも長く働いてるんだよ」
アイザット組合長が静かに口を開く。
「ああ、挨拶も礼儀もきちんとしていたな。あれは簡単にできるものじゃない」
母さんは最後に、強い言葉で締めた。
「そんなあんたがやらないで、誰がやるのよ。
物流責任者は……あんただよ、テト」
テトの肩が大きく揺れ、次の瞬間、こらえていた涙がこぼれ落ちた。
「……俺、自信ないよ……
俺なんかで、いいのかよ……」
〈いいに決まってるだろ……〉
胸が熱くなり、気づけば俺の目からも涙がこぼれていた。
「テト。
俺は、お前が……一番の適任だと思ってる」
テトが涙の中でこちらを見る。
「ほんとか……?
俺……で、いいのか……?」
「いいよ。お願いだ。
俺の、力になってくれ」
気づけば俺は、ぐしゃぐしゃの顔のままテトに抱きついていた。
テトは震える声で答えた。
「……わかった。
わかったよ、ライム……!」
店内から一斉に拍手が湧き上がる。
母さんが呆れたように、でも優しく言った。
「まったく、世話の焼ける子たちね」
するとクララが勢いよく手を挙げた。
「それじゃあ!
みんなの役割決定と、炎の鍋亭の開店と、炎の夜明け商会に――かんぱーい!」
マルタのおっちゃんが爆笑する。
「がはは! 嬢ちゃんがやるんかい!」
「ここは俺が!」
俺は負けじと大きな声で叫んだ。
「かんぱーい!」
「かんぱーい!!」
グラスが触れ合い、店中に笑い声が広がる。
こうして――
炎の夜明け商会の全体会議は、涙と笑いに包まれて幕を閉じた。
そして、物流責任者・テトが誕生した夜でもあった。




