これからの準備
## 122話 これからの準備
朝の炎の鍋亭は、相変わらず量が多い。
いつもの大皿がずらりと並び、俺とレノと父さんと母さんの4人で、いつものように山盛りの朝食にがっついていた。
「あー……やっぱり家のご飯が一番だな」
〈船旅の干し肉と保存パンも悪くなかったけど……こういう〈いつもの〉は別物だ〉
エステルからの帰りの船旅は4日間。
リバーシをしたり、ミナのPOPとルールブックをみんなで回し読みしたり、
テンドーさんやレノから学舎時代の話を聞いたり。
長い道のりなはずなのに、振り返るとあっという間だった。
母さんがパンをちぎりながら、俺に視線を向けてくる。
「楽しかった? 母さんも嬉しかったでしょ?」
「うん、楽しかったよ。
リーネさん――おばあちゃんも、すごく喜んでくれてた。オルドさん――おじいちゃんも、かっこいいところ見せてくれたよ」
エステルの賑やかな食卓を思い出して、思わず口元が緩む。
「それで、プレサントや募集はうまくいったのか?」
父さんがスープを飲みながら尋ねる。
「はい。滞りなく著作物登録も済ませて、販売拡大の目星もつけ、学舎でのプレゼンもしてきました」
レノが背筋を伸ばして答えた。
今日もいつも通り真面目だ。
「そうなのねぇ。じゃあ新しい従業員も増えるといいわね」
母さんが目を細める。
「うん。予定では今月には学生たちから願書が届いて、来月には面接だよ。
どれくらい来るか分からないけど……早く色々準備しなきゃ」
「また倒れないようにな」
父さんが、わざとらしく真顔を作った。
「はい。全力でお支えします」
レノが静かに頭を下げる。
「頼もしいな。よろしく頼むぞ」
父さんが少し安心したように笑った。
母さんは、パンを口に運びつつジト目で俺を見る。
「それで、これからどうするの?
また『倒れました』じゃ済まないんだからね?」
「大丈夫だって。えっとね……」
俺は指を折りながら、頭の中で並べていた予定を、口に出していく。
「まず、プレサントを知ってもらうために試飲会をやりたいんだ。
販売所や鍋亭、それからベック爺さんのところでも、無料で一口試してもらって、最初のきっかけを作りたい。
エステルのオルド商会には、試飲用に酒樽5つって約束してきたから、その発送手配でしょ。
それから、リバーシのルールブックをたくさん印刷したいから、カチさんに相談に行きたいし……
サントエールに行って、著作物登録の報告と、今後の試飲会の打ち合わせもして――」
「ま、待て」
父さんが、さっと片手を上げた。
「それを……また一人でやろうとしているのか?」
「え?」
言われて初めて、自分の言葉を頭の中で巻き戻す。
〈あれ……また俺が全部やろうとしてる?〉
「そうですね……これは一人ではこなせないでしょう」
レノが、静かにスプーンを置いた。
その言い方は柔らかいのに、内容はしっかり鋭い。
「そうだね……」
俺は思わず天井を見上げる。
「どうしよう」
〈やりたいことが多すぎて、また同じことを繰り返すところだった〉
レノは迷いなく提案する。
「関係者に、また集まってもらいましょう。
エステルでの出来事や、ガラワ組との金貨500枚の進捗も、皆さんと共有すべきです」
母さんが、すぐに頷いた。
「レノ、お願いするわ」
「はい。ご迷惑ばかりおかけしてしまいますが」
「いいんだよ。そのための家族だろう」
父さんが笑う。
「何でも相談してくれ」
〈そのための家族、か〉
胸のあたりが、じんわり温かくなる。
レノが改めて俺のほうを向いた。
「ライムさん、私が場を整えます。
ライムさんは、説明内容の整理をお願いします。……それと、もう一つ提案が」
「提案?」
珍しい言い方だ。
レノが自分から提案と言うのは、少し大きめの話のときだ。
「そろそろ正式に、炎の夜明け商会の従業員と給金を整えるべきです。
新しい人材が来る前に、これは必須です」
「……あ」
頭の中を、バットでフルスイングされたような衝撃が走った。
〈そうだ。新卒の給金は決めたのに、肝心のみんなの給金はなんとなくのままだ〉
〈やりたいことを追いかけすぎて、一番大事な足元を後回しにしてた〉
「レノの言う通りだよ」
俺は素直に頷く。
「じゃあ悪いけど、共有会の調整をお願いできる?」
「もちろんです」
レノが、ほんの少しだけ口元を緩めた。
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そんな報告会を兼ねた朝食を終え、
歯を磨きながら、洗面台の前で今日の予定を組み立てる。
〈レノがいてくれて、本当に良かった〉
〈父さんも母さんも、当たり前みたいに支えてくれる〉
前世では、仕事のことは仕事で片付けるのが当然で、
家族にここまで深く踏み込まれることはなかった。
でも今は――
家と仕事が、きれいに分かれていない。
けれど、それが不思議と嫌じゃない。
〈よし。今日は鍋亭の自室に籠もろう〉
〈事業の共有会の資料と、新しい人事と給金の整理。全部、一度ここで見える形にする〉
炎の夜明け商会は、エステル出張で一つ段階を上げた。
次は、その未来を受け止めるための準備を整える番だ。




