伝説のプレゼンと、揺さぶられた心
## 120話 伝説のプレゼンと、揺さぶられた心
【ガリレ視点】
……なんだ、さっきのは。
「俺はあなたのような人と一緒に仕事がしたいです」
あのガキ――ライムとか言ったか。
人は俺を見ると、まず身構える。
強面? 無愛想? 知るか。こっちは研究がしたいだけだ。
だが大抵の学生は、俺の前に立つと声を震わせるか逃げる。
なのにあいつは、臆することなく、まっすぐ正面から俺を見た。
丁寧に名乗り、礼までした。
あれくらいの年の子どもなら泣いて逃げるのが普通だろうに。
……くそ、胸の奥がざわつく。
俺の研究は、誰も理解しない。
理解どころか、見向きもしない。金にならんからだ。
仕方なく教員をやって食いつないでいるが……
本当は講義なんてどうでもいい。講義が終わればすぐ研究室に籠もる。
研究「だけ」をしていたい。
だが――
ライムは俺の研究に興味を示した。そして理解した。
さらに持論まで返してきた。
……あいつ、ただのガキじゃない。
「もっと話したい」と思った瞬間、壇上に呼ばれて行ってしまった。
その後、講堂に響くレノの声が耳に入る。
「本日は皆さんに炎の夜明け商会を知ってもらい、共に働きたいと思ってくれる人がいたら幸いです」
ふん……レノ=クルーガ。
あいつ、いや、あの姉弟は、俺が毎年「誰も解けないように」作っている自然哲学の難問を、唯一解いてきたやつらだ。
研究室にもよく顔を出しては、作業を手伝ってくれた。
そのレノが、あの商会に? ガキの商会に入ったのか?
壇上のクララが声を上げる。
「炎の夜明け商会はね! みんなが楽しく生きられる世界をつくるために、いろんなことをやってるの!」
……なんなんだあの子どもは。
あいつも俺を見て怯えもしなかった。しかもナンバーツー? レノじゃなくて?
それで「楽しく生きる世界をつくる」だの、「世界を変える」だの。
ふざけているのか。
……なのに。
胸の奥がざわ……っと揺れた。
なんだ、この落ち着かない感じは。
---
学生が手を挙げた。
「世界を変えたいというのは、どういう意味ですか?」
ライムの目が光る。
「待ってました」と言わんばかりに、準備していたみたいに前に出た。
「皆さん、今日はありがとうございます。
炎の夜明け商会、代表人のライム=ハースです。質問ありがとうございます。
俺から回答させてください」
まただ。
全員の目をまっすぐ見て、堂々と名乗る。
一体なんなんだこいつは。
「想像してみてください。
朝起きると寒くて、ガチガチ震えながら薪に火を灯しますよね。
もしそれがボタン一つで部屋が暖かくなったら?」
……は?
「想像してみてください。
エステルから遠く離れた家族や友人に、何日もかけて会いに行きますよね。
もしそれが数時間で、あっという間に会いに行けたら?」
何を言っているんだ。
そんな馬鹿げた未来があるものか。
だが――
その「馬鹿げた未来」を、俺は……
どこかで、ずっと夢見ていた気がする。
ライムは続ける。
「不便なこと。困っていること。『こうだったらいいのに』って誰かが思ってること。
そういうのを、ひとつずつ見つけて、みんなで形にしていきたい」
胸が痛い。
何かが込み上げる。
俺の研究が、もし世の役に立つなら……
そんなことを思ったことが、何度あったか。
「俺が言ったのは、俺がこうだったらいいなって思うこと。
みんなもこうだったらいいなって思うことがあったら、うちに来てよ」
こいつ……。
俺の胸の奥底――誰にも触れられたことがない部分に、手を伸ばしてくる。
さらにライムは笑って続ける。
「特殊技能の補足だけど、星を見るのが好きで軌道を全部知りたい! とか
食べ歩きが好きで世界中の料理を食べたい! とか
ミナみたいに〈絵なら負けない!〉とか。
そういう人と仕事がしたいな!」
……もう無理だ。
心が跳ねた。
頭で考えるより先に、身体が動いた。
「お、おい!!
学生ではない俺も……入れるのか!!」
講堂が一瞬で静まった。
俺自身、何を言ったのか理解できていない。
ただ――叫ばずにはいられなかった。
---
【ライム視点】
え、ガリレさん!?
ど、どうしたの!? なんで今!?
頭が追いつかず、完全に思考停止した。
そんな中。
クララが、いつもの調子で手を挙げた。
「うん!
そんなことパンフレットに書いてないでしょ?」
〈あ、ありがとうクララさん。全く考えてなかったけどいいや〉
〈そして本質だけ刺すのやめてあげて、ガリレさん固まってるよ〉
レノがすっと話を引き取る。
「応募される方は、パンフレット記載の住所へ願書を提出してください。
願書には名前、住所、志望動機、技能があればそれも記入の上、親の同意書を同封し、今月中に発送してください。
書類選考を通過された方には、1月中に面接日程をご連絡します」
……後の流れ、全然考えてなかった。
やっぱりレノさん、ナンバースリー確定。
ヘイズさんが両手を叩いた。
「ええじゃろう!
頼もしい若者たちに拍手じゃ!」
講堂いっぱいに拍手が広がる。
こうして――
エステル学舎での新卒採用プレゼンは、劇的な幕の閉じ方をした。
そして俺は見てしまった。
ガリレさんが、誰よりも真剣な目で、こちらを見つめているのを。
あの人の心に何かが灯ったのは、間違いない。
……もしかしたら、世界が動き始めたのかもしれない。




