エステル学舎の壇上へ
## 119話 エステル学舎の壇上へ
翌朝。
エステル学舎の大きな石門の前で、俺たちはテンドーさんと合流した。
今日は、いよいよこのエステル出張のメインイベント――新卒採用のプレゼンだ。
クララが、朝から目を輝かせている。
「いっぱい勧誘したいね!」
「わ、私も……壇上にあがるの……?」
ミナはというと、完全にガチガチだ。
「私は下から応援してますね。それでは行きましょうか」
テンドーさんは、今日も変わらずマイペースだ。
〈いや気楽だな……壇上に上がるのは俺たち4人なんだけどさ〉
〈まあ、テンドーさんらしいか〉
校門をくぐり、石畳の道を講堂へ向かって歩いていく。
すれ違う学生たちが、ちらりとこちらを見る。
「え、子ども? 遠足?」
「なんかかわいい……」
〈まあ……ミナはともかく、俺とクララは5歳だしな〉
妙に視線を感じるけど、気にしても仕方ない。
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講堂の前に着くと、白髪の老人と、腕組みをした強面のおじさんが待っていた。
「よう来たの」
白髪のほう――ヘイズさんが笑う。
「こいつはガリレじゃ。うちの教員じゃ」
「ふん。ただの子どもじゃないか」
強面のおじさん――ガリレさんが低い声で言う。
「なぜ俺が案内などしなくてはならないんだ」
「これ! こ奴らは『世界を変える』と大口を叩いとる有望な若者じゃ。ちゃんと相手せい」
ヘイズさんは小声で続ける。
「すまんの、こいつは研究のためにうちで教員もしておるが、性格は……まあこんな感じでな」
「炎の夜明け商会の代表人、ライム=ハースです。今日はよろしくお願いします」
「……ああ」
ガリレさんは、不機嫌そうな声で返した。
「わしはこれから集会で前に出んといかんからの。呼ぶまではガリレについておれ」
そう言い残して、ヘイズさんは講堂の中へ消えていった。
「よろしくお願いします、ガリレさん」
レノが軽く頭を下げる。
「ん? レノか? 久しいな」
ガリレさんが目を丸くする。
「たしか学院に行って、近衛師団に配属じゃなかったか?」
「はい。ですが、ライムさんにお仕えすることに決めました」
「ふん。物好きなやつだな」
レノは苦笑したが、どこか誇らしげでもあった。
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やがて学年集会が始まり、講堂の中は150人近い学生で埋まった。
俺たちは壇上脇の控え場所で待機しながら、ガリレさんと並んで座る。
気になって仕方ないので、つい声をかけた。
「ガリレさん、何の研究をしているんですか?」
「自然哲学……と言っても分からんだろうがな」
「自然哲学ですか! 具体的には今、何を?」
「ん……今は『力の伝わり方』とか『水車や風車の効率』がメインだ」
「やっぱり! 水車の大きさで効率が変わるとか、羽の角度で出力が違うとか、そういうのですか?」
壇上のほうを見ていたガリレさんが、ピクリと反応する。
「……ああ。まあ、そういうことだ」
少しだけ興味を持ったように、こちらを見る。
「水流に対しての角度、材質、回転軸の摩擦。小さい差が積み重なって、出力に大きな違いが出る」
彼はそこから、水車の効率に関するかなり専門的な話を始めた。
俺は思わず前のめりになる。
「すごい! じゃあ、熱の伝わり方とか、流体の特徴とかも?」
「……やるな。そういうこともやる」
ガリレさんは、ついに眉を上げた。
「お前……分かるのか?」
「うん! すごく興味あるよ!」
〈この世界に、こんなガチの物理学者がいるなんて……!〉
〈どこまで学問が進んでるんだろ……めちゃくちゃ気になる!〉
もっと話したい、と思ったそのとき――。
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壇上に立ったヘイズさんが、声を張り上げた。
「では今日は特別に、ロンドールの新しい商会が事業の紹介に来とる!
炎の夜明けのみなさん、壇上に!」
呼ばれてしまった。
〈あああ……もっとガリレさんと話したかった!〉
でも、今は仕事だ。
席を立ちながら、どうしても言いたくなってしまった。
「ガリレさん、俺……あなたみたいな人と、一緒に仕事がしたいです!」
「……は?」
ガリレさんの思考が止まったのか、ポカンとしている。
〈うわ、テンション上がりすぎた……やりすぎた……〉
けどもう言ってしまったものは仕方ない。
俺、レノ、クララ、ミナの4人は壇上へ向かう。
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「こちらは炎の夜明け商会のみなさんじゃ」
ヘイズさんが紹介する。
「こいつはうちの卒業生のレノじゃ。知っとる者もおるかもしれん」
レノが一歩前に出た。
「エステル学舎の皆さん、こんにちは。レノ=クルーガです。
3年前まで、こちらに在学していました」
ざわっ、と学生たちが一斉に反応した。
「え、クルーガ……?」
「レノって、あの全教科の記録保持者の……?」
「学院に行って、近衛師団に現役合格したんじゃ……?」
「え、かっこ……」
「レノ様……!」
〈レノの人気だけで50人くらい来そうだな〉
〈ていうか全教科の記録保持者って何だよそれ!〉
「私は、学院生で、近衛師団の内定もありましたが……それを辞退して炎の夜明け商会へ入りました」
会場が、さらにざわつく。
「もったいな……」
「なんで民間の商会なんだ……?」
「炎の夜明け……?」
「あの後ろにいる子どもたちは……?」
「え、かっこいい……」
〈なんか俺の耳が良すぎるのか……会場の声が全部聞こえる気がする〉
〈まあ今は忘れよう〉
「本日は皆さんに炎の夜明け商会を知ってもらい、共に働きたいと思ってくれる人がいたら幸いです。資料を配りますのでご確認ください」
レノの合図で、教員たちがパンフレットを配っていく。
そこへ、いつもの『ピン』という気配が走った。
クララだ。
「はい! 私はクララです!
炎の夜明け商会のナンバーツーです!
これから、うちのことを紹介するよ!」
会場がどよめく。
「かわいい……」
「お人形さんみたい……」
「ナンバーツー……?」
そしてクララの事業説明が、明るい声で始まった。昨日と同じ事業説明をした後に、
「炎の夜明け商会はね! みんなが楽しく生きられる世界をつくるために、いろんなことをやってるの!
そのために、仲間をいっぱい集めて、世界をどんどん良くしていくんだよ!
ライムは代表で、わたしはナンバーツー! レノさんはナンバースリーで、ミナはかわいい部! みんなも一緒に楽しいお仕事しよ!」
……終わったあとの会場は、静まり返った。
〈あ、ドン引きの沈黙だこれ……〉
〈内容が壮大すぎて、理解が追いついてないやつだ……〉
空気を戻すように、レノが淡々と条件を読み上げる。
「条件はパンフレットに記載の通りです。
給金は月金貨1枚。特殊技能を持っている場合は追加で2枚。
つまり金貨3枚です」
「金貨3枚!?」
「そんな高給、あり得るのか?」
当然の質問が飛ぶ。
「はい」
レノは落ち着いて答える。
「クララさんの説明にあった通り、事業全体の利益は現在でも月金貨400枚以上が見込めます。
さらなる拡大のために、志のある仲間を募っています」
別の学生が手を挙げた。
「す、すいません……特殊技能とは、具体的に?」
「木工、鍛冶、料理、店舗運営……。
これなら誰にも負けない、というものを教えてください。
例えば手元のパンフレットは、ここにいるミナさんが作りました。
絵なら誰にも負けない、と」
「す、すいません……!」
ミナは真っ赤な顔で、ぺこっと頭を下げる。
〈なんで謝るんだ……堂々としていいのに〉
さらに、別の手が挙がった。
「その……『世界を変えたい』というのは、どういう意味ですか?」
その瞬間、レノが俺のほうを見る。
〈よし。俺の出番だな〉
次の瞬間には、俺は一歩前に出ていた。
――ここからが、俺の話す番だ。




