エステルの晩餐とプレサント
## 118話 エステルの晩餐とプレサント
母さんの実家での夕食は――今日も相変わらず、いや、いつも以上に賑やかだ。
大きなテーブルを囲んでいるのは、リーネさんとオルドさん。
母さんの姉のマインおばさんと、その旦那のゴーンさん。
その子どもであるリタとミア。
そこに、今回はさらに――
俺、クララ、ミナ、レノが加わっている。
テンドーさんは「今日は兄のところへ」と言って、兄のニンドーさんの家に泊まりに行った。
そのぶん、この家は子ども密度がいつも以上に高い。
「クララちゃん、その話もっと聞かせてよ!」
「ミナちゃん、このイラストの続きは? 色も塗るの?」
女性陣――リーネさんとマインおばさん、そこにクララとミナが混ざって、テーブルの片側だけ情報量が多すぎる状態になっている。
〈うん……この家の女性優位の空気は、前に来たときから全然変わってないな〉
〈そこにクララとミナが参戦したことで、完全に無敵布陣になってる〉
一方で、テーブルの端で静かに箸を動かしているのが、オルドさんとゴーンさんだ。
2人とも穏やかな顔で賑やかな様子を眺めている。
〈朝から商工会とテンドー商会を回って、頭をフル回転させてたからな〉
〈こういう家のご飯は、正直めちゃくちゃありがたい〉
俺も思わず箸が進んでしまう。
夕食が一段落し、落ち着いてきたところで――
そろそろ本題を切り出すタイミングだな、と判断した。
「それで、オルドさん、リーネさん。ちょっと相談があるんだけど」
俺がそう切り出すと、すぐにツッコミが飛んできた。
「何よ、よそよそしいわね!」
リーネさんが、じろりとにらむ。
「オルドさんじゃなくておじいちゃん、それとおばあちゃんと呼びなさいな」
「……はい。おばあちゃん」
素直に言い直す。
「よろしい」
リーネさんが満足そうにうなずく。
「それで、どうしたの?」
「うん、おばあちゃん。それとおじいちゃん」
一呼吸おいて、本題に入る。
「炎の夜明け商会で、新しいお酒を作って、販売を始めたんだ」
「新しいお酒?」
マインおばさんが反応する。
そこでレノが、タイミングを見計らって席を立った。
荷物置きから、ミナのイラスト入りの小瓶を取り出して戻ってくる。
「これです」
レノが卓の中央にそっと置いた。
「わぁ、この絵かわいい!」
リタが身を乗り出す。
「ラベルの女の子、ミナちゃんに似てる!」
「それ、私が描いたの」
ミナが少し照れながら答える。
「すごーい! かわいい!」
ミアが椅子の上で弾むように跳ねた。
「クララお姉ちゃんも描いた?」
「へへーん、私は横で『もっとここをきらっとさせて!』って言ってたの!」
クララが胸を張る。
このままだと話が進まないと判断したのか、レノがテキパキとグラスを並べ、手際よくプレサントを注いでいく。
「少し試してみてください」
小さなグラスが、大人たちの前に配られていった。
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最初にグラスを手に取ったのは、オルドさんだ。
慎重に香りを嗅いでから、一口含む。
「……おお。これは……すごいな。エールとはまったく違う。だが、確かにサントの香りも残っている」
オルドさんは、グラスを見つめながら言う。
「こういう酒は初めて飲んだ。ふむ……これは晩酌に使いたい」
「ほんと?」
思わず聞き返してしまう。
「本当ねぇ」
リーネさんも、一口飲んでから目を丸くした。
「度数は強いのに、変な刺さり方しないわ。香りが立って、後の甘さがちゃんと残る。……ライムは本当にすごいわねぇ」
「ありがとう!」
〈やっぱり家族からの評価は特別だな〉
ゴーンさんも、おそるおそるグラスを口に運んだ。
「これは……ああ、これは危ないやつだな」
目を細めて、思わず笑う。
「仕事終わりにこれがあったら、ついもう1杯いってしまうやつだ」
「お父さん、ほどほどにね」
マインおばさんがあきれ顔をする。
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グラスが一巡したところで、俺は本題を続けた。
「それでね。今日、商工会で相談したら――ここ、おじいちゃんの商会は、酒類の販売もしてるって聞いて、相談したくて」
「ああ」
オルドさんが頷く。
「うちは食料品、特に穀物がメインだがな。エールやワインの卸も扱っておる。倉庫のほうに在庫がある」
「そうだったんだ……気づかなかったよ」
「酒屋というよりは、飲食店や小売りに卸してるほうが近いかしらね」
マインおばさんが補足する。
〈なるほど。だから表の店だけ見てたら酒商会って印象がなかったのか〉
「それで、このプレサントをエステルで広げたくて」
俺はテーブルの上の瓶を指さしながら言う。
「サント酒造と一緒に、エールとプレサントをこういう流れで動かしてて――」
サント酒造の生産体制、ベックさんとの関係、
プレサント1樽あたりのショット数と、末端価格。
俺は、商工会で整理してきた内容を、かいつまんで説明していく。
「このプレサントを、エステルの飲食店で、1ショット銅貨7枚で出してほしいんだ。1樽で300杯だから、1樽あたり金貨2.1枚になる計算だよ」
「ふむ……銅貨7枚なら、たしかにちょっと贅沢な一杯くらいだな」
オルドさんが指を折りながら頭の中で計算している。
「味を考えれば、十分アリな値段だ」
「それで、サント酒造からの出し値が金貨0.9枚で、飲食店への卸値が金貨1枚くらい。そこから末端で2.1。飲食店には金貨1.1枚の粗利が出るから、飲食店にとってもかなりおいしい商品になると思う」
ただ――と続けようとしたところで、ゴーンさんが口を挟んだ。
「だけど、エステルまでの納品で、今まで通り金貨0.9枚で行けるかい?」
「……あ」
レノが、すっと顔を上げた。
「そうですね。ロンドールからエステルまでは、川での輸送費が余分にかかります」
「たぶん、酒樽1つ運ぶのに、銀貨10枚は取られるな」
ゴーンさんが、卸業の実感として言う。
〈そうだ。製造コストだけ見てたけど、川を越えた先のことをちゃんと見てなかった〉
頭の中で計算を組み立て直す。
〈プレサント1樽あたりのサント酒造の製造原価が金貨0.5枚〉
〈ここに輸送費金貨0.1枚を足すと、合計コストは金貨0.6枚〉
〈それでも0.9枚で卸せれば、1樽あたりの粗利は金貨0.3枚。ギリギリだけど、まだ勝負できるラインだ〉
「輸送費が金貨0.1枚なら、サント酒造としては――なんとか、ここに金貨0.9枚で卸せるよ」
俺はそう答えた。
「そのぶん、しばらくは炎の夜明け商会がちょっと頑張る形になるけど……プレサントを広げられれば、全体としてはプラスになると思う」
「いや」
オルドさんが、そこで首を振った。
「末端を値上げすればいい」
「え?」
「そんなのは普通の話だ」
オルドさんは、ぽんとテーブルを軽く叩いた。
「末端価格を銅貨7.5枚にすればいいだろう。それでも十分特別な一杯として広げられる。むしろ、この味なら、そのほうがちゃんとした値付けに見える」
「7.5……」
1ショット銅貨7.5枚。
1樽300杯だと、銅貨2,250枚。金貨にすると2.25枚だ。
〈飲食店の売上は、1樽あたり金貨2.25枚〉
〈卸値が金貨1.15枚なら、飲食店の粗利は金貨1.1枚で変わらず〉
〈エステルまでの輸送費0.1を加味しておじいちゃんの商会に金貨1枚で卸せば、商会にも金貨0.15枚の利益が出る。サント酒造も飲食店もオルド商会も、みんな十分な利益を取れる〉
「サラの子に、かっこいいところを見せてやりたいしな!」
オルドさんが、にやっと笑う。
「ちょ、あんた珍しくやる気じゃないの」
リーネさんが、楽しそうにツッコむ。
「でも、そりゃあそうよね。これだけ他と違う味なら、少し高いくらいでちょうどいいわ」
「うん、私もそう思うわね」
マインおばさんも頷く。
「ただ強いだけのお酒じゃなくて、ちゃんと美味しい強い酒だもの。値段で安っぽく見せるほうがもったいないわ」
〈……さすが、エステルで商会を回してる一族だ〉
〈俺なんかよりよっぽど、値付けの感覚が染みついてる〉
「わかったよ。じゃあ炎の夜明けからおじいちゃんのところに金貨1枚、そこから飲食店に金貨1.15枚で卸して、飲食店では1杯銅貨7.5枚にしよう」
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そこで、クララが元気よく手を挙げた。
「それでね! 試飲会をやってほしいの!」
「試飲会?」
ゴーンさんが首を傾げる。
「うん! みんなに、まずは1杯ただで飲んでもらうの!」
クララは、両手でショットグラスを掲げるみたいなポーズをしてみせる。
「知らないと飲めないでしょ? だったら、知ってもらえばいいんだよ!」
「いいんですか?」
ゴーンさんが、俺のほうを見る。
「そんなことして。タダで出して、後から元が取れるのか?」
「うん」
俺は頷いた。
「プレサントは、知らないから飲まれてないだけなんだ。だからまずは知ってもらうために、初めの5樽は無料で飲食店に卸してもらおうと思ってる」
「5樽……」
ゴーンさんが、指を折って何かを数えている。
「付き合いのある飲食店で、ここぞというところにお試し用として出してもらえれば、その後の注文につながるはずです」
レノが、すかさず補足した。
「マーケティング費用として見れば、十分に見合う投資です」
「流石はサラの子ねぇ」
リーネさんが、俺を見て笑った。
「太っ腹じゃない。いいじゃないの。やるなら派手にやりなさい」
「分かった」
オルドさんが、力強くうなずいた。
「では、付き合いのある飲食店を5つほど見繕っておこう。はじめの樽は無料で卸して、そのぶん試飲会として店の客に出してもらう」
「本当? ありがとう!」
〈よし。エステルでの最初の一口の仕掛けは、これで整った〉
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ただ、そのときゴーンさんが少しだけ顔を曇らせた。
「……エステルのエール酒造も、黙ってないかもしれないですが」
「そうだな」
オルドさんが、腕を組む。
「あいつら、最近ちょっと押し売り気味でな。うちにだけやたら樽を押し込もうとしてくる。最悪、うちのエールはもう卸さないぞくらいは平気で言ってくるかもしれん」
「そんなこと言ってくるの?」
ミナが眉をひそめる。
「まあ、安いがただそれだけのエールだ」
オルドさんは、ふっと笑った。
「こんなうまいもんがあれば、いずれ客はそっちを飲み始めるだろう。それに……うちは酒が本業じゃない。食料品が柱だ。万一、エステルのエール酒造が切ってきたら――」
「そしたら、サントエールも売ってあげるね!」
クララが、間髪入れずに言った。
「すっごく美味しいんだって! ね、ライム!」
「お、おう……」
一瞬、言葉に詰まる。
〈クララさん、流石のカウンターだな〉
〈俺でも、そのタイミングでそこまで言えなかった〉
でも、言うべきことははっきりしている。
「うん。もし本当にそうなったら――そのときは俺が全力でバックアップするよ」
俺は、オルドさんをまっすぐ見た。
「サントエールもプレサントも、ちゃんと安定して供給できるようにするから。何かあったらすぐ教えてほしい」
「ふむ……」
オルドさんは、少しだけ目を細めて俺を見て、それから笑った。
「言うようになったな、ライム。分かった。そこまで言うなら、ワシも覚悟を決めておこう」
「えへへ。おじいちゃん、かっこいい!」
ミアが無邪気に言う。
笑い声がテーブルの上で弾けた。
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こうして――
エステルでのプレサントの販路と、試飲会による試供品拡散作戦が、
サラの実家の晩餐の席で、正式に固まった。
家族の温かさ、そして頼もしさ。
どちらもぎゅっと詰まった夜だった。
〈よし。エステルでの仕込みは、順調に進んでる〉
〈あとは――明日の学舎でのプレゼンを、全力でやり切るだけだ〉




