表面化した事しない事(前)
わたしとメルちゃんは、無理が祟ったのは確実だった。
複数回の感電ショックによる火傷が多数、高所からのパラシュート降下による全身の創傷も多数、それに冷水――水責めによる低温ショック。
女性の主治医として治療を担当してくれたアシュリー師匠でさえ呆れるくらい、全身ズダボロだった。地下牢で拷問に遭っていたのと変わらないくらいの、ダメージだったらしい。
わたしとメルちゃんは、ディーター先生の研究室の隣の病室に2人で揃って運び込まれ、揃って1日、高熱で寝込む事になった。
一定以上の攻撃魔法を受けた時、身体は発熱して、乱れた体内エーテル状態を元に戻そうとする。風邪とも言うけれど、まさに、それ。
メルちゃんのダンディなパパさんと、多忙な母親であるお針子さんのポーラさんが、珍しく2人で揃ってやって来た。全身ズダボロのメルちゃんを確認し、驚いたり、泣いたり、笑ったり、叱ったり……と忙しい。
いつもはスマートに対応するフィリス先生すらも、メルちゃんと一緒に、グッタリとなったくらいだ。
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さて。
メルちゃんのダンディなパパさんと母親のポーラさんが持って来た時事の話題は、以下のような物だった。
昨夜の、『ナンチャッテ・モンスター襲撃』――偽物ブランドな『ザリガニ型モンスター』の大群による城下町への侵入は、手慣れた隊士たちの手により、速やかに討伐と後始末が済んだと言う。
ケビン君とユーゴ君は、やはり『ザリガニ型モンスター』の大群から逃げ切って、見事、早期通報をやってのけたそうだ。お蔭で、城下町の被害は、前日のモンスター襲撃の時に比べて、ずっと抑えられる事になった。
あの『茜離宮』エントランス受付の中級侍女サスキアさん、弟ユーゴ君が生還して来たから、ホッとしただろう。静電気ショックの罠に引っ掛かったり、『ザリガニ型モンスター』の大群に追われて来たりした訳だから、『無事に』というのは、ちょっと微妙だけど。
ちなみに、『ザリガニ型モンスター』は、モンスターとしては雑魚に属する。町内のチンピラたちの多くが、雑魚モンスターと侮って、金になるモンスター肉を切り取ろうと、無茶をした。この類の中には、当然ながら死者と重傷者が出てしまったけれど、全体的には被害は軽微と言えるらしい。
そんなこんなで、城下町で続いている『モンスター商品マーケット』の日程は、1日、延長したそうだ。業者たちの商売根性、スゴイ。
バーサーク化したクマ族の2人、ゾロとラガーは、リオーダン殿下の直属の親衛隊メンバーが中心になって、生きたまま捕縛した。
確か、媚薬成分が原因のハッスル狂暴化だったんだよね。女顔な隊士たちは『女』と間違われて、別の意味で襲われそうになったから、大変だったらしい。何と、美形なリオーダン殿下も、微妙な意味で襲われそうになったと言う。ゴメンナサイ。
媚薬成分の効果が切れた所で、ゾロとラガーは正気に戻ったので、尋常に地下牢で事情聴取を受けた。ケビン君とユーゴ君からの情報の通り、今や瓦礫の山と化した、あの古い見張り塔の傍に、『違法ザリガニ牧場』が存在するという事実を白状した。
合わせて、ザリガニ追いとして使役されていた、5匹のバーサーク化『レオ闘獣』も捕縛。いずれもオス。こちらは、わたしたちの予想通り、レオ帝国の親善大使リュディガー殿下を始めとする、レオ族の外交官メンバーの預かりになった。
レオ帝国の刑部に属する高位の役人たちの相当数が、この案件に非常な関心を示したと言う。不運にも『レオ闘獣』とされていた少年たちや青年たちのうち、2人ほどが、かなり高位のレオ族の御曹司だったそうなのだ。
リオーダン殿下が指揮するウルフ族の隊士たちと、ランディール卿が指揮するレオ族の戦闘隊士たちの合同捜査チームが、クマ族の犯罪者グループが経営していた『違法ザリガニ牧場』に、速攻で強制捜査を掛けている。ゾロとラガーの2人が白状した、他のお仲間たちも、残党狩りでもって狩り出される見込み。
ゾロやラガーを始めとするクマ族の犯罪者たちが、この案件に関係した諸国の間で、キツイお仕置きを食らうのは確実となった。特にクマ王国の代表者たちは、当分は大変だろう。
この事件で、特に忘れてはならないのは、目下『怪人・夜光男』という妖怪めいた称号を戴いている、金髪イヌ族『火のチャンス』なんだけど。
チャンスさん、証拠不足で逃げ切った。妙に運の良い人だよね。『単に、金融魔法陣を運搬していた』と言うだけでは、ハッキリとした容疑として扱う事は出来ないそうだ。
問題の、マネロン用と思しき金融魔法陣にしても、現物は、既に他人に渡ってしまっている。この場合は『ナンチャッテ暴走族トロピカルなキラキラ&ヒラヒラ』を着ていたクマ族の不良青年。
このクマ族の不良青年は、当然と言うのか、ゾロとラガーが白状した『お仲間リスト』に上がっているんだけど。逃げ足がやたらと上手くて、既に国境を越えちゃったらしいから、捕縛の網に引っ掛かるのは、当分は先になりそうという話。
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ジント少年の方は――わたしたちよりも、ダメージは軽かった。
11歳――もう少ししたら12歳という、お年頃のお蔭だ。
――ウルフ族の男性の頑丈さ、マジで半端ない、と思っていたけど。
この頑丈さは、筋骨が付いて来る11歳から12歳という年齢になってから、出て来る物なんだそうだ。10歳のうちは、男の子も、女の子と変わらないくらい骨格やら筋肉やらが脆い。2階から飛び降りただけでも、死ぬほどダメージを受けたり骨折したりするから、注意が必要。
訓練隊士となる少年たちは、平均12歳ごろに入隊試験を受けるのが普通。ケビン君とユーゴ君も、12歳になったら入隊試験を受けるとか言ってたし、納得だ。
わたしとメルちゃんは1日寝込んでいたけど、ジントの方は、お昼ごろには、ケロリと疲労から回復していた。その後、ジントは、成長期を控えた男の子ならではの、旺盛な食欲を見せた。大の男1人前を完食する勢い。
そして、昼食後。ディーター先生は早速、ジントを拘束魔法陣に追い込んで、尋問していた。
「聞かなきゃいけない事が、山ほど、あるなぁ?」
昨夜、パニックになって逃走を図っていたジントを拘束魔法陣で捕縛したのは、ディーター先生だ。アシュリー師匠とフィリス先生は、メルちゃんを捕縛していた。わたしを捕縛したのは、クレドさんとバーディー師匠。
ジントにとっては、捕縛主ディーター先生に笑顔で凄まれた件は、第一級の恐怖体験だったに違いない。しかも、クレドさんが逃走防止の監視役として控えていたそうだから、尚更だ。
更に、好奇心いっぱいのバーディー師匠とアシュリー師匠も同席して来た。
わたしとメルちゃんが図書室から消息を絶った後、意外にも、大魔法使いのバーディー師匠とアシュリー師匠でさえ、わたしたちの足取りがつかめなかったそうだ。
判明したのは、中庭広場の転移基地から城下町の大通りの転移基地への移動があった事と、夕食の刻あたりに、大通りの通信基地を経由して『魔法の杖』通信「炭酸スイカ風呂に入ってる件」があった事のみ。
わたしたち、そんなに忍者さながらの隠密行動をした覚えは無かったから、ビックリした。
後で分かった事だけど、ジントが、コソ泥ならではの技術でもって、痕跡を始末していたのが原因だった。ジントの痕跡とわたしたちの痕跡、ほぼ一致してたし。
ジントは、ディーター先生に凄まれ、クレドさんに睨まれ、2人の大魔法使いにつつかれて、あらかた白状したのだった。不良プータローな金髪イヌ族『火のチャンス』の追跡から始まった、わたしたちの一夜の大冒険を。
――図書室の窓から、偶然、チャンスさんとウルフ男チンピラとの裏金取引の現場を目撃。チャンスさんを追いかけて飛び出す。
ランジェリー・ダンスの店では、ピンク・キャットの妖艶な舞台の下、チャンスさんとクマ族の不良青年の怪しげな取引を目撃。
町外れの運河まで追いかけ、運河に出ると、渡し舟を使って、コッソリと追跡を続行。
そして到達した、違法ザリガニ牧場。静電気ショックの罠。鳥籠ヨロシク最上部の梁から吊るされた空中牢屋。此処は、ケビン君とユーゴ君の証言内容とも一致している。
ランジェリー・ダンス店の初めての客にサービスされている『媚薬入りの香水瓶クジ引き』で、わたしたちが拾った香水瓶が、たまたま『混ぜるな危険』で大当たりな組み合わせで。
パワーアップ媚薬成分を吸ったザリガニ、レオ闘獣、クマ族の不良コンビ、全員がバーサーク化して、城下町へと向かって暴走した。
ケビン君とユーゴ君を先に逃がしながらも、モンスター襲撃の旨、通報を依頼し。
古い見張り塔が完膚なきまでに崩壊する瞬間、《パラシュート魔法》でもって、居残り組3人で大脱出を図り、荒れ地の上で傷だらけになる。
戒厳令下の城下町で、『茜離宮』付属・王立治療院への通常の帰還ルートが使用不可になり、地下水路ルートを選ぶ。
地下水路のゴール近くで、クレドさん似の隊士と、フード姿の大男の、剣呑な密談を目撃したうえ。
巨大ダニ型モンスターを倒すレベルの《雷攻撃》の余波で、のたうち回り。
2人が去って行った後、ルーリエ噴水から地上に出る事を試み、かなりジタバタして。
かくして、今に至る――
耳を傾けていたバーディー師匠とアシュリー師匠が、『1冊の冒険小説になる』と感心したのは、ご愛敬。
ジントは、疑惑の『クレドさん似の隊士』が落として行った、マントの留め具の破片を証拠物件として提出した。
――当然と言うべきなのか。
その留め具の破片、クレドさんの物じゃ無かった。今まさに、クレドさんの紺色マントを留めている留め具は、全く破損していない。控えとして持っている別の留め具も、全て破損していなかった。
マントの留め具は元々壊れやすいパーツだから、複数持っているのが普通なんだそうだ。だから、常識的な手段で問題の隊士の正体を割るのは難しいけど、急遽、衛兵部署の方でチェックしてくれると言う事になった。まかり間違えば、親衛隊の威信に関わるスキャンダルだからね。




