表面化した事しない事(後)
ジントの白状した一夜の大冒険は、ディーター先生が想定していた以上に、多岐に渡っていた。
それで、ディーター先生とクレドさんは、証言記録を報告書として作成する羽目になった。
衛兵部署の方にある、ケビン君とユーゴ君の証言記録と突き合わせる必要が、出て来たのだそうだ。ケビン君とユーゴ君が目撃できなかった内容をキッチリ補足しているから、今回の『ザリガニ型モンスター襲撃』に関する、正式な資料にもなると言う。
バーディー師匠とアシュリー師匠は、わたしの頭部にハマっている『呪いの拘束バンド』に変化が無いかどうか、改めてスキャン記録を取って検討し始めた。フィリス先生が助手だ。
一夜の間に連続した《静電気ショック》や《雷攻撃》といった代物は、『呪いの拘束バンド』にとっては、かなり深刻なレベルの刺激なんだそうだ。どうか、いっそう悪い事態になっていませんように。
*****
「――まぁ、つづめて言えば、こんな事があった訳だよ」
翌日の朝一番から、先生方が新たな仕事に取り掛かった後――
灰褐色の少年ジントは、毎度のコソ泥の技術でもって、わたしとメルちゃんの入っている病室に忍び込み、以上のような白状をしていた事を、語って聞かせて来たのだった。
目下、わたしたちは、前もって約束していた、秘密会議をしている所なのだ。
ジントは、何処までも抜け目の無いコソ泥な少年だった。
高度な《隠蔽魔法》用の灰色の宝玉と、マントの留め具――2点に関しては大人しく提出したけど、他の魔法道具やら何やらは、ちゃっかり秘匿していた。その中には、高度な《ホワイトノイズ防音》のための魔法道具があった。母親ルルの形見なんだって。ビックリだよ。
「オレの母さんが殺された事情とか、オレが宮殿に忍び込んでた理由とかは、白状してある。いつまでも金髪王子の暗殺未遂事件の容疑者として追われてるのは、都合悪ぃからな」
ちなみに、ジントでさえ最初は気付かなくて、ビックリした事だけど。
――ジントが母親の死体を発見したタイミングは、アルセーニア姫が暗殺されていたタイミングと、ほぼ同時だったそうなのだ。これが、どういう事なのかは不明だけど……地下水路の男たちの謎の会話の内容を考える限りでは、何か重要な関係があるのかも知れない。
ジントは、いっそう、声を低めた。
「ルーリーとオレが血のつながった姉弟って事実は、まだ白状してない。色々マズイしよ。まだ《宿命図》までは、今のとこ、注目されてないし」
「そうよね」
メルちゃんがタイミングよく、お茶をコポコポと注いで、ジントの言葉にノイズをかぶせている。メルちゃん、ホント、諜報力すごい。
ジントは、ゴックンとお茶を一服し、思案顔をしながらも、付け合わせのクラッカーを口に放り込んだ。
今現在のジントは、お風呂に入れられた後、患者服な生成り色のスモックを着せられて、こざっぱりした格好をしているところ。さすがに髪の方は、浮浪児よろしく、ボサボサと跳ね狂ってるけど。
こうして見ると、切れ長の目をしたジントは、一目でウルフ族と分かるタイプだ。
毛髪の色の部分にだけ父親の特徴が相当に入って、曖昧な色合い。顔立ちは意外に整っている。きちんとした教育を受けた大人になったら、あの琥珀色の毛髪の貴公子ジェイダンさんと張り合えるくらいの、魅力的な青年になるのは確実だ。
――我ながらハイスペックな弟だと思う、うん。
ジントは再びお茶をゴックンとやると、おもむろに口を開いた。
「大々的に白状をした後でさ、あの斥候『風のクレド』に、姉貴お手製の『本物の髪紐』の方を渡しておいたぜ。犯人じゃ無いと分かったし、姉貴の《宝珠》だしよ」
――どういう事? だって、あの髪紐、『クレドさん似の謎の隊士』の手に渡ってたんじゃ……?
「オレ、姉貴が目を離した隙に、そっくりコピーした偽物と交換しといたんだよ。図書室の方で、得体の知れないスパイが1人、姉貴を付け回してたって言っただろ。あいつ、姉貴のポシェットに手ぇ突っ込んでたから、『何やってんだよ』って声を掛けたけど、あれ、髪紐を盗ろうとしてたんだな」
――な、何ですと?!
ジントは灰褐色の髪をガシガシとかき回した。
「つまり、姉貴が物品転送ポストに投入した方は、まるまるコピーした偽物って事さ。オレが良く行ってる裏街道の魔法道具の店に、そういうコソ泥用の魔法道具があるんだよ。ずっと見てて、姉貴が用意した品のブランドは承知してたからな、あらかじめ同じ物を買っておいていたから、コピーはパパッと済んだぜ」
メルちゃんが興味深そうな顔で、お茶をコクコクと飲みながらも、フンフンと頷いている。こういうスパイ小説みたいな、ガチで相手の裏をかく化かし合いのエピソード、そうそう無いもんね。
ふと『何かピンと来た』といった様子で、メルちゃんが口元からカップを離した。疑問顔で、ジントをクルリと振り返る。
「でもジント、あの偽者が持っていた『偽の髪紐』は、ちゃんと《雷攻撃》弾いてたよ。『本物の髪紐』じゃ無いのに、そんな事できるの?」
ジントは、何でも無さそうに「おぅ」と頷いている。
「基礎部分は同じ魔法の糸だし、精巧なコピーだからな。だけど所詮コピーさ、本物とは違って、使い続けていたら当然メッキが剥がれる。効果が無くなってきたら、また本物の方から、そっくりコピーする必要がある。偽物の限界ってとこだよ」
そこまで説明した後、ジントは不意に、イタズラ小僧さながらの笑みを浮かべた。
「それにしても、フード男と一緒に居たあのワルを、あそこまで上手く騙せるとは思ってなかったよ。効果が切れた後、ヤツがどんな顔をするのか、見てやりたいぜ。ケケケ」
――うーん。何だか微妙な気持ちだ。そう言えば、クレドさんは、この諸々の裏事情は知ってるよね?
「図書室で何が起きてたのかは、教えてねぇよ。だいたい髪紐を渡さなくちゃいけなくなったのって、メルが髪紐の件をクレドにブッ放してくれたせいだし。お蔭でオレ、髪紐の件で、クレドにガッツリ問い詰められたんだぜ」
ジントは、あからさまに渋面になっていた。クルクルと表情が変わる弟だなあ。この百面相の変顔なところ、血がつながってるから、似てるって事だろうか。
「お蔭で『このジントが髪紐をすり替えて盗んだ犯人だ』って流れになっちゃってさ、クレド、キッツイ『絶対零度の視線』を向けて来てくれやがったぜ。あれこそ噂の『風のクレド』だな。マジで心臓が止まったよ、チクショウ」
そう言って、ジントは胸に手を当ててテーブルの上に突っ伏した。見てみると蒼白な顔色になっている。思い出すだけで蒼白になるような、本当に参るような体験だったんだろうか。
――噂の『風のクレド』?
クレドさんって、どういう噂になってるの?
メルちゃんに向かって小首を傾げて見せると、メルちゃんは「知らないわ」と首を振って応えて来た。
クレドさんは、普通に目立たないタイプの隊士なんだって。メルちゃんの友達も、クレドさんの事は余り知らない。オレンジ系の金髪なザッカーさんの方が、よっぽど有名人。クレドさんが有名人じゃ無いのは、目立たない事を第一義とする『斥候』だからだろう。
ジントはゲッソリとした様子で、でも食欲だけは旺盛に、クラッカーをもう1枚、口に放り込んだ。
「知る人ぞ知るってヤツさ。プロの暗殺者、ヤバイ指名手配犯……その類の連中なら、クレドの名を知ってる。地下牢の拷問で、最も当たりたくない凶悪リストの上級隊士。冷徹と非情の極致。これ以上は勘弁してくれ」
――想像できないなぁ。硬質な端正さとか、冷たさの感じられる面差しだとは思うけど。
口の中のクラッカーをポリポリ噛み砕きながらも、ジントは、わたしの方を見つめて来た。目が据わってる。
「あのクレドに、本当に《宝珠》が実在して、それが姉貴だなんて、オレ、今でも信じらんねぇけどよ。気絶した姉貴をヤツが抱きかかえてたのを、改めて思い出してみれば――」
*****
次の一瞬。
病室の扉が、バッと開いた。
ジントが『ビョン!』と飛び上がる。人体が椅子から直接に飛び上がる所なんて、初めて見たよ。
「やはり此処に居たか、風のジント」
そこには、笑顔で凄むディーター先生が居た。後ろには、大魔法使いバーディー師匠とアシュリー師匠が居て、何故かディーター先生と同じように、ドスの利いた黒い笑みを見せていたのだった。
――な、な、何だろうッ?!
「お前は、まだすべてを白状して居らんな、ジント君。念入りに話をしようじゃ無いか――タップリと時間を掛けて」
惨めな毛並みとなってペッタリとしていた灰褐色のジントの尻尾は、元から先まで、バババッと総毛立ったのだった。




