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事実と真実の地下迷宮(後)

信じられないけど……


あの白い髪紐、わたしが作っていた髪紐だ。4日間かけて……


ショックが余りにも大きすぎるせいか、頭が真っ白になって、何も考えられない。身体全身が、ガクガクと震えている。


目の前のウルフ男は、相変わらず背中を向けたままだけど。


あの身長は、確かにクレドさんと同じ。スラリとした立ち姿も、クレドさんを彷彿とさせる。ストレートの、クセの無い漆黒の黒髪。いつもと変わらぬ、紺色マントの隊士姿――



――わたしの弟ジントの、母親のルルと言う人を、クレドさんが無残に斬って捨てた……?



脳みその中で、今までのクレドさんの立ち居振る舞いのアレコレが、走馬灯のように巡る。


そうだ。


クレドさんは、必要とあらば容赦なく凄むという事が、出来る人だ。


冷たさすら感じられる端正な面差し。あの冷たさは、本当の冷酷さを反映したものだったのか。いつだったかの、あの人間らしい熱さを湛えた眼差しは、気掛かりと憂いを湛えた表情は、嘘だったのか。


あの日、天球《暁星(エオス)》の空の下。《盟約》の言葉を述べていたクレドさんの心の底には、このような、計算し尽くされた目的があったのだろうか。



――『宝珠メリット』だけが目的で、わたしの製作する魔法陣だけが目的で――



いきなり、メルちゃんが毛髪をギュッと引っ張った。痛いッ!


メルちゃんは必死の形相で、わたしを物陰に引きずり込もうとしている。ジントも、メルちゃんに加勢している格好だ。わたしの身体がズルズルと後方へと移動している――


――ハッ!


目の前にグワァッと、黒いブーツを履いた足が迫って来た。クレドさんの足だ!


わたしは一気に後ろへ飛びのいた。


弾みの付いた身体を、ジントとメルちゃんが受け止めて、転がる。音を立てないように。



――間一髪だった……!



長身のウルフ男ならではの歩幅で――クレドさんは一気に、わたしたちが引っ込んでいた物陰を通り過ぎ、奥へと歩み去って行った。硬いブーツが立てる音が、地下水路に響く。


もし、これ程に高度な《隠蔽魔法》が稼働中じゃ無かったら、途轍もなくマズい事になっていただろう。


足音は、見る見るうちに遠ざかって行った。そして――何やら『ガシャン』という、鉄扉が開いて閉じたような音が続いた。


あとは――静寂。


光源となる魔法パワーが切れたのだろう、夜間照明の光が、徐々に弱くなって行く。


辺りは、地下水路ならではの、永遠の常夜闇に包まれて行った。


墨を流したような闇の中、身じろぎもせずにスタンバイする。聞こえて来るのは、地下水路を流れる水の音だけだ。


やがて、一刻ほども経っただろうか。


誰も、戻って来ない。どうやら、秘密会合らしき物は、さっきので、本当に終了したらしい。そして、これから当分は、無いらしい。


いつしか、ジントが大きく息をついた。ジントの『魔法の杖』が、夜間照明の光を放ち始める。続いて、メルちゃんの『魔法の杖』も光り出した。


再び、辺りが夜間照明の光でボンヤリと明るくなる。


ジントは、きつく眉根を寄せていた。ギリ、と歯を食いしばる音を立てる。ジントは両手に『魔法の杖』握り締めたまま、その両手の中に顔を埋めた。


「見つけた……! あいつが、母さんを殺したんだ……!」


ジントの声は、限りなく泣き声に近い呻き声だった。


――それは、限りなく事実であり、真実だ。『彼』自身が、自身の口で、言った事だ。


わたしは、信じたくないけど。信じられないけど――まさか、クレドさんが――頭が痛い。気分が悪い……


メルちゃんが、気もそぞろな様子で、『魔法の杖』をしきりに持ち替えている。メルちゃんは百面相をしていた。頭の中で、猛スピードで、今の出来事を検討しているんだろう。ウルフ耳とウルフ尾も、ピコピコ動きっぱなしだ。


胸の潰れるような時間が過ぎた後。


やっと気持ちを落ち着けたらしいジントが、ボワッとしてしまった灰褐色の髪型をガシガシとやりながら、やおら立ち上がった。


「今は、とにかく、地上に出ないとな」


*****


ジントは、コソ泥ならではの習慣なのか、辺りに注意を払い始めた。


「ゴールが此処なんだよ。あいつら、母さんから聞き出した秘密のルートを活用してんだな。ケッ」


わたしは、メルちゃんと一緒に周囲を見回すのみだ。


地下水路の一般的なポイントとは、構造が違う。ちょっとした広間になっていて、中央部分の天井に空いた穴から滝のように水が流れ下っている。その水は、石床に刻まれた窪みから、地下トンネル――下水道を成す地下水路へと流れ出しているのだ。


上水に当たる水路は、別に作られたパイプのようになっている。地形の傾きに沿うように、更なる高みから伸びて来ている形だ。上水のパイプの出口は、地上に開いているようだ。重力差を利用して、上水を地上に押し上げている……噴水みたいだ。



――噴水みたい……じゃ無くて、本当の噴水の仕掛け?!



ハッと思いついて、ゴールとなっているスペースを見回す。小さな噴水広場と、ほぼ同じスペースだ!


――わたしが驚きに目を見開いたのを、ジントは目ざとくも気付いていたらしい。


ジントはピョコンと頷き、ボワッとかぶさって来た灰褐色のパンチパーマな髪型を押し上げながら、ニカッと笑みを見せて来た。


「その通りだよ、姉貴。ここ、病棟の外れの、ルーリエ種の噴水広場。金髪王子の暗殺未遂事件があった日、姉貴が出て来ていた場所さ」


わお。何というポジション!


「此処から出られるの? どうやって?」


メルちゃんが、今や芸術的な『超・パンチパーマ』と化した黒髪を整理した。静電気をタップリ溜めているから、ちょっと頭を振っただけで額に張り付いたり、ツンツンと逆立ったり、落ち着かないんだよね。


ふと――メルちゃんが足を踏み変えた拍子に、石の床で『ガチッ』という音がした。


――あれ? メルちゃん、何か踏んだ?


「何か踏んだ。小石っぽい……」


メルちゃんが靴をどけると、『魔法の杖』の夜間照明の光の中で、何やら、キラッと銀色に光る物があった。ジントが、サッと拾い上げる。


「――隊士のマントの留め具だ。さっきの《雷攻撃(エクレール)》で弾け飛んだんだろうけど、あいつ、落とした事に気付かなかったんだな。『ルーリーお手製の髪紐』に夢中で……」


ジントが比較のために、自分の紺色マントの留め具を外す。ジントが今まとっている紺色マントは、訓練隊士のマント。


マントの留め具も、シンプルな造りだ。単純に、安価な丸い灰色ボタンの上に、《風刃》を模したのであろう白い三日月を描き込んだだけの物。


対して、落ちていた方の留め具は、豪華な造りだ。《地魔法》加工が掛かっている銀素材。


強烈な《雷攻撃(エクレール)》の衝撃で砕け散り、《雷光》に運ばれて、思いっきり遠くまで弾け飛んだのだろう――辛うじて、全体の形は円形なのだろうと言う事が分かる程度の破片。


だけど、精緻な透かし模様に銀色の湾曲した装飾があしらわれていて、如何にも高位の隊士向けという雰囲気が窺える。


ジントが盛んに首を傾げながらも、ブツブツと結論を呟いた。


「えーっと……これ、『銀牙』称号持ちの隊士のだ。剣技武闘会で、50位より上の、強い剣士が取得する称号……」


メルちゃんにも異論は無いらしく、コクコク頷いている。


「親衛隊の誰かって事だよね。これが銀色のサークレットだったら、更に上の、『殿下』称号持ちの誰かになってたよ。『銀牙』サークレットって、3つしか無いんだって。だから『殿下』称号持ちも、3人だけ」


――あ。それで、第一王子ヴァイロス殿下と第二王子リオーダン殿下は、いつだったか、銀色のサークレットしてたのか。


話に聞く第三王子ベルナール殿下と言うのも、『銀牙』サークレットを持ってるんだろうな。リクハルド閣下も、元・第三王子だった頃、公式な場では『銀牙』サークレットを装着していたのだろう。



ジントはメルちゃんの指摘に頷きながらも、銀色の留め具の破片を、隠しポケットに慎重に収めていた。


「まあ、重要な証拠品ではあるよな。端っこの破片だから、確かな証拠とまでは行かないけどさ、オーダーメイドだから修理にも時間が掛かる筈だ。本人がサッサと修理して証拠隠滅していても、職人の方は覚えてるぜ、きっと。まさか御用達の職人までは斬殺しないだろ……斬殺しないって信じるしか無いけどな」


――その辺りは、運を天に任せるしか無い。


その場は、暫しの間、緊張と不安をはらみながらも、沈黙に落ちたのだった。

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