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事実と真実の地下迷宮(前)

地下水路に持ち込まれた夜間照明が、ボウッとした光を投げ続けている。


光の中に浮かぶのは、2人の男の影姿。


フード姿の大男が、いきなり声を大きくした。『人類の耳』でも聞こえる程の声量だ。


「おい、機密暗号化の機能付きの魔法文書は、数は、これだけか! もっとある筈だぞ!」

「製作主が体調を崩して、製作がストップしているからな。今は、これだけだ」

「……チッ。苛立たせる奴め。これだけの精巧なブツ、高く売れるってのに」


フード姿の大男は、ペーパーの集まりを懐に入れると、グイと正面立ちになった。今まで向こう側にあって見えなかった右手の方が、露わになる。


――フード男が右手に持っているのは、異様な『魔法の杖』だ。宝玉細工のカタマリだ。大男の背丈を超える程の、大型『宝玉杖』。古代の『魔法の杖』は『宝玉杖』だったと言われているけれど、まさに、それだ。それなのだ。


その『宝玉杖』は、全体が透明な水晶のようだ。そこに多種類の色とりどりの宝玉を埋め込んでいる。そして、先端が、人間の頭部よりなお大きな球体をした、謎の宝玉で出来ている。


異様に大きな球体をした宝玉の中には、無数の揺らめく金糸が仕込まれているようだ。金糸は、樹状放電に似たパターンでもって全体に広がっていた。


あの妙な球体、あらゆる《雷攻撃エクレール》魔法セットを詰め込んだ宝玉のように見える。本当に《雷攻撃エクレール》系の攻撃魔法が出来そうだ。


――この『宝玉杖』が、すべて本物の宝玉で出来ているとしたら、とんでもない高価な代物だ。


やがて、フード姿の大男は、吐き捨てるように言葉を継いだ。


「しょうがねぇな。今回こちらから用意するブツは、ハイドランジア種、1株だ」

「話が違うな。5株の筈だ」

「闇の相場が上がってんだよ。上級魔法使いレベルの竜人が仕事をしてくれる事になっているが、高く吹っ掛けられてんでな。残りの4株の代わりに、大物クラス竜体の鱗10枚を付けとく。あと4株を調達したいのなら、次の注文のブツ、ちゃんと用意しとくんだな。過不足なく」


黒髪のウルフ男の方は、竜鱗が入っていると思しき包みを受け取りながらも、『警棒』を持つ手に力を込めている。


「そちらこそ、この竜鱗が偽物と判明したあかつきには、覚悟しとけ。あの貴種の恥さらし……アバズレのシャンゼリンは、存在すら分からなくなるまでに、モンスターの大群に踏みにじらせておく、と宣言したくせに、無様な」


フード姿の大男は、バカにしたように鼻を鳴らした。右手に持つ『宝玉杖』を振り、濃密かつ剣呑なエーテル光をまとわせている。いつでも、強烈な攻撃魔法で、ウルフ男をメチャクチャに出来る――と言った風だ。


「邪魔が入ったんだ、不可抗力だろう。あんた、何処かでヒントでも洩らしたんじゃ無いのか。こっちは、最上級の《隠蔽魔法》の魔法道具を用意して、《魔王起点》の作業を進めてたんだ。中級魔法使いの赤毛のウルフ女と、チビの炭酸スイカ坊主が出て来た時は、既に限界のタイミングで、逃げるしか無かったんだぞ」


――わたしは、心臓をドッキリさせていた。思わず、握ったコブシに力が入る。


あの、《魔王起点》で、シャンゼリンを無残に殺したのは――


*****


大の男2人の間で、何やら怪しげな密談は――剣呑な雰囲気をはらみながらも続いていた。


黒髪の背の高いウルフ男は、昂然とあごを突き出している。


「我が方の秘密保持は、常に完璧だ。この秘密の地下通路の秘密保持にしてもな。故国で今なお指名手配中の貴様が、此処まで安全に来られるのは、誰のお蔭だ?」


フード姿の大男は、歯を食いしばったようだった。その右手に持っている『宝玉杖』の先端の球体が、いきなり青白い《雷光》をまとい、ビリビリと言いながら光り始めた。


――四大《雷攻撃エクレール》という程では無いけど、《雷攻撃エクレール》系の、強大な攻撃魔法の先触れなのは、間違いない。下手すれば心臓ショックで意識を失うレベルだ。


しかし。


ウルフ男の方は、妙に余裕のある雰囲気だ。いつの間にか、『警棒』を片手正眼に構えている。


「フッ。遂にるのか『雷神』。あの日の『女コソ泥・ルル』のように、次に水路に浮かぶのは、貴様の死体かもな」



――今、聞き覚えのある名前が出て来たみたいだ。ルル……女コソ泥。



ギョッとして、ジントの顔を確かめる。


女コソ泥。ルル。ジントの、母親の名前! よりによって、こんなところで!


ジントは――蒼白な顔色をしていた。強張った口元から、低い唸り声――声を出しては、ダメだ!


死に物狂いで、ジントの口を塞ぐ。「う」という微かな呻きと共に、ジントは、ハッと目を見開いた。


微かな呻き声は、2人の大の男たちを怪しませたようだった。フード姿の大男も、黒髪ウルフ族の長身の男も、ピタッと動きを止める。


「おい、さっきの音は何だ? あんたの腹の音か」

「貴様の、足りない脳みそが沸いた音か……と思ったが?」

「この野狼ヤロウ……!」


如何にも独創性に欠けた定番の罵りと共に、フード姿の大男の『宝玉杖』が、狂暴な《雷光》を閃かせる。


――あの巨大ダニ型モンスターを倒すレベルの、強大な《雷攻撃エクレール》魔法だ!


青白いバチバチと言う火花が、ウルフ男を覆い尽くし――余波が周囲の壁に飛び散った。わたしたちの方へも、更なる余波が飛ぶ。



――ひぃ。シビレル!



ジントの灰褐色の毛髪が完全にボワッと逆立ち、メルちゃんのパンチパーマな黒髪は、雷の巣と化した。身体をくねらせて倒れかけたメルちゃんを、必死で抱き留める。ついでに、メルちゃんの口をシッカリと塞ぐ。



――シ・シ・シ・シビレルゥウウゥゥ~ッ!!



わたしたち3人は、身体全身を、ビリビリする鳥肌と化した。


叫び声を上げまいと歯を食いしばり、《雷攻撃エクレール》の余波にワナワナ、ガクガク、ジタバタ、と身悶えながらも――無言で耐えた。


此処だけの話だけど、石床の上を3人でクネクネと身悶えしながら、ゴロゴロと転げ回った物だから、傍目から見たら、えらく奇妙な光景だったと思う。


――高度な《隠蔽魔法》のための灰色の宝玉を、ジントが持っていて、本当に良かったよ。よっぽど高性能な魔法道具だったのか、灰色の宝玉は……この程度の《雷攻撃エクレール》余波では、へこたれないようだ。


バシッと言う不吉な衝撃音と共に、夜間照明の光が、一瞬、暗くなった。そして再び、元の明るさに戻る。


「おのれ、この野狼ヤロウ……! 肩の骨にヒビが入ったじゃ無いか!」


フード姿の大男が、左肩を押さえて大きくよろめきながらも、憎々し気な呻き声を上げた。ウルフ男が『警棒』で、フード男の左肩を、したたかに打ち据えていたようだ。


――おや?


ようやく《雷攻撃エクレール》魔法の余波が収まった。わたしたち3人は、一斉に発生源を注目する。


黒髪の、長身の、隊士姿の、ウルフ男は。


あれ程に強烈な《雷攻撃エクレール》を、真正面かつ至近距離から受けた筈なのに――


先ほどと、全く変わらないように見える。


滑らかなストレートの黒髪は、パンチパーマ化どころか、いささかの髪型の乱れも無い。ショック性の身悶えはおろか、身震いすらしていない。


「グゥッ……! あんた、《守護魔法》の魔法道具を……?!」


ウルフ男は機敏な足さばきで一歩後退し、フード姿の大男のコブシをよけた。


フード姿の大男は態勢を崩し、みっともない格好で、惨めに『宝玉杖』に寄りかかる。フードが少し脱げている。その眉目ラインまで露わになった顔には、驚愕と屈辱が浮かんでいた。


このフード姿の大男、意外に年配に見える。種族系統は、相変わらず不明だけど。浅黒い肌――という事は、やはりクマ族なのだろうか。それとも、肌を染めているのだろうか。顔を赤青している所だろうと言うのは窺えるのだけど、肌の色合いの変化が、奇妙に乏しいのだ。


一方で。


紺色マントをまとう隊士姿なウルフ男は、マントの内側から、何かを取り出して見せた。


――その手にあるのは。


見覚えのあるような、白い紐――《風霊相》向けの白い髪紐。


フード姿の大男は、右手の『宝玉杖』を振って虹色のエーテル光《魔法分析》を振りまくや、目をカッと見開いた。


「守護魔法陣が付いている、髪紐! 攻撃魔法に比べて、守護魔法の魔法道具は、ただでさえ希少品だってのに……それ程の高スコアの品、何処で入手した……?!」


種族系統の不明な獣人の大男は、焦がれるかのように手を突き出したけれど、ウルフ男は素早い動作で、髪紐を再び紺色マントの中に収めてしまった。


「フッ、やる訳には、いかんな。そろそろ時間だ……去れ!」


ウルフ男は、瞬時に『警棒』を長剣に変えた。ぎらつく白刃が、フード姿の大男の鼻先に突き付けられる。


「今は命拾いした訳だ……覚えてろ!」


フード姿の大男は、せめてもの侮辱の為だろう、唾をペッと吐き捨てた。そして、『宝玉杖』に再び青白い《雷光》をまとわせながらも、横ざまに走りつつ、向こう側の方へと走り去って行った。


――その場は、ボンヤリとした夜間照明の光の中、1人のウルフ男のみが佇む、静かな空間となった。


程なくして――黒髪のウルフ男は、紺色マントの中から、あの白い髪紐を再び取り出した。


「フフッ……『宜しければお使い下さい。水のルーリエ』……か。あの《雷攻撃エクレール》すら、完璧に防衛してのけるとは……これ程に高い魔法陣スコアの髪紐、やはりタダ者じゃ無かったか……」


――クレドさん?


あれ、本当にクレドさんなの?

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