不意打ちの衝撃と疑惑
いつの間にか、わたしたちの辿っている地下トンネルは、平坦になっていた。
登りが終わったらしい。
ふと気付くと――平坦な部分に来て一息ついたジントとメルちゃんが、不思議そうな顔で、わたしをのぞき込んでいたのだった。
「ねぇ、さっきの、魔法の呪文なの? しゃがれ声だから、何言ってるか分かんなかったけど」
「変な呪文があるんだな。何とかの下に、とか、二つのものが、一つのもの、とか」
――イヤ、気にしなくて良いよ。ちょっと、独り言みたいな物だったから。
メルちゃんは「そう?」と不思議そうにしながらも、ウルフ尾を素早く振り、尻尾についた水滴をパパパッと振り落とした。メルちゃん、美少女な町娘なのに、意外に冒険者気質だね。この豪胆さ、チェルシーさんを無意識のうちに見習ったのかも知れない。ビックリだ。
「とにかく、これで、メルたちは秘密のチームね。ジント、明日も、あの病棟の図書室に来られるでしょ? 秘密会合にピッタリのテーブルを知ってるから、そこで、作戦しない? お昼ご飯も多めに持ってきてあげられるし」
ジントは『残飯では無い』食い物にありつけるという点で、目をキラーンと光らせた。
「おぅ。必ず行くよ。さすがに今日は遅いからな、詳しい事は明日な」
――不思議だけど、ジントとメルちゃん、気が合ってるね。偶然ながら同じ危機をくぐり抜けた仲間ならでは、という所かな。お友達が出来るのは良い事だ。
わたしたちは、待ち合わせ場所を『金髪イヌ族・火のチャンスを見かけた窓の傍』として、約束を交わしたのだった。
*****
登りの疲れが落ち着いたところで、わたしたちは再び地下水路を歩き出した。
ゴールは、もうじきだ。
何と、あの病棟エリアの外れの、わたしが最初に出て来た、ルーリエ種の噴水広場がゴールになっている。そこに、秘密の水路ルートの出口のひとつがあるんだって。『茜離宮』の地下迷宮、すごい。下水道ルートだけど。
メルちゃんが不意に気付いた、と言った様子で、質問を口にした。
「ジント、お父さんはイヌ族だよね。どんな人なの?」
先頭を行くジントの歩調がゆるやかになった。灰褐色の毛髪を、ガリガリとかき始める。余り意識して無かった事らしい。
「――あ、思い出した。随分と昔だから、忘れてたよ。父さんが来ていたのは、7歳くらいまでだったから。父さんは、イヌ族にしちゃマメマメしい方でさ。あっちこっちでフラフラと女を作ってたけど、近くに来た時は、いつも母さんとオレに、お土産を持って来たんだ」
ジントは、ウンウン言いながら、記憶を掘り起こしている。
「確か……名前は『風のパピヨン』とか『風のパピィ』とか言ってた。母さんは、いつも『パピィ』って呼んでた。亜麻色の毛髪をした小男ってなヤツでさ、それなのに、やたらと頭が良くて器用で身軽でさ、隠密の調査員だか、忍者で探偵みたいな事をやってた。母さんは、コソ泥の腕前でもって、父さんの潜入調査とやらに割と協力してたんだよ」
――な、な、何という偶然……!
「ジント、そのイヌ族の人、わたしの父でもあるッ……!」
今度は、ジントとメルちゃんが仰天して振り返って来る番だった。
「マジかよ?!」
「ホント、ルーリー?! 確か、お父さんの事は覚えてないって……!」
――いやいや、偶然、ごく最近……人づてだけど、父親の《霊相》と名前と外見と所業を知る機会があったんだよ。他人の空似かも知れないけど、ジントの話した内容と、まるっと同じだから、同一人物って可能性も無きにしも非ずって、ところで。
「媚薬抜きで、つまり、ちゃんと正式名を交わすのが前提で、ウルフ女に気に入られるようなイヌ族の男は珍しいんだよ。その中で、《霊相》も名前も外見も所業も、まるっと同じってんなら、まず同一人物だぜ」
ジントの食いつきは、凄かった。
「オレの父さん、『もう1人、ウルフ女の妻が居る』って言ってたんだ。『風のキーラ』って名前の、金髪の……毛髪の色についちゃ何か微妙な言い方でさ、紫色と金色と、って言うか」
――紫金のウルフ女、風のキーラ。うわあぁあ……確定だ!
ジントは呆然としながらも、何故か、すぐに納得顔だ。
「何か、血縁の匂いがする姉ちゃんだなって思ってたんだよ。何つーか、何となく気になる、位置が読めるとか、思考パターンとか何となく似てて読めるって言うかさ。ホントに姉貴だったのかよ。イヌ族の父さんの方の……」
――そ、そうなるね。半分だけ血のつながった姉弟……信じられないけど。
ジントは、もはや悟りの領域に入っていた。観念したように空を仰いでいる。
「はあ、道理で……幾ら《隠蔽魔法》でコソコソしてても、何でか見つかっちゃう筈だよ……」
メルちゃんは、この偶然に、ドラマチックな何かを感じたらしい。目がキラキラしてる。
「フィリス叔母さんにだけは、コソッと教えてあげなくちゃね」
――絶対にヤバイ! マズイ! 超・最高機密ッ!
「ダメだ!」
「ダメッ!」
メルちゃんは、ポカンとした。「何で?」
そこへ、ジントが早口で畳みかける。
「何処から情報が洩れるか分かんねぇだろうが。オレが殺ろうとしてんのは、宮殿の偉い奴なんだぜ。こいつがオレの姉貴とバレて捕まったら、こいつ、最初の時みたいに偉い奴に捕まって、地下牢で余計に拷問されるじゃねぇか」
――わたしの方の理由は、また別だけど。
目下、わたしの身辺情報は最高機密って事になってるからなぁ。血縁の存在がバレたら、色々とマズイかなって言うか……今でさえ大騒動って所なのに、尚更に輪をかけて、あちこち揺るがす事態になりかねないって言うか……
メルちゃんは、『自分だけが知ってる特別な秘密』というのもドラマチックなだけに、趣味らしい。すぐに『超・最高機密ね』と了解してくれた。ホッとしたよ。
*****
相応に気分が盛り上がったお蔭か、足取りは軽くなった。
「あと少しだぜ。この先の登りの角を曲がれば、ゴールだ」
ジントが『魔法の杖』の夜間照明を振った。
――不意に。
ジントとメルちゃんのウルフ耳が、ピコピコと動いた。ウルフ尾も、バッと毛を逆立てる。
――人の気配……?!
それも、明らかに穏やかならざる気配だ。エーテル魔法が漂っているのか、特徴的な色彩の流れが見える。わたしのウルフ尾も、ピシッと緊張していた。
(灯りを消すぞ!)
ジントの『魔法の杖』が光るのを止めたのに続き、メルちゃんの『魔法の杖』も、パッと光を消した。
真っ暗闇――だけど、完全なる真っ暗闇、では無かった。
当座のゴールとなっている、少し高い場所。少し角度のある先のスペースに――ボウッとした夜間照明の光がある。誰かが居るらしい。こちらの方は下方の死角に入っていたから、高い場所に居る誰かには、幸いにして気付かれなかったようだ。
すぐに、目が闇に慣れた。ウルフ族ならではの夜目は、すごい。基本的な物体の形は、ハッキリと分かる。高い場所から洩れて来る光のお蔭もあるけど。
ジントとメルちゃんが、盛んにウルフ耳をピコピコ、クルリと動かし始めた。わたしの『人類の耳』では聞き取れないけど、ウルフ耳だと、物音とか話し声といった物が分かるようだ。
やがて――ジントが抜き足・差し足・忍び足で接近を始めた。ちょっとだけ振り返り、『狼体』のやり方で、耳と尻尾と表情を動かして、無言で喋って来る。
(もう少し近づこう。音、立てるなよ。気配も消してろ。狩りの時みたいに)
(メル、了解よ)
ジワジワ、ソロソロ……と接近する。とある距離に近づいたところで、ジントが灰色の宝玉をポケットから取り出し、『魔法の杖』で数回つつく。
わたしの魔法感覚――色彩感覚が、ごくごく淡いグレー色の、エーテル光の波を捉えた。
淡いグレー色をした波紋は、わたしたち3人をスッポリと包んでいる。ジント自身は波紋が見えてないみたいだし、メルちゃんは気付かなかったみたいだけど。
――これ、《隠蔽魔法》だ。
淡いグレーの波紋は多種多様に波打ちながら、周りの光景を逐一、コピーして反映している。ごくごく淡い陰影での再現だけど、余りにも精巧なコピーだから、本物の光景かと思ってしまうくらいだ。
わたしたち3人は、《隠蔽魔法》に守られつつ、遂に、光源に最も近い物陰に到達した。
夜間照明が人影を作っていて、そこに居るのは2人だと分かる。随分と大柄な人影だから、大の男2人に違いない。
ジントは一度、灰色の宝玉を確かめて、『大丈夫』と判断したようだ。実際、淡いグレーのエーテル波紋には乱れは無く、精巧な《隠蔽》をし続けていると確信できる。ジントは、ソロリと、物陰から顔を突き出した。メルちゃんとわたしも、ジントに倣って、ソロリと顔を突き出す。
そこに居るのは、やはり大の男2人。
1人は、深くかぶったフード姿の、巨人のような大男。こうして見ると、物陰に溶け込みそうな濃灰色のフード姿だから、大柄な体格にも関わらず、目立たずに動けるだろうなと思える。魔法使いのフードとは明らかに違って、ユニフォームとしてでは無く、単なる外套としてのフードだ。
フード姿の巨人のような大男は、横を向いて立っているところだ。何らかのペーパーの集まりを検分しているらしい。横顔の下半分くらいしか詳細が分からず、種族系統が不明。だけど、離れていても、フード男が放つ剣呑な雰囲気が、ビシバシ感じられる。物騒なヤツだ。
もう1人は――ウルフ族の男だった。こちらに背を向けて立っている。ストレートの黒髪。髪を、うなじで簡潔にまとめている。紺色マントの武官姿。対面しているフード男への警戒を緩めておらず、片手には『警棒』を握ったままだ。
妙にスラリとした立ち姿。
わたしの中で、不吉な予感が、モヤモヤし始めた。
――余りにも似ている。あの人に――




