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地上の騒動、地下の路道

地下トンネルの出入口の部分が終わり、ひとつめの分岐に到達すると、地下水路のスペースは急に広がった。


最初の日に放り込まれていた、あの地下牢のような、ビックリするような規模の空間――と言う訳では無いけど。大の男でも、だいたい背を伸ばして行き来できる程度の高さがある。幅も、大の男3人か4人が、すれ違える感じだ。


一定距離ごとに、強力な機械仕掛けがされている事が窺える大型タンクがある。汚泥を含む高汚染の物は、地下水路に流す前に、この大型タンクの中にある下水処理装置に通しているらしい。モンスターの毒血も処理できなきゃダメだもんね。納得だ。


ジメッとした重い空気が充満してるけど、意外に悪臭などといった物は無い。規則的に空気穴が空けられていて、白いエーテル流束が出入りしているのが見える。《風魔法》による換気があるのだ。悪臭も一緒に処理しているのに違いない。


*****


ジントは、地下水路に入ってから少しの間、ブツブツと話し続けていた。


「オレが『茜離宮』にしょっちゅう忍び込んでるのは、母さんを殺したヤツを見つけて、とっちめるためなんだ。偶然だけど母さんの正式名は、ルーリーと同じ『水のルーリエ』でさ。通称の方は『ルル』だけどな。母さんはスリの名人で、度々、宮殿に忍び込んで稼いでた」


わたしとメルちゃんは、ジントの語りに耳を傾けた。穏やかならざる内容だ。ジントは、母親を殺されたらしい。


「そのうち、宮殿の偉い奴って言う誰かから、仕事を受けた。でかい前金が転がり込んで来てさ、よっぽどヤバイ仕事だったんだろうな。母さんは『心配すんな』って言って、出て行った。そして、帰って来なかった。3日後に、母さんの斬殺死体が、この水路に流れて来た。偉い奴の誰かに、口封じに殺されたんだ」


――ジント、とんでもない事情を抱えてたんだ。


でも、それなりに『経歴のある、コソ泥』じゃあねぇ。隊士に訴えても、逆に自分の余罪を問われて、何処かの牢屋に放り込まれるか、お仕置きを受けて再び町に放り出されるか、というのが関の山なのに違いない。


――あれ? それと、わたしに話しかけようとしていた事と、どう、つながるの?


「そこだよ」


ジントは目をキラーンと光らせて、わたしを見つめて来た。


「ルーリー、すっげぇ強ぇ魔法使いなんだろ。オレ、あんな強烈な魔法って見た事ねぇしよ。母さんを殺した奴、まさに剣豪って感じの太刀筋だったから、接近する時、どうしようかと思ってたんだよ。最初は『闘獣』だって言ってたから毒ゴキで行こうかと思ってたけど、そのうち、ちゃんと話せば分かってくれるって、ピンと来たしな」



――わたしが、強い魔法使い……?



わたしは、思わず考え込んでしまった。今、わたしは全く魔法が出来ない状態だ。ジントは、いったい何処で、わたしが魔法を使っている所を見たんだろう?


困惑の余り、立ち尽くしてしまう。


メルちゃんが心配そうに窺って来たけど、頭の中がグルグルしていて、まさに困惑しきり。何と答えれば良いのだろう。今は、本当に、全く魔法が出来ない状態だって、説明するべきなんだろうけど。



不意に、地上で、重い物がバウンドしたような大音響が続いた。水路全体がビリビリ震える。でも、地下構造の建築はガッチリしていて、ビクともしていない。


ジントが、上方に顔を向けて、灰褐色のウルフ耳をピコピコ動かした。


「やっぱり、王宮の隊士は強ぇな。さっき『ザリガニ型モンスター』10匹くらい、いっぺんに薙ぎ倒したに違いないぜ。親衛隊メンバーが2人か3人くらい、出張って来てんじゃんか。ヘッ」


メルちゃんも、ウルフ耳をピコピコ動かす。コツが分かって来たみたいで、時々、クルリとウルフ耳が方向を変えた。


「こっちの街角か、あっちの街角かは分かんないけど、レオ族の戦闘隊士が、バーサーク化『レオ闘獣』を捕獲してるみたいね。だから、ウルフ族の親衛隊メンバーも2人か3人、加わってるんだわ。聞こえて来る名前からすると……此処に居るのは、リオーダン殿下の直属よね」


ジントが「ケケケ」と笑った。


「上手い具合に、『モンスター狩り』資格持ちの隊士たちが揃ってんじゃんか。こりゃ勝負あったな。バーサーク化クマ族のゾロとラガーも、ひいてはお仲間もな、夜が明けたら、お縄になってるぜ」


地上に広がる『茜離宮』城下町は、『ザリガニ型モンスター』の大群、バーサーク化『レオ闘獣』5体、バーサーク化クマ族2体で大混乱だろうけど。


――余り心配はしなくて良いみたいだ。


クマ族の犯罪グループが、違法ザリガニ牧場で『レオ闘獣』を使役していた事実は、レオ帝国の外交案件になるのだろう。


事が露見した今、レオ帝国の親善大使リュディガー殿下と、その他のレオ族の外交官の面々は、新しく首を突っ込む大仕事が増えて、生き生きしているんじゃ無いだろうか。


レオ帝国とウルフ王国とクマ王国の間で、高度な外交交渉になるような案件に発展する可能性があるなぁ。この辺は、この事態が落ち着いたら、ディーター先生やフィリス先生に聞いてみようと思う。


とりあえず、先を急ごうと言う事で、わたしたちは、その場を後にしたのだった。


*****


地下水路は、地形の変化に合わせて複雑にねじれ曲がっていた。


しかも分岐が多いから、目印が無いと、アッと言う間に迷ってしまうのだけど。


ジントは水路の系統図を効率的に記憶しているらしい。時々、横道に入って「この辺だと、まだまだだな」とか言いながら、見当を付けている。聞いてみれば、ルートを良く知っていた母親から、叩きこまれたのだそうだ。将来の稼ぎに困らないように。


――コソ泥の親から子供へ、という点で、ビミョウな気持ちには、なるけれど……


やたらと混乱しそうな横道だらけの難所をクリアした後、再び、わたしたちは単純な直線ルートに入った。傾きが急角度になっていて、この辺が『茜離宮』の周りを巡る丘の傾斜だと分かる。


――じきに、『茜離宮』の外苑の城壁をくぐるのだろう。不思議な気持ちだ。


わたしは急に思いついた事があって、ジントに質問を投げた。しゃがれて歪んでしまった声での声掛けだけどね。


「図書室で3日間、何だか背後霊が居るっぽいって思ったんだけど、アレ、ジントだったの?」

「そーだよ。《隠蔽魔法》使いまくってたけど、ドンピシャで顔を向けて来るから、こっちが見えてんのかよって、度々ギョッとしてたぜ」


ジントの回答は、明快だった。やっぱり、あの愉快で不思議な気配、ジントだったんだ。


「そう言えば、ルーリー。ルーリーの後を尾行してるスパイが居たぜ」

「げッ?!」

「そのポシェットに手ぇ突っ込もうとしてたから、『何やってんだよ』って声を掛けておいたよ。ヤツは、シュバッと去ってった。よっぽど、ルーリーにバレると、マズかったんだろうぜ。ケッ」


――何だか、不気味だ。わたしのポシェットに、盗むような物なんて入って無いし……


メルちゃんも、『あの時か』と思い出したみたいで、キュッと眉根をひそめている。


「という事は『ルーリーお手製の髪紐』を盗もうとしてたって事よね。とっちめなくちゃ。そいつ、誰よ?」

「知らねぇ。黒狼種の隊士の格好をしてるって事だけだよ。オレだって、隊士の全員を知ってる訳じゃねぇしな。あぁ、でもそいつ、貴種だぜ。漆黒の髪で背が高い。あの身のこなしからすると、剣の腕は上等な方だろうな」


――何だか、既視感のあるような身体特徴だなぁ。


でも、クレドさんの筈は無いよね。漆黒の毛髪の貴種で、隊士をやってるなんて、珍しくない方だろうし。


灰褐色の毛髪の少年ジントの話は続いた。


「そいつ、あんまり熱心なスパイって訳でもねぇ。何かの折に、ルーリーが髪紐を作ってるって話を小耳に挟んで、やって来たんだろ。ルーリーぐらい強ぇ魔法使いなら、お手製の魔法陣スコアも相当に高くなる筈だから、もらえるなら、もらっとこうって言うような、まさに『コソ泥』って根性が透けて見えてたしな」


――わお。さすが、コソ泥の少年ジント。同じような魂胆の持ち主って分かるんだ。


「おぅ。コソ泥ってのは、同業者の気配に鋭くねぇと、やってけねぇしな」


ジントは、思案深げに灰褐色のウルフ尾を一振りした後、更に目撃した事などを付け加えて来た。


その謎の不真面目なスパイ――漆黒の毛髪の貴種で、隊士――は、わたしとメルちゃんがチャンスさんを追いかけて図書室を出て行った後は、尾行して来ていないと言う。


ゆえに今回は、『隊士』や『魔法使い』などの不安要素が無くなったという、これ以上ない程の、好機になった。それでジントは、わたしたちの前に姿を現して、事情を話す事にしたと言う訳。


メルちゃんが、フムフムと頷いている。理解の早い子だ。賢いね。


「ジントは、出来るだけ早く、お母さんの復讐をするつもりなのね。詳しい事を教えてくれれば、わたしも、知り合いやお友達に声かけて、怪しい人を見なかったか聞いておいてあげるわ」


ジントは、ビックリしたような顔で、メルちゃんを振り返った。『ちょっと良い所の町娘』なメルちゃんを、シゲシゲと眺めている。やがてジントは、そそくさと前方に顔を向けながら――ポツリと呟いた。


「有難いよ。今まで、1人だったからな」



そこには――母親を急に亡くして、途方に暮れた1人の子供が、居たのだった。



一方で、わたしは。不意に、ジントの将来が気になり出した。


今、ジントは、母親を殺した犯人を突き止めて、やっつけようとしている所だ。その思いだけで、1人で無茶をして生きてきた――と言うような危うさが感じられる。


首尾よく、犯人を突き止めたとして。


どうやって仕返しするのかは分からないけど、痛い目に遭わせたりするんだろうなというのは、確実だ。究極的には、やるかやられるか――つまり、返り討ちされるか、命を取るか、という事になる訳だけど。


ジントは、万が一、母親の復讐に成功したとして――その後は、何を生きがいに生きていくのだろう?


まだ年端も行かぬ少年だし、この後の人生は、間違いなく、長く続く。ジントは、殺人の類の前科が付いたコソ泥として、その一生を終える事になるんだろうか?



不意に、バーディー師匠の述懐が、思い出された。


――そもそも、人ひとりの生と死を変えるのは、難しいものじゃよ――


――本人の意識が生まれ変わらぬ限り、どれほど外界の環境を整えても『大いなる彼方』には到達せぬ――


――因縁とは、過去と現在を結ぶ人の心が作る物。天球は、劫初と終極の『界(カイ)』を『刻』として指し示すだけで、それをどう結ぶかは、人次第じゃ――


*****


黙々と、更に急傾斜となった水路を登り続ける。


転移魔法陣を経由しないから、やはり時間が掛かる。


地下水路なだけあって、壁も床もジットリと湿っている。夜間になって使用水量が減ったのだろう、水位は相応に下がっていたものの、それでも、水流に足を突っ込んでみると、余裕で膝丈の上まで来るレベルだ。


水流を外れている壁の出っ張りに足を掛けてシッカリと踏ん張る。爪を壁に立てておかないと、ツルツル滑り落ちてしまいそう。


そろそろ、『茜離宮』の外苑を成す、丘の上に出る頃だろうか。地下に居るから天球の様子は分からないけど、真夜中の刻は、とっくの昔に過ぎ去った、と言って良い時間帯に違いない。



わたしは、思わず――魔法の詠唱を口ずさんでいた。魔法は出来ないけれども。


そして――急に、理解できた。魔法の詠唱の本質は『祈り』なのだ、という事が。


――《星界天秤(アストライア)》の御名(みな)の下に。宿命は生を贈与して、運命は死を贈与する。しかしこれら二つのものは、一つの命の軌道を辿る――

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