謎の少年、遂に現る
やがて、灰褐色の少年が大きく息をついて、ムクリと身を起こした。
今、気が付いたけど――この少年、隊士の紺色マントをまとっている。訓練隊士かな。
――誰だか知らないけど助けてくれて、有難う。アチコチ擦りむいてるけど、大丈夫?
「おぅ」
わたしは目下、まともな声が出せないので『狼体』の時の喋り方になってしまうけれど、少年は、すぐに了解してくれたらしい。
少年は疲れた顔をしては居たけれど、キラキラと目を輝かせていた。力の限りを尽くして救出に成功したと言う事実が誇らしいらしい。美少女なメルちゃんが、尊敬の眼差しを向けているのも大きいのかもね。
「凄いパラシュートだったわ! 大人でもあんなに飛べないと思うけど、《風霊相》だよね」
――パラシュート?
首を傾げていると、メルちゃんが口早に説明してくれた。
この少年、隊士の紺色マントをパラシュートにして、魔法の風を起こして、此処までフワフワと漂って行ってくれたと言う。
元々、隊士の紺色マントには、そういう魔法のパラシュートの機能があるんだけど、この機能を使えるのは《風霊相》生まれの隊士、それも『斥候&伝令』として、特に素質がある者のみだとか。わお、すごい。
――あ、そうだ、自己紹介しないとね。
少年は意味深そうに、ニヤリと笑みを見せて来た。
「知ってるから、えぇよ。姉ちゃんが『水のルーリエ』、通称ルーリー。で、こっちが『水のメルセデス』、通称メル、だろ」
――その通り。何か、数日前? わたしが此処に来た最初の日から、何となく近くに居たでしょ?
「おぅ。オレは『風のジント』ってんだ。混血」
――じゃあ、わたしと同じだね。父親がイヌ族で、母親がウルフ族。
お互いの自己紹介が一段落したところで――
メルちゃんが、改めて見張り塔の方向を眺めた。
「それにしても、いったい何が起きたの? ザリガニも、レオ闘獣も、あのクマのオジサンも居なくなるなんて」
少年ジントのニヤニヤ笑いが、いっそう大きくなった。
「原因は、あのランジェリー・ダンスの店の香水瓶だよ。直前に、オレがルーリーのポシェットから頂いてたんだけど、いや、あんなに効果があるなんて思わなかったら、こっちもビックリしたぜ」
ジント少年いわく。
わたしたちが静電気ショックの罠に引っ掛かる前、わたしのポシェットから、2本の香水瓶をスリ取っていた。スリの腕前は、なかなかの物だと自画自賛。
香水瓶に入っていた液体の色は、一方が無色透明で、一方が黒。これ程に色彩の差があると、『混ぜるな危険』のパターンになるのが、ほとんど。媚薬入りの香水瓶では、共通のルールだ。媚薬を服用して行為に及ぶ客が多いので、予期せぬ事故を防ぐため、こうして色彩ごとに分けている。
わたしたちが空中牢屋に閉じ込められたのを確認した後、ジント少年は、ザリガニ牧場で2本の香水瓶の封を切り、『混ぜるな危険』をやった。
2本の香水瓶の成分が混じり合うと、想定外の強烈な媚薬になる。最大で10倍から20倍の効果になる。人体には危険だけど、『ザリガニ型モンスター』に対して、どういう効果があるかは未知数だった。でも、クマ族の男たちの注意を引く程度には、混乱を起こせる筈。
ジント少年は魔法の風を起こし、自身は見張り塔の上に登って成分を吸わないようにして、媚薬成分が地上を這うように工作した。媚薬成分はザリガニ牧場の全体に広がり、あっと言う間に消費されて行った。見張り塔の下層部分にも溜まって行った。
実際は、『混ぜるな危険』の効果は、100倍を超える『大当たり』だった。
――そんな大当たり、クジで当たっても嬉しくないッ!
かくして。
過剰にハッスルした『ザリガニ型モンスター』は、鉄格子を破り、更なる媚薬成分を求めて見張り塔を攻撃し、内部に乱入。ザリガニを追っていた、『レオ闘獣』も同様だ。過剰な効果を持つ媚薬成分は、バーサーク化ドラッグとしての作用を持ってしまっていた。
クマ族の2人組もまた、バーサーク化し、ご存知のような狂乱状態に。どうやら元々、体内エーテル許容量の底が、とても浅いタイプだったらしい。『人間としての底が浅い』とも言うけれど。
見張り塔を完膚なきまでに破壊した総バーサーク化の大群は、バーサーク化したが故の、更なる血の臭いを欲して、『茜離宮』城下町へと繰り出している所だ。
ケビン少年とユーゴ少年は充分に先を取ったし、あれで頭は良いから、スマートに逃げ切って、隊士たちに上手く通報してくれる筈だ。『茜離宮』城下町の住民たちは、再びモンスター襲撃にさらされる事になるから申し訳ないが、今度は偽物ブランドのモンスターだから、それ程、問題にはならないと断言できる。
問題になるようだったら、逆に、ウルフ族の隊士の戦闘能力を問われるレベル。むしろ、バーサーク化クマ族の2人組と、バーサーク化した『レオ闘獣』5体を捕獲する方が難しいと思うが……
そこまでは、ジント少年としては対応できないから、考えない事にしているという訳だ。
*****
わたしたちは全身のズキズキした痛みが更に鎮まったところで、行動を開始した。
見覚えのある天然の船着き場に到着してみると――わたしたちが乗って来ていた渡し舟が、待っていた。
ジントが辺りをキョロキョロ見回し、「あ、そういう事か」と呟く。
川岸に生えていた樹木の枝――それも大きめの物が、スパッと切り落とされている。切り口には、《地魔法》特有の黒いエーテルの残光が、まだ漂っていた。《地霊相》生まれなユーゴ君が、《地魔法》の刃で切り落としたに違いない。
ケビン君とユーゴ君は、大きめの枝を切り落とし、それを浮きの代わりにして、運河を泳いで渡って行ったのだ。成る程ねぇ。
バーサーク化した大群の方は、運河の幅が狭く通過しやすい迂回路を取るという選択が、頭に思い浮かばなかったらしい。『茜離宮』城下町に向かって一直線になっているコースの方が、メチャクチャに踏み荒らされていた。
対岸にある運河の欄干も、広い幅に渡って破壊されている。バーサーク化した大群は、そのまま、一直線に城下町に乗り込んだらしく、最前線にあった哀れな小屋や倉庫が粉々になっていた。
対岸の最寄りの街区では、早くも叫び声や爆音と言った、戦闘に付き物の騒音が鳴り響いている。或る意味、分かりやすいと言うか……
わたしたちは渡し舟に乗り込むと、再びメルちゃんの《水魔法》でもって、スイーッと、元々の桟橋へと移動して行った。こっちの方は、バーサーク化した大群の襲撃コースから外れていたお蔭で、被害は無く、静かだ。
*****
桟橋に上陸すると、早速、ジントのお腹がキュルキュル鳴り出した。男の子だし、魔法をいっぱい使ってたもんね。
わたしのポシェットの中に、まだドライフルーツが残っていた。1セット差し出す。これでドライフルーツ類も空っぽになってしまったけど、とりあえず城下町に生還できたから、良しとする所。
――『風のジント』には、聞きたい事が一杯ある。例えば。
わたしが此処に来た最初の日、日暮れの病室の窓から、子狼の姿で窺って来てたよね?
それに、色々な場所で、不思議な出没を繰り返していた。
喉を噛み切られた衛兵さんの死体が出て来た現場とか。狼男マーロウさんに追われていた時、『炭酸スイカ』で足止めをしてくれたとか。最近は、モンスター襲撃の《魔王起点》の所で、木の上で《緊急アラート魔法》を発動したりとか。
ジントは、ドライフルーツを腹に収めながらも、いちいち、「おぅ」と頷いて来た。全部、正解。
「実は、最初の時から、ずっと話しかけようと思ってたんだよ。でも、ルーリーは連日トラブルだらけだし。上級魔法使いと中級魔法使いの目が光ってて、近付けなかったし。魔法使いが居なくなったと思ったら、斥候がガードしてるしさ」
――その『斥候』って、クレドさんの事だよね。
「おぅ。第一王子の直属の斥候、『風のクレド』。知ってるヤツはピンと来る。いつも居るのか居ないのか分からないくせに、いつの間にか出動してる。あの巨大ダニ型モンスターを討伐できるレベルの腕前とは思わなかったから、あの時は、このままボヤボヤしてたら、本気で捕まるからマズイって悟ったぜ。裏道のコソ泥が近付いて良い相手じゃねぇよ」
ジントは、クレドさんの強さを認めるのは癪に障るみたいで、「チェッ」と舌打ちしている。
「それにルーリー、あいつと《盟約》しただろうが。クレドの本来の戦闘力スコアは、親衛隊士としては平均的なレベルなんだ。魔法道具の隊商のリーダーを速攻で余裕で仕留めるなんて有り得ねえ。『宝珠メリット』、でか過ぎるぜ」
――そうだったっけ? 見てたの?
「チラッとだけ。《隠蔽魔法》で忍び込んで見物してた。大魔法使いの秘密保持が掛かってないポイントだったし」
メルちゃんは、興味深そうにフンフンと頷いている。
そうしているうちに、次の街角に到達した。ジントが早速『止まれ』の合図を出す。
「この先の通り、戒厳令下だぜ。突っ切るのは出来ねぇな」
目的地『茜離宮』に直結する、ひとつ先の街角で、対モンスター強度レベルの《防壁》が立っている。まさに『ザリガニ型モンスター』の討伐現場となっていて、紺色マントの隊士たちが、ひっきりなしに行き交っていた。成る程。
メルちゃんが、不思議そうに首を傾げる。
「ジントは、隊士に見つかりたくないのね?」
「おぅ。オレは金髪王子の暗殺には関わってねぇんだけど、何でか容疑者って事になってさ。ザッカーとクレドの部隊に見つかった時、死ぬほど追われたんだ。二度と思い出したくねぇし、奴らの顔を見てギョッとしたくねぇよ」
ジントは、わたしとメルちゃんを、別の細道に案内して行った。『ミラクル☆ハート☆ラブ』と隣り合う街区の裏道に入ると、その水路へと降りて行く。
水路を成す壁には、ほら穴のようなトンネルが幾つも設けられている。方々からやって来る下水を受けて、水路に流すスタイルだ。
ジントは、勝手知ったるといった様子で、トンネルのひとつに入って行く。大の男には狭いけど、わたしたちは小柄だから、ちょっと腰をかがめるだけで楽にトンネル内部を行き来できるという風だ。
「この地下トンネルを登って行けば、誰にもバレずに『茜離宮』の外苑に出られるぜ。オレしか知らないルートだよ」
「地下迷宮みたいね」
メルちゃんが目をキラキラさせている。ジントとメルちゃんの『魔法の杖』が、早速、夜間照明の光を放ち始めた。足元では、意外に水量の多い下水が流れ続けている。




