大暴走と大脱出(前)
メルちゃんが、真っ赤になって激怒している。
「もう、もう、こんな事になるとは思わなかったわ! あの『火のチャンス』、今度会ったらタダじゃ置かない! 殴り倒して、しばき倒して、押し倒して、『炭酸スイカ』で投げ倒してやるから!」
メルちゃんのふんわかした黒髪は、静電気ショックのせいで、変なパンチパーマと化していた。
「あの『怪人・夜光男』を本気でブッ殺すなら、列に並ばなくちゃダメだよ」
「そうそう、メルちゃんは3番目だからね」
応じて来たのは、メルちゃんと同い年の、2人のウルフ少年だ。片方が金髪で、もう片方が黒髪。
*****
――此処は、見張り塔の最上部の梁から吊り下げられた、巨大な鳥籠のような、空中牢屋。この見張り塔は、天井部分が無くて、完全なる吹き抜け構造だから、この空中牢屋は文字通り、『野ざらしの鳥籠』ってところだ。
何と、先客が居た。
今朝から行方不明になっていた、ケビン君とユーゴ君だ。2人とも、やはり奇妙なパンチパーマ風のヘアスタイルだ。金髪と黒髪が、双子みたいにパンチパーマで揃えてあるので、ちょっとした見ものではある。
ケビン君とユーゴ君も、朝市でチャンスさんの怪しい行動を発見し、追跡していた。そして、わたしたちと同じように静電気ショックの罠に引っ掛かって、『とりあえず』、この空中牢屋に押し込められていたのだった。
空中牢屋には、エーテル魔法を遮断する仕掛けが付いていた。空中牢屋に閉じ込められたところで、『魔法の杖』が使用不可になったと言う。
――ユーゴ君も、姉のサスキアさんと、連絡が付かない筈だよ!
即座に殺されなかったのは、本当に幸いだったと思う。全員まだ子供だし、人身売買マーケットに売り払った方が、よほど金になるからに違いない。近い将来の運命を想像すると、到底ラッキーとは言えないにしても……
美少女なメルちゃんは、別ルートの嫌な目に遭う可能性もあったのだけど。
想定外の静電気ショックのお蔭で、メルちゃんも、わたしと同じように痺れまくり、ヨダレ垂らしまくりの変顔になっていたので、クマ族の男たちの、そっち方面の好奇心を刺激しなかったようなのだ。
*****
ケビン君が、暗い顔をしながら解説して来た。金色のウルフ耳が、ゲッソリとヘタレている。
「あの静電気ショックの罠、静電気を提供したのは、あの『怪人・夜光男』のチャンスなんだよ。あのクマ族の2人、ラガーとゾロが笑いながら話してた。フィリス先生は、静電気をタップリ流し過ぎちゃったんだね」
――うーん。回り回って、こういう結果につながるとはねぇ。この世は驚きで満ちている。
記憶喪失だけど、わたしが、此処では一番の年上だ。シッカリしないと。
どうしたものかと頭を抱えると、静電気ショックでパンチパーマ風になった髪の毛に、手が触れた。わたしが一番、スゴイ恰好だろうな。『炭酸スイカ』カラーリングで、そのうえに、即席パンチパーマだし。
次に身体をアチコチ探ると。
ポシェットに手が触れた。あ。夜の屋台でゲットした、ドライフルーツ類とナッツ類、まだ残ってたっけ。ナッツ類の方は、まだ封を切って無いから……
ユーゴ君のお腹が、キュルキュル鳴っている。ケビン君もゲッソリした様子だ。朝から何も食べていなかったに違いない。成長期を控えた男の子に、これはキツイだろう。
「ナッツ類があるから、取りあえず食べて。ドライフルーツも、まだ半分以上は残ってるから、少しずつと言う事で……良いよね、メルちゃん?」
メルちゃんも、コックリ頷いて来てくれた。
ケビン君とユーゴ君は、早速、目をキラーンとさせて、ナッツ類を食べ始めた。さすが男の子だ。お腹に物が入ると、だんだん元気になって来たらしい。
金髪と黒髪のウルフ少年コンビは、気分が落ち着いて来たのか、2人で探り出した事を口々に説明し始めた。
――此処は、やはり、ウルフ族の飛び地領土とクマ族の飛び地領土との、緩衝地帯だった。
この見張り塔は、本物の遺跡。その頑丈さを生かして、鉄格子で囲ったザリガニ牧場の要としている。ちなみに、このザリガニ牧場は、闇ギルド御用達の、違法のザリガニ牧場だ(クマ族の2人組、ラガーとゾロが、そう言ったから間違いない)。
違法ザリガニ牧場を運営しているのは、クマ族のチンピラたちだ。10人か、そこらの仲間が居る。『茜離宮』城下町に立った『モンスター商品マーケット』からモンスター肉を横流しして来て、ザリガニに食わせて育成しているところなのだ。
くだんの金髪イヌ族の不良プータロー『火のチャンス』は、静電気ショックの罠に協力している。更に、モンスター肉を横流しする専門の業者との連絡係もやっているらしいが、それ以上の悪事を、チャンスがやっているかどうかは、分からない。
近々、闇市場で、『ザリガニ型モンスター』の取引が始まる。此処に集められているザリガニは、そのために育成されている。
牧場でザリガニを追ってるのは『闘獣』。元・レオ族のライオンな『闘獣』が、5匹、居る。
本物の高級ブランド品は、《魔王起点》から沸いて来た『ザリガニ型モンスター』なんだけど、此処に居る不良クマ族たちは、この偽物なブランド品を水増しして投入して、儲けをかすめ取る予定だとか……
――うーむ。せこい。
何とも『せこい所業』だけど……儲けは意外に大きそうだし、れっきとした犯罪だ。どうした物か。
再び、ケビン君とユーゴ君が、ひもじそうな顔で見つめて来たので、ドライフルーツを1セットずつ分ける。ついでに、お腹が空いて来たメルちゃんにも。
わたしは既に16歳で、身体が完成しているせいか、余りお腹が空かないんだよね。魔法も使ってないし。
――あれ。何か、足りないような気がする。
「何が足りないって? ルーリー?」
メルちゃんが、不思議そうに聞いて来た。
――えーと、香水瓶だったっけ? クジ引きの。2個とも、何処かに落としちゃったみたい。クマ族の2人組、ラガーとゾロだっけ。乱暴に運ばれたからね。
「あ、ホントだ。ランジェリー・ダンスのお店の香水瓶が……」
「そんな所へ、何しに行ってたんだよ?」
「ろくでなしのチャンスが、入ってったからよ」
「なるほど~」
わお。チャンスさんの名前、此処でも説得力、満点だ。スゴイ。
――うおぉぉおおおん。わおぉおおぉぉん。
――ガシャ、ガタン。ドスン、ゴシャン。バスン。ドス、ドス、ドス……
おや? 何やら、この見張り塔の下の方で、騒いでいるような……
「何だろ?」
ケビン君とユーゴ君が、ヒョイと下の方をのぞき込んだ。鳥籠さながらの空中牢屋が、ガクンと揺れる。
――うわ、わたし、遥かな下の方が見えるとダメなの!
ピシッと全身が強張った。高所トラウマ発動だ。もう、イヤ。
「おぉ?!」
「何か、すげー! ワッ、扉が吹き飛んだ!」
すぐに『ガシャーン』という大音響が響いた。ホントに扉が吹っ飛んで倒れたらしい。
ザザザザッ、という轟音と振動が続き、ゴゴゴ……という騒音と共に、見張り塔の全体が揺れ始めた。
――何が起きてるの?!
「巨大ザリガニの大群だ! 入って来た! 目玉が真っ赤……攻撃モードだ!」
「レオ闘獣じゃねぇか! ザリガニを追ってる牧場用の闘獣が、5匹、全員、居る!」
再び、鳥籠スタイルな空中牢屋が、グランと揺れた。そして『ガチャ』と音を立てた。
「おい、ロックを解除したぞ! この見張り塔は崩れる! 出ろ!」
――何?!
ケビン君とユーゴ君が仰天しながらも、頭上を振り仰ぐ。見知らぬ声は頭上から降って来たのだ。
見ると。
あの灰褐色の毛髪をしたウルフ族少年が、サーカスの軽業師さながらに、空中牢屋の上部に取り付いていた。隊士の紺色マントをまとっている。
灰褐色の少年が再び『魔法の杖』を振るうと、空中牢屋の上部パーツが、半分ほど、バチンと音を立てながら吹き飛んだ。
吹き飛んだ上部パーツは、遥かな下の方へ――見張り塔の基底床へと落ちて行った。巨大ザリガニと、レオ族『闘獣』が、押し合いへし合いして大混乱している、その真ん中に。
「ガウ、ガウ、ガウ~ッ」
「ぐぉおおぉ」
ゾロとラガーの物と思しき、クマ族の不良な2人組の――呻き声とも悲鳴ともつかぬ、怪獣さながらの重低音の雄たけびが上がって来る。
それに重なっているのは、空中牢屋のパーツの一部だった物の、『ゴキ、バキ、ベキ……』という、背筋の寒くなるような怪音。ハッスルしたクマ族ならではの、信じがたいまでの怪力で、メチャクチャに折り曲げられて、『ご臨終』しているのだ。
――バーサーク化している!




