怪しき行き先を突き止めて(後)
――チャンスさんは、何処へ消えたんだろう?
城下町の中では、夜間照明が一杯あって、追跡も楽だったけど。
こんな端っこまで来ると、本当に真っ暗だ。季節の変わり目のせいか、雲が多いから、星明りも頼りない。
草ボウボウで、ヤブだらけ、岩だらけで足場は悪いから、幾ら大の男の脚力を持つチャンスさんでも、そんなに遠くまで行って無い筈なんだけど。
地面に鼻を近付けて、ウルフ族ならではの嗅覚が、チャンスさんの痕跡を拾ってくれるかどうか、試してみる。
「あッ、あっちで、何か物音がした」
メルちゃんの黒いウルフ耳が、ピコピコッと動いた。いつの間にか、あのパーティー仮装用と思しき派手な耳覆いを、取り外してあったようだ。『人類の耳』よりも数倍は感度が良いし、超音波も拾ってくれるから、羨ましい限りだ。
背の高い草に身を隠し、ヤブの中をスリ抜けながら、音源へと素早く接近する。小柄な体格って、こんな時は便利だね。
足場は、やはり悪い。ゴツゴツとした岩石が剥き出しになっていて、その隙間に土が溜まり、そこに辛うじて、荒れ地に強いヤブや低木類が固まって生えている、という感じの土地だ。
ヤブの途中で、チャンスさんがへし折って行ったと思しき、新しい乱れが見つかった。
やがて、わたしの『人類の耳』でも捉えられる物音が響いて来た。
――鉄格子の『ガタガタ』と言う音に重なって、ガシャガシャ……と、硬くて、ザラつくような音が、やけに広範囲から響いて来る。大型の動物が居るのか、唸り声も聞こえて来る。
穏やかな場所じゃ無いらしい。
一気に、総毛立った。嫌な感じがする。
メルちゃんも同じみたいで、慎重な動きへと変化した。最寄りのヤブと思しき茂みに身を隠し、コッソリと窺う。
そこに、あるのは――牧場みたいな施設だ。沼の臭いがする。
沼の周りを頑丈な鉄格子で囲っているらしい。鉄格子の内側で、何やら、多足タイプの昆虫型の怪物みたいな影が押し合いへし合い、ガシャガシャと言うザラつくような音響を立てている。
時折、チカチカと光るのは目玉だろうか。2ツ目を持つ、人体よりもずっと大きなサイズの怪物のように見える。
ハッキリと断定できないけど、赤黒い不気味な色合いをしているようだ。それに、ドロリとしたような血の臭いも漂っている。何が起こっているのか、闇で詳細が分からないだけに、ホラーだ。
鉄格子が切れている場所をカバーするように、大きな見張り塔のような円柱形の塔が立っている。闇の中でも、意外にドッシリと安定感のある造りが窺えた。
中世の頃は現役だった、本物の見張り塔みたい。此処は、緩衝地帯なんだ。今の国境線が確定した段階で、打ち捨てられたんだろう。
*****
やがて、円柱形の塔の、倉庫の扉みたいな巨大扉が、『ガシャン』と音を立てて開く。
5人から6人くらいの、クマ族の男たちと思しき特徴的な人影が続々と出て来た。鉄鎖を束ねて、肩に掛けているのが分かる。さすがクマ族の男と言うべきか、怪力だ。
――ドロリとした血の臭いがドッと溢れて来た。この重い臭い、最近、嗅いだ事がある――
これ、もしかしなくても、血の滴るモンスター肉の臭いだ。
6人組ほどのクマ族の人影が消えた後。
続いて、クマ族と思しき2人組の影が扉の内側から現れた。次に、ボワッとした不思議な髪型をした、青白くバチバチと光るイヌ科の人影が現れる。チャンスさんだ。
クマ族2人と、チャンスさんは、何やら、両手で抱えるサイズの大きな箱をやり取りしている。何が入ってるんだろうか。箱を受け取ったチャンスさんの様子からすると、ズッシリとした重さがあるようだ。
チャンスさんは暫しの間、箱をクルクルと回すと、大柄なイヌ族の男ならではの筋力を発揮して、ヒョイと担ぎ上げた。箱にロープをセットして、背負い袋みたいに担げるようにしたらしい。
程なくして、2人組のクマ族と、『怪人・夜光男』なチャンスさんは、ひどく崩れた敬礼を交わす。
クマ族の2人組は扉の内側へと消え、扉が『ガシャーン』と音を立てて、閉じられた。
チャンスさんは、全身から赤いエーテル光を放ち始めた。《変身魔法》だ。見る間に、赤いエーテル光の人影が変形し、立ち耳と巻き尾を持つ、大型犬の形となる。
次の瞬間、そこには、金色の毛皮をした、大きな『犬体』が出現していたのだった。人体を余裕で上回るような、堂々たるサイズだ。
ただし、全身は静電気を帯びてボーッと青白く光っており、バチバチと火花を立てている。自慢なのであろう金色の毛皮の方も奇妙にボワッとしていて、間が抜けている風だ。
背中に背負った箱の方は、サイズが大きすぎたのか、そのまま身体を取り巻くエーテルのモヤには溶け込めなかったらしい。見た目、大きな犬が、箱をロープでくくって背負っているスタイルだ。
金色のボワッとした毛皮をした大きな雑種犬は、まさにチャンスさんならではのヒョイヒョイとした足取りで、あっと言う間にその場を離れて行った。
方向からすると、川を下って、運河の側から再びウルフ王国に入国するつもりだろうと分かる。
犬には『犬かき』という泳ぎ方がある。流れの遅い運河を渡るのは、あのような荷物を抱えていても簡単。毛皮は濡れるけれど、今日は気温が高いから、そんなに気にならない筈だ。
この付近ではクマ族が多い――という事実を考えてみると、此処は、クマ族が支配する飛び地領土との緩衝地帯、という事になるらしい。
あのクマ族たちも割とヨロシク無い事をやってるみたいだから、ウルフ族なわたしたちを見かけても、クマ族の側の公的機関に、領土侵入やら何やらの名目で即座に突き出す、ような事はしないと思うけど……
――此処、いったい何をしている所なんだろう?
心臓をドキドキさせながらも、慎重に、怪しい音源との境界となっているらしい鉄格子に、近づく。メルちゃんの持っている『魔法の杖』が、コッソリと夜間照明の光を放った。
「で、でかい、ザリガニ……」
メルちゃんが絶句する。
わたしとメルちゃんは――呆然と、立ち尽くすのみだ。
人体サイズを遥かに超える、信じがたいまでの大型の、赤黒いザリガニの大群が、鉄格子の内側で押し合いへし合いしている。沼地を囲い込んでいるのも納得だ。
――ザリガニ牧場なんだ。
でも普通、ザリガニは、此処まで大きくならない。モンスター肉を食わせて、超大型化させているのに違いない。
大部分のザリガニたちが、旺盛に脱皮している。脱皮するたびに一回り大きくなる筈だ。ガシャガシャと言う硬い音は、ひっきりなしに続いている。大型化して行くスピードが、指数関数的に加速しているって事だと思う。
――このザリガニたち、『ザリガニ型モンスター』に進化しているよね……
不吉な予感が、ジワジワと湧き上がって来た。これ、ウルフ王国の隊士たちに知らせるべき事態だと思う。この『ザリガニ型モンスター』が、更に大型化して、狂暴化して、鉄格子を破って暴走するような事態になったら……
メルちゃんとわたしは、ジワジワと後ずさった。後ずさって行って――
不気味な『ザリガニ型モンスター』の大群に気を取られていたのが、マズかった。
――バチ、バチ、バチッ!
一歩、足を踏み間違えた瞬間、身体全身をつんざくような静電気ショックが走った。ビックリするような火花が立ち、大音響と共に、辺り一帯が明るくなる。
「バレた!」
――逃げろ!
メルちゃんとわたしは、回れ右で逃げ出した――けど、逃げられなかった。
静電気ショックは意外に強烈で――メルちゃんとわたしは、身体全身が痺れて、転倒してしまったのだ。
「誰でぃ! 泥棒め!」
古い見張り塔の、大きくて重そうな扉が、『ガシャーン』と開き。
2人組の巨人のようなクマ族が、手に『警棒』タイプの魔法の杖を構えて、現れたのだった。




