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予期せぬ遭遇そして尾行(後)

――『茜離宮』城下町の大通り。


わたしたちが転移して行った先は、大通りに面する転移ターミナルだった。わたしたちと同様に、方々から転移して来た人々が、次々に小間の扉を開けて出て来る。


大通りに出てみると。


広い幅を備えた大通りの端から端まで、モンスター関連マーケットが立っている。夕方が始まる刻になっていたけれど、夏を思わせる陽気な暑熱が残っていた。


他種族のモンスター関連業者が多く行き交っていて、にわか国際マーケットと言う風。夜間も熱気が続くだろうと言う賑やかさだ。モンスター肉やらモンスター骨やらを乗せた大型台車も、盛んに行き来している。


一度、交差点の真ん中で大きな台車同士がぶつかって、荷台から、あの蛍光レッドのムカデ型モンスターの死骸がバラバラ落ちて来た時は、ホントにビックリしちゃったよ。一体どんな商品に変身するのだろうと思うと、今から背筋がゾワゾワして来る。



「あいつ、居た! ランジェリー・ダンスの店に入って行く!」


メルちゃんが目ざとくも、チャンスさんを発見した。わたしもメルちゃんの後を追って行く。



噂のランジェリー・ダンスの店、『盛り場の一等地にある』という話は本当だった。


大通りの隣にある盛り場――と言う絶好のポジションに『ミラクル☆ハート☆ラブ』という大きな看板を掲げた大きな店が、デデンと建っている。ダンスホールとカジノ、ゲームセンター、それにレストランと酒バーが、入り乱れて入っているような雰囲気のお店だ。


この時間から早くも、多くのお客さんを迎えている。営業内容からして、夕方からお店が開くのは当然なんだろうけど、繁盛してるなあ。


建物全体は、『大人向けの遊園地な雰囲気』というのか、キャンディ・カラーのポップなシマシマ模様や水玉模様が付いている。そして、真っ赤なハート模様が散らばっている。如何にも『その手のお店』という感じ。なおかつ、周りを、如何にも『その手のラブホテル』といった建物が取り巻いている。


盛り場とされている街区は、一般の商業街区と、街路樹や水路でキッチリ分けられているし、建物の色がすごく違うから、良く分かる。一般の商業街区は、生成り色を中心とした様々な色合いのアースカラーに統一されているんだよね。



チャンスさんは、あの怪しい金融魔法陣がセットされている工芸ボードを抱えたまま、『ミラクル☆ハート☆ラブ』に入って行った。


ただし、チャンスさんは何を気取っているのか、正面の入り口では無く、その脇の――細い通路に入った所にある、少し小さい入り口から、コソコソと入って行く。


でも、この事実は、メルちゃんとわたしにとっては、限りなく好都合だ。目立たずに入れる。コソコソしたいお客さんが使ってる入り口だ。


明らかに従業員と思しき、酒バーやレストランの給仕ユニフォームをまとった人も出入りしてる。何故に給仕ユニフォームと分かったのかと言うと、若い女性がメイドさんの格好なんだよね。ただし、ミニスカートだったり、網タイツだったり、ビキニ型だったりする。


ウサギ族の場合はバニーガール風で、ネコ族の場合はキャットガール風だ。信じがたいことに、クマ族やウルフ族、レオ族のためのユニフォームもあった。


しかも、髪型も髪色も奇抜だ。パンチパーマ、トサカ・スタイルの盛り上げ髪型、宇宙人みたいな髪型、それに蛍光カラーのシリーズ。


此処では、三角巾を取った方が目立たないようだ。わたしは三角巾を取り、真っ赤な『花房』付きヘッドドレスと、『炭酸スイカ』カラーな頭部をさらす事にしたのだった。


メルちゃんは、蛍光ピンクに白い水玉が付いた、金銀ラメもタップリな耳覆いを取り出して、ウルフ耳にかぶせている。こういうのは、冬用の暖かいのがあるんだけど、パーティー仮装用のタイプもあるんだそうだ。


――でも、メルちゃん、こんな妙な仮装道具、いつも持ち歩いてるの……?


*****


出入口から、そろそろと、遂に『ミラクル☆ハート☆ラブ』の中に入る。


お店の中は――赤を帯びたライトアップがされていて、薄暗い。天井のあちこちで回っているミラーボールがチカチカしていて、すごく派手な印象だ。


大広間の所定の場所――特別に段が付けられていて舞台のように高くなっている場所では、ワルっぽいファッションに身を包んだバンドが控えていて、「ヘイヘーイ」と合いの声を掛けながら、騒々しいまでに賑やかな音楽を演奏していた。


良く見ると、本当に舞台だったみたい。段が付けられて高くなっている場所は幾つかあって、中央にポールが設置されている。天井で回っているミラーボールの光も舞台中央部に集中していて、今まさに中央部に出て来たネコ族と思しき女優をピカピカと照らしていた。



「さぁ、お待ちかねの登場だァ! 魔都の女王ピンク・キャット~ォ!」



司会も兼ねているらしい楽団バンドメンバーの1人が、「いぇーい」と威勢よく掛け声を掛けながら、「ジャジャジャーン♪」と、ギター風の楽器をかき鳴らした。


ピンク・キャットがお目当てと思しき客たちが既に客席に着いていて、酒のグラスを酒瓶に当てて拍手代わりの音を出したり、指笛を吹いて演技をオネダリしたりしている。


舞台に登場して来たネコ族の女優は、本当にピンク色を帯びた毛髪だ。染髪料で染めているらしい。


顔面には、スパンコールがきらめく妖艶な黒いマスク。マスクと言うよりは、目鼻立ちを巧みに隠している華麗な装飾品という風だ。それが余計に背徳的な雰囲気を演出している。マスクからは、ハッとするような緑の目がのぞいている。


そして、何とも妖艶な黒い長いマント姿だ。


イントロと思しき、流れるようなメロディに乗って、濃いピンク色の高いハイヒールで、シャナリ(カツン)、シャナリ(カツン)と誘惑的な歩みを披露した後、中央のポールに挑発的な雰囲気で立った。ご丁寧にピンクに染めた尾が、マントの打ち合わせから誘うように出て来て、色っぽく揺らめく。


ピンク・キャットは、徐々に振れ幅が大きくなっていくメロディに合わせて、その黒いマントを脱ぎ始めた。チラチラと見える裏地が赤になっていて、表の黒との対照が鮮やかだ。最初は焦らすように、ゆっくりと脱いでいって――


――最後に大きな身振りをするや、ババーンと黒マントが放られた。回転するミラーボールがタイミング良く、強い光を放射する。


すると、スパンコールに彩られた黒色のスゴイ下着が、虹色に輝きながら現れたのだった。


その瞬間、客席で「おおぉッ!」と、大きなどよめきが上がった。「待ってました!」とか、「ヒュー、ヒュー!」とか言ってる。まさに大歓声だ。


ピンク・キャットの黒いランジェリーは、それだけの見ものとも言える。着ていない方が、よほど慎みがあるんじゃ無いかと思ってしまうような、スゴイ下着だ。


黒いマントの下に黒いランジェリー。濃いピンク色の高いハイヒール。変態のセンスを、いやがうえにも刺激するファッションなのは、間違いない。


天井にセットされているミラーボールが、回転を速めた。


ダンス音楽を担当する楽団バンドの演奏が、いっそう腹に来るような、迫力のある重低音のビートを奏で始めている。ドラムと金物、それに低音域の、ベースギター風な楽器が中心だ。やがて、高音域を担当するリュートやバイオリン、ハープ類が、華やかで速いメロディをスタートさせた。


客席からの歓声に包まれたピンク・キャットは、華麗な装飾に彩られた黒いマスクを――それをつけた顔を――左右に振りながら、同時に身体をくねらせ、クルクルとダンスを踊り出した。


あんなに高いハイヒールを履いているのに、すごいバランス感覚だ。仮面で視界が怪しくなっている筈の中で、何故にコケないのか、全く分からない。


迫力満載なビートの音楽に乗って、ピンク・キャットのダンスは、佳境に入って行った。


中央のポールに脚を絡ませながらも、ピンク色のハイヒールを装着した足先を高く振り上げる。黒い下着の間で、金粉や銀粉をまぶしたのであろう胸の谷間が、妖艶にキラキラと輝いた。背徳的な黒いマスクからのぞく緑の目も、誘惑ポイントが高い。まさに、アブナイ誘惑の、ランジェリー・ダンスだ。


メルちゃんが、唖然としたように呟く。


「よく、あんなに身体が曲がるよね」

「ネコ族だからかも」


わたしは、そう応じるしか無い。


ネコって元々、身体がすごく柔らかいのだ。ピンク・キャットの身体のくねらせ方も、信じられない程の柔軟さがあって、それが余計に色っぽい。時々、ポールから完全に手を放してクルクルとスピンし、美しく脚を交差させて見得を切る一幕もある。あんなに高いハイヒールで、見事にバランスをとっているというのも、さすがプロ、という所だ。



――ハッ! そう言えば、チャンスさんは何処に居るのか?!


メルちゃんも、やっと本来のターゲットを思い出した様子で、大広間の中を見渡す。


意外にも、チャンスさんは、すぐ見つかった。ピンク・キャットの舞台を取り巻く客席に居て、「ゲヘヘ」と笑っている所だ。こういう見ものは、絶対に見逃さないという所が、如何にもチャンスさんらしい。


抜き足、差し足を始めた所で――


「あぁら、あんたたち、初めてのお客さんでしょ?」


――ギョッ。


アブナイまでに胸元を広げた、給仕ユニフォーム姿のイヌ族の女の子が、垂れ耳をピコピコ動かしていた。


給仕ユニフォームのスカート部分はちゃんと長いのだけど、大胆なまでに深いスリットが何本も入っていて、網タイツに包まれた色っぽい脚が、チラチラと丸見えだ。給仕ユニフォームの定番のエプロンも、ちゃんとした布地と言うよりはレース飾りさながらで、ミニスカート丈しか無い。


唖然としていると、イヌ族の女の子は、手持ちのバスケットを差し出した。


「初めてのお客さんには、サービスでプレゼントする事になってるのよ。おひとり様、ひとつずつ、クジ引きで、どうぞぉ」


イヌ族の女の子が差し出して来たバスケットの中を見ると、香水瓶らしき、色とりどりの様々な形の容器で一杯だ。いつだったか、チャンスさんがメルちゃんに差し出して来た、媚薬入りと思しき見覚えのある香水瓶も混ざっている。


とりあえず――最も無難そうな、大人しそうな香水瓶を拾う事にした。フラスコみたいな丸い容器に、透明な液体が入っている。


メルちゃんも同じ事を思ったみたいで、少し思案した後、『これが危なくなさそう』と思ったのか、黒い液体の入った、カッチリとしたデザインの香水瓶を拾っていた。


「熱い夜を、楽しんでねぇ~♪」


イヌ族の女の子は、投げキッスとセールス・トークを振りまいた後、これがお店での定番のスタイルなのか、お尻をフリフリと振るスタイルで歩き去って行ったのだった。


あんなにお尻をフリフリするのだから、バランスを取る尻尾が無かったら、コケてたかも知れない。


さすが、プロだと感心しちゃう。

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