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違和感に満ちた光景

この数日間、病棟に併設されている図書室に通いつつ、髪紐をチマチマと編む作業が続いた。


習慣になって来たから、やがて仕事見習いが再開したメルちゃんも、この時間にわたしが何処に居るのか、パッと了解してくれるようになった。


一方で。


わたしの『魔法の杖』の行方は、杳として知れなかった。


――最初の日に、わたしが出て来たのは、このエリアの外れにあるルーリエ種の噴水広場だったんだけど。


相変わらず『殿下』が作った置き石の楔穴くさびあなの他には、異変は無い状態だ。


そう言えば、後で知った事なんだけど。


あの置き石の裏には、『毒ゴキブリ・モドキ』という、毒ゴキブリによく似た無害な大型昆虫が張り付いていたらしいんだよね。何処にでも居る――珍しくも何とも無い、年中、見かける昆虫。


ヴァイロス殿下の魔法の投げナイフは置き石を貫いていて、その哀れな『毒ゴキブリ・モドキ』は串刺しにされていたみたい。置き石の裏で、腹に大穴を開けられた死骸になって、転がっていたと言う。


これはこれで、不思議なシチュエーションだ。偶然だろうか?


そして。


最近の変化と言えば、シャンゼリンの普通じゃ無い死に方がニュースになった。


更に、シャンゼリンが元・第三王子リクハルド閣下の実の娘だという事実が、ウルフ宮廷の中だけでの話じゃ無くなって、全国的に広まった。


シャンゼリンについて良く知らなかった城下町の方では、大きな衝撃が続いているところだ。レオ族をはじめとする、他種族の間でも――例えば、レオ帝国の親善大使の一行の人々とか。


リクハルド閣下は、実の娘シャンゼリンのやらかした犯罪の数々と、それらの犯罪を幇助した責任を問われて、無期限の謹慎処分を受けている。宮廷への出入りは不可。宮廷行事などで必要な場合は、代理人の派遣のみとなる。


もっと重い処分も当然、有り得たんだけど。


今、リクハルド閣下が領主として治めている領土は、シャンゼリンがひそかに巻き起こしていた連続殺人事件からまだ回復していなくて、実力のある後継者が出て来ていないのだそうだ。見込みのあった後継者たちの間で、かなり大勢の死人が出ていたと言う。


だから、その飛び地領土に関しては、リクハルド閣下が、引き続き監督する事になっている。シャンゼリンが死んでから後、リクハルド閣下は、新たな陰謀に手を染めている気配は全く無い。その行動を評価しての決定だ。


――今になって見れば、このシャンゼリンの得意とする暗闘が、『茜離宮』でも展開しつつあったと言う訳だ。恐ろしい。


とりあえず、ウルフ国王夫妻は、今は胸を撫で下ろしているんじゃ無いかと思う。第一王女アルセーニア姫が最初に、暗闘の毒牙に掛かったのは、本当に残念だったけど。


*****


わたしが髪紐を作り始めて4日目――


クレドさんに贈る新しい髪紐が完成した。守護魔法陣を編み込んである髪紐。


白磁色の地。守護魔法陣の連続パターンを描くのは銀鼠色。ただし、1本から2本のみの細い糸で編み込んであるから、一見、無地に見える程に、『気付いて気付かない』代物だ。


パターンの要所ごとに、ハイライトとして選んだ格式のある銀白色がシッカリ入るので、やろうと思えば、国王の前でも使える礼装レベルの装飾品になっている。


――なかなか『良い仕上がり』っぽい感じ。


意外に綺麗に編み上がったので、ホッとした。わたし、色々ドジだし……


端をキッチリ始末して、これで完成だ。


かねてから用意していた宛名付きの『物品転送ボックス』に、慎重に箱詰めする。メッセージカードの方は何も思いつかなかったので、『宜しければお使い下さい。水のルーリエ』とだけ記入しておく事にした。


メッセージカードには本人証明のための《魔法署名》も添付する必要があるんだけど、そっちは出来ないから、普通の手書き署名だけだ。


図書室に併設された庭園にあるルーリエ種の噴水から、瑠璃色をしたルーリエ花を数個ばかり摘み取って、《魔法署名》の代わりに、メッセージカードの端にある折ポケット部分に挟んでおいた。この折ポケット部分は、本来は、更にメッセージカードを挟んだりするための物なんだけどね。


――あれ?


不意に、わたしが座っている椅子の傍で気配が動いたような気がして、そちらに目をやる。


――やっぱり、気のせい?


この不思議な気配に気づいたのは、髪紐を作り始めて2日目からだ。


誰も居ないのに、微妙に空気が動くんだよね。『幽霊かな』と思ってギョッとしたけど、攻撃的な気配は無いし。どっちかと言うと、好奇心いっぱいに、フラフラ漂ってる背後霊みたいな……


最初の2日目の時は、一刻ぐらい、この気配が漂っていた。誰か居るのかとキョロキョロしたけど、誰も居ない。本棚を回っても、いつもの年配の方々の顔ぶれしか見えないから、気のせいかなと思った。


3日目も午前半ば頃に一刻ぐらい居たようだったけど、その時は退屈そうな気配が漂っていた。髪紐がまだまだ仕上がらなかったからだと分かったのは、夕方に、その気配が再び現れてからだった。その時は、髪紐、あと一息で仕上がる所だったんだよ。


その時は、やっと、この長さで『髪紐だ』と分かったみたいで、よく空気が動いてた。だから、独り言で『次の日のお昼ごろには出来上がるかな』と呟いてやった。その気配は、『そうか!』みたいな感じで、ヒュッと消えて行った。何か面白いというか……空気の精霊なんだろうか。


で、今日、4日目。何かその気配、髪紐が仕上がった時から、ピッタリ傍にいる感じがする。ルーリエ花を摘んでる時も、何だか傍で興味深そうに見てる気配があったし。



今日は季節の戻りが強くて、夏の真っ盛りの時のように暑い。ヒンヤリとした風が無かったら、バテてたかも。この3日間は淡い青磁色の上着を着てたけど、今日は久しぶりに、夏向きのチュニックとズボンのみ。


いったん図書室を出て、メルちゃんとの待ち合わせ場所、図書室の最寄りの食堂へ向かう。この数日の定位置のテーブルに、メルちゃんが昼食を乗せたワゴンを運んで来ていた。


――今日は暑いね、メルちゃん。お茶も冷たいタイプだ。


わたしが図書室の方に行ってる事は、ディーター先生やフィリス先生、バーディー師匠やアシュリー師匠にとっても都合が良いそうだ。『呪いの拘束具』に関する研究とか、レオ帝都に居る《風の盾》ユリシーズさんとの秘密連絡とかが続いていて、ディーター先生の研究室には、常時、最高機密レベルの魔法陣がセットされている。


子供なメルちゃんと言えども、下手にディーター先生の研究室に近づける訳には行かない。


当座は機密を守るため、フィリス先生がメルちゃんの代理を含めて、色々な雑事をこなしているところだ。フィリス先生、ホントにスーパー秘書、兼、助手って感じ。



「ルーリー、あのね、今日はね、宮廷の方で、すっごい話題なニュースがあってね」


昼食が始まるが早いか、メルちゃんが弾丸スピーチを始めた。


そう言えば、ここ最近の話題なニュースって、城下町に来ているサーカスの大ヒット中の人気演目、『爆弾聖女・薔薇薔薇バラバラの逃走追跡劇』だったんだよね。


クライマックスが、爆弾聖女・薔薇薔薇バラバラが魔法の絨毯に乗って『ジャジャジャジャーン』と登場するシーン。


本来はスペクタクル人形劇なんだけど、それをリアル舞台劇バージョンにしたと言う。熟練の軽業師が役柄を演じつつ縦横に飛び跳ねて、幻覚魔法もパワーアップした物だから、興奮が止まらないとか何とか……


それを上回るくらいの、余程ビックリなニュースらしい。何だろ?



「近いうちに、黒髪の王子様のリオーダンの新しい婚約者、決まりそうなんだってさ。アルセーニア姫の喪が明けたから。オフェリア姫の方も、第一王女に繰り上がってるし」


――成る程。王族ともなると、一匹狼と言う訳には行かないんだろうね。


「でね、此処がビックリなんだけど、アルセーニア姫と《盟約》交わしてた人、リオーダンじゃ無かったんだって。昔の第二王子の……えーっと、長男かな、次男かな? とにかく今の第三王子『火のベルナール』とか言う人が相手だったみたい。リオーダンと第二王子を争ってた人だったから、余計に驚きだよって、お友達とも話してたの」


――不思議な話だね。リオーダン殿下とアルセーニア姫は婚約者同士なのに、まだ《盟約》してなかったって事?


「婚約が先で、お付き合いしていて、お互いに良い感じになった時に《盟約》するのも、多いよ」


その辺は、非常にフレキシブルなんだそうだ。《宝珠》は簡単に見つからない物。


お互いに《宝珠》同士じゃ無い場合は、婚約期間が長くなるのは普通。その間に、片方に《宝珠》が見つかったら、結果を速やかに公開して、元々の婚約は解消。片方は、また別の良縁を検討する。


婚約を解消した後、次の良縁を探すのに時間が掛かる――という問題があるので、《宝珠》を得た場合は、特段の理由が無い限り、速やかに公開するのが義務。成る程。


メルちゃんの話は続いた。


「今の話題の有名な『純金の悪女シャンゼリン』がね、第三王子ベルナールが何故か、ズルズルと秘密のままにしてたのを察知して、その点でベルナールを脅迫して、お宝とか、色々、貢がせてたんじゃないかって。それがアルセーニア姫にバレそうになったんで、シャンゼリンがアルセーニア姫を殺したんじゃないかって事になってるのよ」


――ううむ。絶句だ。


あれだけの犯罪を秘密裏にやってのけたシャンゼリンなら、『やりかねない』って所が、如何にも恐ろしい。


ただ――アルセーニア姫の命を本当に奪ったのって、心臓に打ち込まれていた、特別な矢だ。『対モンスター増強型ボウガン』から発射された矢なんだよね。そっちの方のミステリーが、矛盾になってしまう。


幾ら悪女とは言え、シャンゼリンは女だ。


小柄なウルフ女性が、あの『対モンスター増強型ボウガン』を運び込む事は、絶対、無理。シャンゼリンが、中級から上級の魔法使いでも無い限り。


そして、シャンゼリンの本当の《宿命図》――『正式名:風のシンディ』――を判読する限りでは、魔法使いとしての力量は無かった事が、明らかになっている。


シャンゼリンには、間違いなく、怪力の仲間が居たと思う。仲間と言えるかどうかは微妙だけど。


モンスター襲撃の際《魔王起点》の近くで、シャンゼリンの死体を発見した時、フード姿の大男を見た。クマ族っぽいんだけど、実際は、種族系統の不明な大男。彼が間違いなく、何かを知っていると思う。でも、あの日以来、あの近くでは不審人物を見かけないそうだ。何処へ消えたんだろう。

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