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ランチトーク:噂話を小耳に挟む

わたしは、いつの間にか、つらつらと思案に沈んでいた。


――この一連の、特にアルセーニア姫の暗殺事件で、誰よりもショックを受けてるのはリオーダン殿下じゃ無いだろうか。


婚約者だったアルセーニア姫が、いつの間にか、リオーダン殿下じゃ無い他の男と《盟約》して、それをひた隠しにしていたと言う。しかも、謎の非業の死を遂げた。リオーダン殿下、よく耐えてるなあ、と思う。


ウルフ王国のルールは良く知らないけど。


その第三王子『火のベルナール』という人は、第一王女アルセーニア姫と結婚する事で、第二王子に繰り上がれるチャンスはあったのかも知れない。


そんな事になったら、リオーダン殿下は……第三王子に繰り下がるか、臣籍降下か、どっちかになったんじゃ無いかな。


かつては第三王子だったリクハルド閣下も、奥方を失った事で、臣籍降下が決定したと言う話だったし……


ただ、『火のベルナール』と言う人、アルセーニア姫と《盟約》を交わす際、リオーダン殿下と正面切って、公式な立ち合いを伴う『決闘』をしていなかったそうだ。



公式な立ち合いを伴う『決闘』――



――つい、前日にあった、クレドさんとレルゴさんの『決闘』を思い出してしまったよ。


あれ、魔法使いの立ち合い――それも大魔法使いという証人を2人も揃えての、公的な決闘だったんだ。


ディーター先生とフィリス先生が決闘を止めなかったのも、クレドさんが決闘の申し込みを受けて立ったのも、あの後でレルゴさんが急に納得したのも、理由があった訳だ――


*****


メルちゃんの噂話は続いた。


意中の男性or女性が、他の男性or女性と婚約中ないし《盟約(或いは、予約)》中だった場合、公式な立ち合いを伴う『決闘』を経て、求婚の資格、つまり《盟約》を申し込む権利を得る。


ただ、要らざる負傷を避けるため、一般人の場合は刃物を伴う『決闘』は無しで、『土俵の上』で事を決めるのがほとんど。男女いずれにしても、『公開でやる』というのが必須条件。女性だって、意中の男性を獲得するために、他の女性と堂々とコブシで戦うのだ。


資格も無しに権利だけコッソリと行使した――という形だと、他人の公開の婚約者ないしは公式な奥さんを盗み取った、つまりコッソリと不倫したという事になるので、特に王族の場合、『殿下』や『姫』称号を得るのは望み薄だとか。


シャンゼリンは、その辺りの弱みを上手く握って、『火のベルナール』を脅迫したという事になっている。ただ、噂は噂に過ぎないし、ベルナール殿下に調査が行ってない事を考えると、『事実では無い』と考えて良さそうだ。


実際、ベルナール殿下の側に与する勢力や友人が居て、『それは違う』と抗議している。


ベルナール殿下ご自身は、リオーダン殿下と、尋常に勝負する予定は、あったそうだ。アルセーニア姫の急死が、余りにも、いきなり過ぎて、タイミングが前後してしまっただけなんだとか。


権謀術数の都合で、意図的に流す噂だってあるのだ。誰が噂を流したかによっては、不穏な気配も、無きにしも非ず。立場によっては、そう言う見方や意見があるという事なのだろう――と考える他に無い。


アルセーニア姫が急に死んでしまったし、死の真相が分かってないだけに、周辺の事情も曖昧になってしまった。



――メルちゃん、色々と詳しいね。考えさせられる。


「これもビックリなんだけどね、リオーダン殿下の新しい婚約者、《水の盾》サフィールかも知れないんだって」


――ブホォッ。お茶吹いた。ゲホ、ゲホッ。


「大丈夫、ルーリー?」


だ、大丈夫だよ。ちょっと、余りにもビックリして、むせただけだから。


「そう? とにかくね、大天球儀アストラルシアニュースの方で、サフィールはアルセーニア姫と同じくらい綺麗な人だって話が出てるのよ。サフィールの方は、レオ帝都の華だから高嶺の花なんだけど、レオ貴公子と同等の求婚の権利が、ウルフ貴公子にも認められるって話になって……」


――無い無い。それ、絶対、無い。だってサフィールって……


あ、ムニャムニャ、公式には、そう、年増でしょ?


「1年くらいしか違わないもの、メルも年の差が気になったけど、考えてみたら、大人になったら、そんなに問題じゃ無いじゃん。ルーリー、この間、ヒルダさんが話してたでしょ? サフィールは一時期、すっごいノイローゼになってて、その時、老剣士と2人の少年が、お慰めに行ってたって」


――お、お慰め。


お慰め……かも知れないね。ん? んんん? そんな話、あったっけ?


「あったのよ、ルーリー。その時の少年のうち1人が、リオーダン殿下だったのよ、その時は殿下じゃ無かったから、ただのリオーダンだったけど。同族で顔見知りって言うアドバンテージは、強いよね」


――え?


ええぇぇええぇぇえ!! 知らなかったよ! 全然ッ!


メルちゃんの、ビックリ情報によると。


何でも最近のサフィール、体調不良と長期休養が長引いて、長引いて……ゲホン、ゲホン……


これ以上は、レオ皇帝の第一位の《水の盾》としての重圧に耐えられないだろう――という話が出始めているそうだ。年齢の問題で複雑なポジションに置かれてしまったが故の、様々にハードワークだったのも、響いたとか、何とか……


年老いたレオ皇帝自身も、数年来の懸念事項を全て解消できたとかで、タイミング的にも、そろそろ退位する年齢。この数ヶ月の間に、退位する見込み。


つまり、サフィールは、この数ヶ月の間に、確実にレオ皇帝のハーレム妻としての地位を解かれるだろうって事。しかもサフィールは、今でも『花巻』を装着していると言う――白い結婚中の『未婚妻』だ。


レオ王とレオ王子が早速、次のハーレム主君の候補として取り沙汰されている。次のレオ皇帝になるレオ王のハーレムに入るだろうと言うのが、大勢の見方なんだそうだ。


ただし、『降下の未婚妻』に関しては、レオ族以外の他種族も、夫候補として名乗りを上げて良い事になっていると言う。その辺は、獣王国の盟主としてのレオ帝国のフェアプレー精神とか、政治的な不満を爆発させないための理由があるらしい。


サフィールがフリーになった場合、ウルフ族のうちの誰が、第一候補の夫として立つのか。


その最適任者が、第二王子で独身なリオーダン殿下――と言う訳。ウルフ国王がリオーダン殿下に打診してみた所、反応は微妙ながら、悪くは無かったと言う話。



……今のタイミングで、レオ帝国側から、そんな話が流れ出すというのは不自然な気がする。


バーディー師匠やアシュリー師匠は、レオ皇帝の直属の《風の盾》ユリシーズさんと知り合いだと言うし、その辺で、何かしてるんだろうとは思うんだけど。


わたしの知らないところで、変な風に話が曲がってやしないだろうか。何だか、すごく不安だ。どうなるんだろう……


*****


「あ、ねえ、ルーリー。噂をすれば影だよ」


――ん?


メルちゃんが、軽食コーナーの向こう側をチョイチョイと指差している。


昼食時の人だかりの向こう側に――


ウルフ貴公子たちのお忍びと見えるグループが、幾つか見える。そのテーブルのうちの、ひとつが。


わお。艶やかな黒髪のリオーダン殿下。いつもの純白マントじゃ無いから見違えたよ。プリンスじゃ無くて、普通の貴公子って感じだ。


一緒に居るのは、色っぽい琥珀色の毛髪が印象的な、金狼種の貴公子ジェイダン。全員で3人――残りの黒髪の1人は知らない人だけど、やはり同年代のウルフ貴公子、という風な人物。


高貴な彼らが、何故に、病棟の併設の図書室の近くの軽食コーナーまで出張ったのか。


――と言うようなことを、一瞬、思ったけど。


グループに居る見知らぬ黒髪の貴公子、この暑さでシャツ1枚だから、上半身全体に巻いている痛々しい包帯が透けて見える。彼は入院患者みたい。


大怪我して入院した友人の貴公子を、リオーダン殿下と貴公子ジェイダンが見舞っている、という風らしい。成る程だ。男の友情だね。


メルちゃんは美形な彼らをシッカリ鑑賞した後、満足した様子で、昼食の最後のデザートを完食した。



ワゴンに、空になった料理皿を片付けていると――見覚えのある若い中級侍女さんが、やって来た。フィリス先生と同じくらいの年齢。金狼種。誰だったっけ。


ハシバミ色のユニフォームをまとった中級侍女さんな彼女は、困惑顔をしながらも、金茶色のウルフ耳を礼儀正しくピッと揃えて来た。受付さんみたいな人……受付さん?


「あら、この間の……フィリス先生が診てた患者さんね。覚えてるかしら、サスキアよ」


――サスキアさん。ああ! サスキアさん!


ボウガン襲撃事件の時に、わたしは気絶しちゃったんだけど――フィリス先生が手が離せないでいる間、わたしを見ててくれた『茜離宮』エントランス・ホールの受付さんだ。


わたしがビックリしていると、メルちゃんがピンときた様子で口を開いた。


「ユーゴ君の、おねーさんね」

「あぁ、メルちゃん。いつも弟と仲良くしてくれて有難うね。ねぇメルちゃん、ユーゴが何処へ行ったか知らない?」


――ほぇ?


首を傾げていると、サスキアさんは困った様子で、金茶色のほつれ毛をいじり始めた。


「お昼に一度、居場所の連絡を入れて来る筈だったんだけど、連絡が全然、来なくてね。ケビン君と一緒に、城下町のモンスター商品マーケットを見物して来るって言うから、大型台車なんかには気を付けて、と言ったのに。午後からは図書室で自習してる筈なのに、あの子ったら、いったい何処を、ほっつき歩いてるのやら」


――黒髪ウルフ少年のユーゴ君、サスキアさんの弟さんだったんだ。


でも、わたしは、今日はケビン君もユーゴ君も見かけてないよ。


メルちゃんも「朝から、2人とも見かけてないわ」と首を振っている。


「案外、大人気のアレ、サーカスの『爆弾聖女・薔薇薔薇バラバラの逃走追跡劇』見物とか、そっち方面に足を延ばしてるのかも」

「そうかも知れないわねぇ。ケビン君は幻覚魔法を見たがってたから……」


サスキアさんは困惑顔を続けながらも、「お邪魔してゴメンね」と笑って、急ぎ足で駆け去って行った。受付コーナーの方が忙しいんだろうな。空き時間に、弟のユーゴ君を探しに来たって感じだったし。



すべての料理皿をワゴンに積んだところで、メルちゃんが誘いかけるように、目をパチパチさせて来た。


「午後はどうする、ルーリー? メルは暇よ。その『物品転送ボックス』を受付に届けたら、モンスター商品マーケット、ルーリーも見物してみる?」


――うーん。今日は暑いからねえ。


読みかけの本があるから、それ一緒に見てみる? 昔の地下迷宮ダンジョンの図解があって面白いよ。


メルちゃんの目がキラーンと光った。


地下迷宮ダンジョンって言うと、古代の失われた財宝の話もあるんだよね。『茜離宮』にも地下迷宮ダンジョンの伝説があるよ」


――決まりだね!


ワゴンを洗い場に出した後、メルちゃんとわたしは、図書室の『地下迷宮ダンジョンコーナー』を攻略したのだった。

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