けぶり降りしきる雨が下(後)
手芸関係の図書が並んでいる書棚グループの場から、2つ分の違う分野の書棚を挟んで、窓に面した読書コーナーがある。
古代・中世の歴史遺物の発掘記録をまとめたアーカイブ・コーナーの隣なんだけど、ほとんどがコピー資料という事もあるのか、あまり人が来ない。此処なら、落ち着いて集中できそうだ。
窓の外では、相変わらず霧雨のような、ほの明るい昼日中の雨が降っている。
――本の中身は、そんなに難しそうな内容じゃ無かった。ホッとした。
手芸本に目を通しているうちに、髪紐には、魔法加工の糸を使って作る物と、普通の糸を使って作る物があると分かって来る。
魔法加工のある糸を揃えて、守護魔法陣のパターンを編み込んで行けば、ささやかながら守護機能付きの物が出来る。ハンカチ等に魔法の糸で守護魔法陣を刺繍して、道中安全の護符を作り出す場合と、原理は同じだ。
悩みに悩んで選び抜いた、お気に入りのお手本の挿絵を見ながら、『こんな風かな?』と、手で糸を組んで行くイメージを、練習してみる。実物が無いと想像しにくいけど。
そうして一刻くらい悩んでいると――良く知る声が降って来た。
「あら、本当にこっちに居たのね、ルーリー」
「あらあら、まぁまぁ、楽しそうな事にチャレンジしてるわね」
――ほぇ?!
パッと振り仰いでみると――チェルシーさんとポーラさんだった。ビックリだ。
チェルシーさんとポーラさんは、かしこまった礼装姿だ。そのまま宮殿に入れるような、良家のマダムって感じ。
「さっき、そこで、メルちゃんのお友達のケビン君とユーゴ君と行き逢ったのよ。『炭酸スイカの仮装をしてる姉ちゃんが居る』って話してたから、もしかしたら、と思ったの。フフフ」
ポーラさんが面白そうに説明して来た。メルちゃんのお友達つながりだったんだ。成る程。
2人は、くだんの国王夫妻ご臨席の政財界の社交パーティーを、ちょっと抜け出して来たんだそうだ。ポーラさんとチェルシーさんは同じ机に座りながらも、順番に近況を話し続けた。
今日の国王夫妻ご臨席の政財界の社交パーティーでは、メインの話題が、やはりモンスター襲撃の件になっていると言う。
ポーラさんとチェルシーさんは、前日のモンスター襲撃の際、もしかしたら、わたしが死んだんじゃ無いかと心配したそうだ。フィリス先生と一緒とは言え、よりによって《魔王起点》に突っ込んで行ってた訳だし。ご心配おかけしました。
わたしが寄贈していた『魔除けの魔法陣』は、意外に頑張ったみたい。
古くなって交換時期が来ていた『魔除けの魔法陣』が多く、次々にオシャカになっていて気が気じゃ無かったけど、『ルーリー特製の魔法陣』は、その損失分を見事にカバーしてのけたんだとか。
しかも終盤の頃、『いよいよ危ないか』と思った時、中級魔法使いの老夫婦が『緊急時の拡張機能が付いてる』って事に気付いて、拡張した。そしたら、魔除け用の物じゃ無い通常の守護魔法陣も、魔除けとして動員できるようになった。ホッと一息付けたと共に、驚いたと言う。
通常の守護魔法陣に干渉して、臨時に魔除け用に変えてしまう――というような拡張機能というのは、通常の市販品では有り得ない機能らしい。普通は、モンスター襲撃が激しくなる周期に合わせて、魔法部署の特別プロジェクトとして作成するような代物。
しかも、魔法玩具店に並んでるような安価な工芸用の基盤ボードなのに、実戦レベルで戦えた。さすがに頑張り過ぎて、基盤ボードの各所が溶けたり焦げ付いたりして、変形しちゃってるそうなんだけど。
モンスター襲撃があった後で、魔法部署の人たちが、壊れてしまった『魔除けの魔法陣セット』の新調を兼ねて、城下町の状況調査をしていた。その際に、『ルーリー特製の魔法陣』に非常な関心を寄せて来て、その基盤ボードを買い取ったそうだ。魔法部署の研究室の方で、研究すると言う。
――わお、オオゴトになっちゃったかな。
最後の説明を終えたチェルシーさんが、手持ちのハンドバックから、金一封を出して来た。
「……と言う訳でね、魔法部署の人たちからの買取金を、ルーリーにお渡ししておくわね」
――あ、有難うございます。これで新しく『魔法の糸』が買えそう。
「何か作る予定なの? これ、髪をまとめる時の……くくり紐よね?」
チェルシーさんが興味深そうに、本のページを眺めて来た。ポーラさんも自分の専門領域だからか、目をキラーンと光らせている。
わたし、急に顔が火照って来た……
「どっちかと言うと、この髪紐のデザインって、男物よね~?」
「そして、《風霊相》生まれの人向け、よね~?」
「金狼種と言うよりは、黒狼種向け、だったりして~?」
チェルシーさんとポーラさんが、意味深な笑みを浮かべて来た。わたしが出逢った人って、まだ少ないから、すぐに誰なのかは分かるみたいだけど、そこで妙な超能力を発揮しなくても!
「貴種の名門出身のアンネリエ嬢が、いらっしゃるわよね……チェルシーさん」
「面白い展開ね。彼と彼女は、宮廷の社交パーティーの方に居るけど。賭けます? ポーラさん……ウフフ」
いかにも宮廷社交界に出入りしている良家のマダムたち、という顔をして、ポーラさんとチェルシーさんは、2人して盛り上がっている。わたしには全く分からない内容だ。何だろう。
暫し、首を傾げていると――
――ドレスメーカーのお針子さんなポーラさんは、何でも入る手元の風呂敷包みから、魔法のように、多種類の糸見本を取り出して来た。
ポーラさんは、いつも仕事道具を持ち歩いているんだろうか。不思議だ。
「布と糸については専門家だから、任せちゃって頂戴ね。時々、性質の悪い粗悪品をつかまされる事があるから、布と糸はシッカリ選別する必要があるのよ」
ポーラさんお勧めの、《風霊相》と相性の良い種類の糸を見せられた。色々あるなあ。
――少しの間、クレドさんの印象を思い返してみる。端正なまでの硬質さと冷涼さを併せ持った面差しを。
第五王子なジルベルト閣下の血縁の貴公子として、宮廷社交界のイベントに出席する事も――あるのかも知れない。だったら、格式のある色も入っていた方が良いかも。
お手本では、3色を選ぶ事になっている。地の色として防染機能付きの白磁色、描画色として銀鼠色、格式のあるハイライト色として銀白色。ほとんどモノトーンなんだけど、分かる人は分かる組み合わせになるだろうと思案してみる。
ポーラさんが早速、面白そうな顔になった。
「忍者みたいな組み合わせねぇ。これ、汚れに強い普段使い用として使えるのに、イザと言う時は宮廷仕様に変身するわよ」
わお。さすがプロ。
ポーラさんの店の方で質の良い糸を揃えて販売してくれるそうで、今日ポーラさんが揃えている分は即座に買い取り、足りない分は予約買い取りしておく事にする。翌日には全部、揃うそうだ。転移魔法陣による物品輸送が発達しているお蔭だ。早い。
図書室の本は持ち出しは出来ないそうで、必要なページは、チェルシーさんが普通のペーパーにコピーしてくれた。日常魔法、大活躍だなあ。
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練習用に、3色パターンの移り変わりが良く分かる黒、白、赤で何回か試してみる。練習用の糸は、ポーラさんの余り物から。
基本4色は大量に仕入れて大量に使うんだけど、その分、微妙な長さの余り糸が出て来て、処分に困ったりするそうなので、有難く頂く事にした。
髪紐作りは、最初は模様が曲がったりしたけど、慣れて来ると段々、綺麗なパターンで編めるようになった。面白い。必要な道具は、手の平サイズの工芸ペーパーの要所に穴と切り込みを入れた物を、魔法で硬くした物だけで事足りる。
ちなみに工芸ペーパーを硬くするのは、今のわたしには出来なかったので、チェルシーさんとポーラさんのご協力を頂いた。有難うございます。
準備が出来上がってみると、ポシェット等に入れて、あちこち持ち運べる手軽さだ。
そんな訳で――
ポーラさんとチェルシーさんから、ささやかな練習作品について『意外に上々』とのお墨付きを頂いた後。残りは、日々、図書室に通って好きな本を眺めつつ、手元でチマチマと編み上げて行くという制作スタイルになった。
プロの人だと、わたしが作ろうとしている髪紐は2日から3日で出来るそうだ。
――結論から言うと、わたしが髪紐を完成させたのは、4日後になったのだった。




