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けぶり降りしきる雨が下(前)

――クレドさんに、髪紐、作って贈ろうかな。


と、何となく思いついたは良いけれど。


髪紐の作り方、誰に『それとなく』相談すれば良いだろうか?


翌日になっても、わたしは病室で1人、頭をひねったのだった。記憶喪失って、こんな時、すごく不便だよね。


――朝から雨が降っている。ボンヤリとけむるような、仄かな雨が降りしきる、そんな1日だ。夏から秋へと移り変わる、季節の変わり目。天候は不安定。


そう言えば。図書館とか、図書室とかって――『炭酸スイカ』風呂と同じように、病棟にもあったっけ?


結論から言えば、ちゃんとあった。併設されてた。何かウキウキする。


ディーター先生とフィリス先生に聞いてみたところ、そこなら図書を守るための防御魔法が完備されているから、わたしの身の安全も相応に確保できると言う事で、『自由に行って大丈夫』とのお墨付きを頂いた。有難うございます。


折よく研究室を再訪して来ていたバーディー師匠とアシュリー師匠が、『サフィは図書室がとっても好きな子だった』と、吹き出し笑いをして来た。ちなみにレルゴさんは、同業者や隊商メンバーと共に城下町の『モンスター商品市場』に繰り出して、色々な取引をしている真っ最中との事。



バーディー師匠とアシュリー師匠いわく、サフィールは本好きだったらしい。


最初、アシュリー師匠に保護されていた時も、文字を覚えるが早いか、読書に夢中になり出した。1年足らずで無学な『闘獣』が普通の子供たちに追いつくのは大変な事だけど、サフィールは、やってのけた。


レオ帝都でも、ハーレム館の併設の小さな図書室だけでは飽き足らず、レオ皇帝に直接オネダリして、帝国の第一図書館に連れて行ってもらうという一幕が、あったそうだ。


老レオ皇帝の方でも、サフィールが皇帝の直轄である第一図書館に入り浸っている間は、レオ王やレオ王子との話し合いの際、ハーレム未婚妻たるサフィールの扱いについて頭を痛めなくて済むので、歓迎していたのだとか。


更に、第一図書館の隣に、《風の盾》である鳥人の魔法使い『風のユリシーズ』に与えられた館があって、『ユリシーズと会うのも楽しみ』と言う理由があったそうだ(サフィールが自分で公言した事だ)。


ユリシーズはサフィールの師匠を務める人物だ。非常に警戒心の強かったサフィールが、レオ帝都で、最も早く、良く懐いた人物だと言う。


一度、レオ皇帝とレオ王とレオ王子の間で、未婚妻サフィールの扱いについて、冗談じゃないレベルの紛糾があった時。


サフィールは『ユリシーズと結婚する』と宣言して、三者を一斉同時に黙らせた事がある。半分以上、本気なのが窺えたそうだ。《風の盾》ユリシーズの方は既に中年だったし、鳥人と獣人とでは種族そのものが違うから、適切な結婚相手とは到底、言えなかったのだけれども。



――元・サフィールなわたしは覚えてないけど、ユリシーズは鳥人だと言うし、バーディー師匠みたいな人だったんじゃ無いかなと思える。バーディー師匠の事は割と一目惚れで好きになったし、傍に居て安心できる人だ。


全面的な記憶喪失になっても、変わらない部分ってあるらしい。何か不思議だ。


*****


今日は雨が降っている事もあって、少し涼しい。


チュニックとズボンのセットに、チェルシーさんから頂いた淡い青磁色の上着を合わせて、図書室を訪れる。


中央病棟に併設されている図書室は、意外にスペースも蔵書の量もあった。嬉しくなる。


外光を可能な限り入れつつも、同時に図書を痛めないようにするためだろう、淡い色の壁に、細く高い窓が規則的に並んでいた。


図書室に読書に来た患者さんや研修医たちを、チラホラと見かける。魔法使いコースの弟子と思しき、灰色スカーフを巻いた14歳から15歳くらいの少年少女たちも。


ひと通りザッと見て回ると、病棟ならではの物か、医学書が多め。魔法関係の書籍に思わず手が伸びそうになりながらも、そもそものきっかけを思い出して、手芸コーナーを探す。


――『その手の物がある』と思えるような本棚を探してるけど、なかなか見つからないなあ。


ウロウロしながら、次の本棚に回ろうと、通路に出ると――



――ドスン。



わッ。誰かと、ぶつかった!


ちょうど、わたしと同じくらいの体格の子だったみたいで、私と同じように、先方も尻餅を付いている。周りに、半透明のプレートやら着替えやら、不思議な荷物やらが散らばってるようだ。ゴメンナサイ。


「イテテテテ……あれ、『炭酸スイカ』……?」


何やら、聞き覚えのあるような声だ。それに、見覚えのあるような金髪ウルフ少年だ。10歳くらいかな。誰だったっけ。


「いきなり何で尻餅してんだよ、ケビン~」


金髪ウルフ少年の後ろから、更に聞き覚えのある声がして来る。金髪ウルフ少年が身を起こして周りに散らばった物をかき集めた所で、黒髪ウルフ少年がヒョコッと顔を見せた。わお。覚えのある顔だ。


――そうだ! この子たち、メルちゃんが引っ張って来ていた男の子たちだ。


今は亡きタイストさんが、ランジェリー・ダンスの店に入り浸ってたの何だの、ボウガン襲撃事件に絡んで不思議な情報を持って来ていた、男の子たち。


金髪のケビン少年と、その付き添いの黒髪ウルフ少年だ。思い出せて良かった。


「わぁお。『炭酸スイカ』だ~」


黒髪ウルフ少年が目を丸くする。そりゃそうだよね。蛍光黄色と蛍光紫の毛髪に、ドギツイまでに真っ赤な『花房』付きヘッドドレス。わたしだって、道化師が『炭酸スイカ』の仮装をしていると思っちゃうよ。


ケビン少年は、不思議そうな顔で、わたしの顔をマジマジと眺め出した。相応に長い間、首を傾げていたけれど、ようやくパッと閃いたような顔になった。


「何か、会った事がある顔だと思った。あの、『狼男』に襲われた衛兵さんの死体が出てきた日だったっけ、雨が降る前に、中庭広場の噴水の所で……フィリス先生と一緒に居た、患者さんだよね」


わお。正解だ。パチパチ~。ケビン少年、やっぱり、良く気が付いて観察力のある少年だ。


「姉ちゃん、何でまた、そんな不思議な毛髪の色になってんの? その髪飾り、すっげぇ真っ赤じゃん。今日は宮廷の方で、国王夫妻ご臨席の政財界の社交パーティーやってんだけどさ、余興の道化師ジャジャジャジャーン、って訳じゃ無いよね」


黒髪ウルフ少年が、物珍しそうに注目して来ている。


うーん。これ、どう説明すべきなんだろう。とりあえず、まずは自己紹介だよね。


*****


金髪ウルフ少年は『火のケビン』10歳。黒髪ウルフ少年は『地のユーゴ』同じく10歳だった。2人とも『茜離宮』城下町出身の少年で、仕事見習い中。


ケビン少年は、魔法使いの親方に魔法使いとしての素質を見込まれていて、魔法使いコースに入れるかも知れないそうだ。ケビン君は伯父さんの手伝いに駆り出される程、複数の台車を一斉にコントロールするのが上手とか言ってたし、観察力は良いし、何となく、そんな感じはしてたよ。


ユーゴ少年の方は、順当に下級スタッフのコースに上がるらしい。物怖じしない性質だし、口達者だから、もしかしたら外交方面なんかで素質を発揮しそう。


12歳になって筋骨が出来てきたら、ケビン君もユーゴ君も、武官コースの方に寄って、一度は入隊試験にチャレンジしてみる予定だそうだ。


入隊試験に落ちた場合でも、基礎体力の強化と基本的な護身術の会得を兼ねて、強化合宿への参加は必須になる。その結果次第で、合格するケースも多いらしい。仕事見習いの男の子なら、一度は通るコース。成る程。


わたしの事情は色々と説明しにくい事が多すぎるけど、とりあえず『記憶喪失の治療』と『耳パーツの治療』、その他、諸々、治療中って事で。


2人は意外に賢かった。しゃがれ声の治療も、その一環に入っていると、納得している様子だ。


毛髪の色が蛍光黄色と蛍光紫のマダラになったのは、金髪イヌ族の不良プータロー『火のチャンス』が持ち込んで来た魔法道具のせいだけど……喋っても良い内容を脳内で慎重にまとめた後、『火のチャンス』の名前を出してみる。


すると。『火のチャンス』の名前が出た瞬間――ケビン君もユーゴ君も、詳しい事情説明も無いのに、一斉に「分かる、分かる」と、納得して来たのだった。


渡世人にしてプレイボーイなイヌ族のチャンスさん、色々とトラブルメーカーな有名人みたい。名前を出しただけで説明完了できるなんて、或る意味、凄すぎる……


最近のチャンスさんは、ボワッとした不思議な髪型で、静電気トラブルを起こして回っているので、尚更に『お目立ち』なんだとか。夜になればなったで、体内の静電気がバチバチ言っていて、ボーッと青白く光っているんだそうだ。それで最近は『怪人・夜光男』なんていう称号を戴いてるのだそうだ。


閑話休題。


――この際だから、『髪紐の作り方』が載ってるような本が何処にあるのか、2人に聞いてみようか。


「うーん、それだったら……手工芸コーナーじゃ無いかな。あっちで、色々な爺さんと婆さんが良く見てる」

「魔法を使う方だったら工芸コーナーで、魔法を使わない方だったら手芸コーナーだね」


――わお。端的で、かつ素晴らしい解説だ。ケビン君とユーゴ君が案内してくれると言うので、有難く後を付いて行く。


年配の人の多い少し賑やかなコーナーに、お目当ての内容の本が並んでいた。どうも有難う、ケビン君、ユーゴ君。


ケビン君とユーゴ君は、これから見習い仕事に出ると言う。国王夫妻ご臨席の政財界の社交パーティーで、給仕や荷物運びといった、小姓を務めるんだって。頑張ってね。

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