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もうひとつの過去の情景(後)

――公的機関の金融魔法陣を経由しない、謎の大金。


シャンゼリンの謎の妹からの送金だと言う事は、容易に推測できた。まだ闇ギルドに居ると言うシャンゼリンの妹が、何をやっているのかは知らないが。余程の不法行為か――危ない橋を渡っているようだ。


――こんなタイミングで、謎の妹という存在が、大金を稼ぐようになるとは。実に余計な事を。



続いて、リクハルド閣下の一族の令嬢、黒狼種・正式名『風のシャンゼ』が、家族や親戚もろとも、いきなり姿を消した。他人の空似とは言え、シャンゼリンと容貌が似ていた事がアダになった。


シャンゼリンは、本人確認のリスクを全て片付けたうえで、その令嬢の《宿命図》を自分の物として、宮廷に乗り込んで行ったのだった。


更に、《変装魔法》の道具でもって、自身の容貌の系統を、相応に工作していた。万が一、闇ギルドの者たちと面を合わせる事になっても、自身が賞金首だとバレないように。


これが、いわゆる『身内の後継者争いの件』及び『実の娘だが、養女扱いとなっている件』の真相である。


シャンゼリンは、自身が悲劇のヒロインとなるように都合よく話を捻じ曲げ、編集し、巧みに吹聴していた訳だ。



もっとも、シャンゼリンの黄金時代は、続かなかったようで。


宮廷に上がってから3年も経たないうちに、シャンゼリンから金の無心が始まるようになった。


シャンゼリンは、ウルフ貴公子を次々に罠にかけて恐喝もやっていたらしいが、正確な人数は分からない。先方にしても、恐喝の黒幕が誰なのかは分からない状態だったらしく、リクハルド閣下の方へは、苦情は来なかった。



かくして――


ここ最近の出来事でヘマをしたせいで、シャンゼリンは、『ウルフ族、黒狼種、正式名:風のシャンゼ』という在り方が、都合悪くなった。


シャンゼリンは、この数日のうちに、この存在を消す事を決定していた。王族子弟たちの毒殺が失敗に終わり、『上級侍女シャンゼリン』に疑いの目が向いた事を、敏感に察知していたのだ。



リクハルド閣下の陰気な告白は続いた。


『あれは、マーロウ裁判の真っ最中の事だったか。シャンゼリンから連絡があった。我が亡き妻の一族の出身として、『金狼種・風のシンシア』という貴族令嬢の存在を、捏造しておいてくれと言う内容だ。最初は理由が分からなかったのだが、『茜姫のサークレット』を手に入れたと聞いて、大いに納得がいった』


そして、現在。


シャンゼリンは、まさに闇ギルドの悪女さながらの、普通では無い死を遂げた。両の手に余るほどの、数多の不法行為と――国家転覆レベルの、重大犯罪の実績を残して。


敢えて言えば、功績らしき物は、あるのかも知れない。『類は友を呼ぶ』法則と言うべきか、ウルフ貴公子マーロウと言う第一級の汚職者にして危険分子を、早々に、白日の下にさらすくらいには。



――これも、自業自得なのか。身から出た錆、と言う名の。



そのように締めくくり、絶世の美形中年なリクハルド閣下は、座っていたソファの背もたれに沈み込んだ。そして、疲れた眼差しをして、在らぬ方を振り仰いだ。


『我が養女シャンゼリンは確かに、我が血を分けた実の娘であった。結局、養女扱いのままであったが、その件について、私は逃げも隠れもしない。心残りはと言えば、もっと別のやり方もあったのかも知れぬと言う点だ』


*****


――『3次元・記録球』の再生は、終了した。


早速、レルゴさんが、呆れたような溜息をつく。


「おい、巨額の汚職だの重大犯罪だの、毒殺を含む暗闘だのは、レオ族の優秀さゆえの暗黒面だと思っていたが。ウルフ族も、なかなかドス黒い事をやってんじゃねぇか。このシャンゼリンと言う女、陰謀が全て成功していりゃあ、ウルフ王国どころか、我らがレオ帝国の国盗りをすら、やってのけてたぞ」


バーディー師匠が、飄々と受け答えする。


「まさに、不世出のファム・ファタルじゃのう。闇ギルドの生き様を、これ程に見事に具現化していたとはのう」


魔法のスクリーンの中、次第に薄れていく、リクハルド閣下の立体像――バーディー師匠は、不思議な銀色の目を揺らめかせつつ、数奇な運命に見舞われた1人のウルフ族の男に、ジッと見入っていた。


「そもそも、人ひとりの生と死を変えるのは、難しいものじゃよ。本人の意識が生まれ変わらぬ限り、どれほど外界の環境を整えても『大いなる彼方』には到達せぬ――という、《アルス・マグナ》の根底にある真理を証明しておる」


バーディー師匠の思慮深い穏やかな声が、『3次元・記録球』の、テーブル着地音に重なる。


「因縁とは、過去と現在を結ぶ人の心が作る物。天球は、劫初と終極の『界(カイ)』を『刻』として指し示すだけで、それをどう結ぶかは、人次第じゃ」


*****


暫し、厳粛な沈黙が続いた後。


レルゴさんのお腹が、盛大な『空腹』の鳴き声を上げた。続いて、わたしのお腹も、鳴き声を上げ始める。


――うわあぁぁ。こんな時に、同調しなくても。


わたしのお腹の鳴き声は、ちゃんと区別して分かるみたい。ディーター先生とフィリス先生とクレドさんが――クレドさんまでが――『おや』と言った風で、わたしを注目して来た。身の置き所が無い……


バーディー師匠とアシュリー師匠が、少しの間、意味深そうな様子で顔を見合わせる。


――な、何だろう?! 元・サフィールも、こうやってお腹を鳴かせていたとか……?!


何かを納得しているかのような、思い出しているかのような謎の頷きを数回した後、バーディー師匠は、愉快そうに「フォフォフォ」と笑い声をあげた。


「かくして、いつものように日は沈む、そろそろ夕食の頃合いじゃのう。我々は、ディーター君の研究室で馳走になろうかのう」


窓の外に広がる空は、いつの間にか、茜色に染まっていたのだった。


*****


クレドさんは、親衛隊士として色々と多忙な身だ。


ディーター先生の研究室での夕食会に同席する時間は無く、早々に『茜離宮』に引き上げる事になっている。そもそも『3次元・記録球』の再生に立ち会う時間を取れたのも、必要上の事であって、余裕があっての事では無い。


――モンスター襲撃事件があったばかりだし、シャンゼリン事件の後始末も大変なのは、うん、良く分かる。


リクハルド閣下の長い告白は、シャンゼリンの数々の余罪を、明らかに示唆していた。


シャンゼリンに恐喝されていたと思しきウルフ貴公子たちを割り出すと言う、気の滅入るような調査も加わってきた状態。複数の貴公子たちが、その地位と立場を利用して、脅されるままに不正行為に手を出していたとしたら、オオゴトだ。



――わたしが元・サフィールと言うのは、どうやら揺るぎようも無い真実みたい。それなら、シャンゼリンは、間違いなく、わたしの実の姉だ。母親が同じ『風のキーラ』。今でも、とっても信じられないけど――


*****


ふとした隙間を捉えて、バーディー師匠とアシュリー師匠に、シッカリと釘を刺された。


――わたしが元・サフィールだったと言う事実は、誰にも明かしてはならない。


今の時点で、『記憶喪失なルーリー』と『第一位《水の盾》サフィール・レヴィア・イージス』が同一人物だと大々的にバレるのは、色々とマズいそうだ。目下わたしは、魔法が全く使えない状態だから、完全なる無防備状態と言える。


最低限でも。


わたしの頭部の拘束具――『呪いの拘束バンド』が無事に外れるまでは、わたしが元・サフィールである事実は、最高機密扱い。クレドさんにも話してはならない。クレドさんは優れた人材だけど、強い魔法使いじゃ無いから、そっち方面は相応に無防備なんだそうだ。


勿論レルゴさんも、シッカリ釘を刺されていた。


もし、秘密を守れないなら、強い《暗示》を施して、半永久的に忘れさせてあげる――という、それも、2人の大魔法使いによる、れっきとした恐るべき脅しと共に。


レオ族の大の男が、それもトップクラスの戦士が、本気でビビってる顔は、初めて見たと思う。


クレドさんが、ディーター先生の研究室を退出しながらも、レルゴさんの状態に気付いたくらいだ。


「レルゴ殿、急に体調が悪くなったというような事はありませんか? 顔色が悪いですが……」

「いや、旅の疲れが出たせいだろう、一晩寝りゃあ、キレイさっぱりよ。ハ……ハハハ……」


――レルゴさん、苦しい言い訳っぽい感じですよ……



クレドさんは暫し首を傾げていたけど、レルゴさんの言い訳を、納得する事にしたようだった。そして、不意に――意味深な眼差しで、わたしの方を見つめて来た。ドキッ。


「――そのうち、リクハルド閣下と会って、話してみたいですか?」


え、えっと……?


わたしは思わず、口をポカンと開けていた。


――会ってみたいと思う気持ちは、あるんだよね。


実のところ、まだ実感が無いし、会ってどういう事になるのかは分からないし、全く想像が付かないけど。わたしとは直接の血のつながりは無いけれど――わたしの実の母親とも、実の姉とも、深く関わった稀有な人物だ。


クレドさんは謎めいた眼差しでジッと見つめて来ていたけれど、わたしの無言の反応に、何らかの得心が行く物があったらしく、わずかに頷いて来た。


いつだったかのように、クレドさんは、わたしの『仮のウルフ耳』をひと撫でして来た。『呪いの拘束バンド』と真っ赤なヘッドドレスとの一体化に挟まれて、一種の残骸となっている、『仮のウルフ耳』を。


その後、クレドさんは器用な所作で、順番にディーター先生たちに退去の一礼をした後、身を返して、薄暮の中を立ち去って行ったのだった。


――あれ?


クレドさん、気付いているんだろうか。わたしが、元・サフィールな事。


――気付いているとしたら……何故?


妙な直感でモヤモヤするままに、クレドさんの後ろ姿をジーッと見つめてしまう。


見つめていると、うなじでまとめられている、クセの無い漆黒の黒髪に目が行った。


ジルベルト閣下やリクハルド閣下みたいに、宝飾細工のある豪華な髪留めでまとめていない。武官だから当然かも知れない。



――あれ、髪紐だよね。



無口で無表情なクレドさんらしいと言うのか……


全く飾り気の無い――何だか今、初めて気が付いた気がするけど――多分《風霊相》生まれと言う事実に合わせてあるのだろう、白い髪紐だ。


武官――隊士の髪型は、機敏な動作を妨げる物で無ければ、基本的に自由らしい。ザッカーさんみたいな短髪の人も居たし、クレドさんよりも髪を長く伸ばしている人も居た。だから、髪紐の方は、自分で必要だと思ったら買う、という感じなんだろう。


わたしの色彩感覚を信じるとすれば、あれ、何処にでもある、高くも安くも無い普通の品だ。そして、そろそろ、くたびれかけてる所だ。


そして――不意に、思いついたのだった。


――髪紐、作って贈ろうかな。何か、守護魔法陣みたいなのがセットで付けられるなら、そういうのも付けて。

part.05「因縁の発生せし処」了――part.06に続きます

お読み頂きまして、有難うございます。

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