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もうひとつの過去の情景(前)

急に始まり急に終わった、レルゴさんとクレドさんの剣闘。


クレドさんの方は左腕から出血していたから心配したんだけど、ディーター先生の熟練の《治療魔法》で、傷が塞がってしまった。本当にかすり傷だったみたいだけど、ビックリだ。


信じられなくて、思わずクレドさんの傍に寄って、何度も首を傾げながら、シゲシゲと眺めてしまった。ついでに、血が出ていた筈の左腕を、何度も触ってしまった。包帯はおろか、傷薬すら不要らしい。《治療魔法》、ビックリだ。


ディーター先生の研究室の、お決まりの席に座り込んだレルゴさんが、何故か生温い目でクレドさんを見据えた。半ば、むくれているかのように、テーブルに肩肘を突き、片腰に片手を当てているという格好だ。


「おい貴様、わざと左腕を差し出したんじゃ無いだろうな」


クレドさんは何食わぬ顔のまま、小首を傾げて応じるのみだ。


「疲れが残っていたせいかと。《魔王起点》の後始末に関わっていたので」

「貴様、煮ても焼いても食えないヤツだな」


わたしには良く分からない会話だ。男同士でしか通じないような、特別な意味があるんだろうか。


「そう言えば、何でジェイダン君がクレド君に入れ替わったんじゃ?」


バーディー師匠が面白そうな顔で、まさに素晴らしいタイミングで、要点をつく質問を口にした。バーディー師匠、ナニゲにタダ者じゃ無いよね。


フィリス先生の手招きで、わたしは一応、フィリス先生の隣――定位置に座る形になった。


「ジェイダン殿は直前になって、魔法部署の『風のトレヴァー』長官から緊急召喚があったのです。シャンゼリンの死体に新しく現れた魔法陣の件で。それで、代理で私が参りました。事前説明が無くて済みませんでした」


クレドさんの説明に、アシュリー師匠が、「ああ」と納得したように頷いた。


「シャンゼリン側の方にあった《紐付き金融魔法陣》が、やっと出現したのね。『飼い主』側の物は、死体になってから数日は経たないと、浮き上がって来ないから」


――何だったっけ?


何か重要な事を聞いた気がするけど、今日明らかになった事の方が色々と非現実的すぎたし、衝撃的すぎて、余り覚えてないなあ。



そんな事を考えている内に、クレドさんが持って来た『3次元・記録球』の再生が始まった。



不思議な魔法道具、手乗りの黒い球体な『3次元・記録球』は、起動エネルギーとなるエーテル流束を受け入れるや、テーブルから少し浮き上がり、そのまま空中に留まった。


次に、《土星(クロノス)》のような輪っかをポンと出して、スピンし始めた。そして、ミラーボールさながらに、あらゆる色にキラキラと輝き出した。


近くで見ると、一層ビックリな変身ぶり。ホントにオカルトでミステリーな魔法道具だ。


かくして、『3次元・記録球』の光が投射された魔法のスクリーン上には、元・第三王子だと言う『リクハルド閣下』の立体像が現れた。続いて音声の再生が始まったのだった。


*****


――リクハルド閣下は、実年齢よりもやつれた印象のある、黒狼種の男性だった。


高位の貴種ならではの覇気や、年齢や地位相応の重厚さは感じられるんだけど――やはり、やつれているという印象の方が強い。


元々は第三王子として『殿下』称号を戴いていた人物だ。だけど、妻を失った事で、臣籍降下したと言う。権謀術数に長けた人物で、今のウルフ国王陛下とは随分とやり合っていたそうだ。目端や口元の表情には、今なお衰えぬ狡猾さが感じられる。


ジルベルト閣下と幾つも変わらない年齢なんだけど、心労のせいか、その絶世の美形中年な面差しの顔色は、悪い。オールバックにして、うなじで豪華な髪留めでもってまとめた黒髪には、白髪が多く混ざっている。10年ほどは、余計に年を取っているように見える。


低く渋い声が響く。グイードさんに似た声音だけど、ずっと暗くて疲れた雰囲気のある、冷え冷えとした響きだ。



『さよう、通称『風のシャンゼリン』――正式名『風のシンディ』は、我が養女だ。同時に、我が血を分けた実の娘でもある。我らがウルフ王国に大変な混乱を引き起こした件、謝罪すると言う他に無い』



リクハルド閣下は、臣籍降下に伴う事情と言い、その後の『殿下』への復帰を狙った蠢動と言い、ザ☆秘密主義なジルベルト閣下に負けず劣らず(?)、裏では色々と黒い噂がある人物だったそうだけど。


シャンゼリンが、想像以上に冷酷な性格だった事、普通じゃ無い死に方をした事は、さすがにショックだったらしい。



リクハルド閣下は、不意に遠く空を眺める眼差しをして、語り始めた。


『確かに私は、24年前、『風のキーラ』と名乗る紫金(しこん)の女と出逢った。あれは美しい女だった。詳しい事情は省くが、私とキーラは、双方の合意によって男女の情を通じる関係となった。その結果としてキーラは妊娠していた。その子が、今『風のシャンゼリン』として我々が知る、ウルフ女性に間違いない』


リクハルド閣下とキーラの奇妙な共同生活は、1年も続かなかったと言う。


闇ギルドの歴戦の悪女『風のキーラ』は、いきなり姿を消したのだ。妊娠したまま。


その際に、リクハルド閣下の一族のアンティーク宝物だった『紫花冠(アマランス)』――紫の宝玉を装飾した女性用サークレットも、一緒に失せていた。



――キーラが姿を消して、14年後。


紫の宝玉を装飾したサークレット『紫花冠(アマランス)』を持つ、1人のウルフ族の美少女が、領主館に現れた。最初は、行儀見習いに参上した、地元の町の娘だろうと思われていたのだけど。


珍しい紫金(しこん)の髪。悪女キーラに、そっくりな美貌。


見間違いようも無い、リクハルド閣下の一族のアンティーク宝物――紫の宝玉で装飾された、由緒のあるサークレット『紫花冠(アマランス)』。


それが、キーラの娘――正式名『風のシンディ』――シャンゼリンだった。


――《土星(クロノス)》さながらの輪っかを出した『3次元・記録球』による再生映像は、回り続けている。


リクハルド閣下の不思議な告白は、続いていた――


*****


中年の黒狼種リクハルド閣下と、うら若き金狼種14歳のシャンゼリン。


実の父と実の娘の、感動の再会ではあったのだが。


シャンゼリンは、キーラの生き様をそのまま受け継いだかのような、やはり闇ギルド育ちの女だった。この年齢で窃盗事件は数知れず、殺人事件を起こした数は10件を超えていた。


――シャンゼリンは、幾つかの闇ギルドから、『生死問わず』の暗殺者を差し向けられていた。


母親『風のキーラ』は既に死んでいた。魔法道具の市場を荒らし回った際、予期せずして起きた魔法道具の爆発に巻き込まれ、血みどろになって死んだ――闇ギルドの悪女、キーラらしい最期。



――そこで、思わぬ話題が出た。


シャンゼリンには妹が居る。妹は、別の場所で生活をしている。


母親キーラが死んだ後、その遺品のうち金になる物は、シャンゼリンが独占し、外出を重ねて浪費した。やがて、外出先で貯金が尽きたシャンゼリンは、素晴らしいまでのタイミングで妹の存在を思い出したのだ。


シャンゼリンが、かつて母親と妹と過ごした風俗街に、舞い戻ってみると。


風俗街の代表者は、風俗街で生み捨てられた子供たちを、近所の(それなりに慈悲のある)人身売買マーケットの商品として出品していた。その中に、シャンゼリンの妹が居た。


シャンゼリンは人身売買マーケットに忍び込み、良い値段の商品として売られていた妹を、その取引の儲けごと風俗街から盗み取った。そして、妹を、人身売買マーケットの手の及ばないところに移動した。


当然ながらシャンゼリンは、その風俗街と人身売買マーケット業者からも、高額の賞金首として狙われているところだ。


資金が尽きた後、シャンゼリンは思うように逃亡生活が出来なくなった。それで、母親の思い出話に聞くだけだった、実父リクハルド閣下が領主を務める、飛び地に来たのだ。



リクハルド閣下は、その謎の妹の行方について、それとなく探りを入れてはいたのだが、シャンゼリンが妹について言及したのは、数えるほどしか無い。


言葉の端々をつなぎ合わせた、何とも、曖昧な情報ではあるけれど。


妹は、無能な混血だと言う。亜麻色のモフモフの毛髪をしたイヌ族の小男を、父とする。父親の名前は、『風のパピヨン』とか『風のパピィ』とか言うらしい。


何ともパッパラパーな名前を持つイヌ族の父親の方は、フリーの忍者調査員か探偵稼業のような事をしていたらしい。現在の居住地は勿論、その行方も生死もハッキリしない。



――父と娘の異様な再会から、1年の時が経ち。


シャンゼリンは、宮廷出仕が可能な年齢――15歳になっていた。元々の頭の良さもあり、ひととおりの行儀作法を完璧にこなせる程の、優秀な資質を見せた。ふとした折に見せる、ゾッとする程の凶悪な人相を除けば、ほぼ完璧な『深窓の令嬢』だった。


シャンゼリンは、確かにリクハルド閣下の実の娘だった。地元の上級魔法使いにも、ひそかに《宿命図》を調べてもらっている。シャンゼリンの真の《宿命図》は、確かにリクハルド閣下を実の父とするパターンだった。


それゆえ。


シャンゼリンは、リクハルド閣下の『実の娘』として、ウルフ宮廷に乗り込む計画を立てていた。『元・第三王子の、実の娘』。王女コースに入るのも可能な程の、高位の貴族令嬢。


だが、リクハルド閣下は、シャンゼリンを『養女』とした。


平穏な日々を過ごしているうちに、少しずつ自然に、シャンゼリンを『生死問わずの高額の賞金首』としている闇ギルドの面々と完全に縁が切れる筈だ。そうして、そのドス黒いまでの凶悪な生き方を変えてくれるかも知れぬ――という期待があったから。


『条件を満たせば、高貴なる第三王子だった私の、実の娘として――真の貴族令嬢として公認しよう。その条件とは何か。それは、シャンゼリン自身で考えてみよ』


今の時点では、シャンゼリンを一族の者として数えるのみであり、特に貴族令嬢として公認するという考えは、無い。リクハルド閣下は、シャンゼリンに、そう告げていた。


そして将来、期待すべき兆候が見えて来たならば。


その時は、リクハルド閣下は、満を持して――シャンゼリンを『実の娘』と公認するつもりではあったのだ。



実の娘として公認されない立場。つまり、高位の貴族令嬢としてでは無く、宮廷勤めの侍女として、ウルフ宮廷に出入りする事になる。


シャンゼリン自身は、それを、どう受け取ったのか。


――その回答は、領内の流血事件となって返って来た。


1年の間にシャンゼリン本人を目撃していた、地元の有力者の不審死が続いた。


犯人はシャンゼリンだ。高価な魔法道具を縦横に駆使した、完全犯罪。


この1年の間に、シャンゼリンには目も眩むような大金が転がり込むようになっていた。それで買い揃えた非合法の魔法道具によるものだった。


特に、身元を偽るための非合法の魔法道具は高価なのだが、シャンゼリンには、それらを買い揃えられるだけの謎の収入があったのだ。

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