正解と誤解が行き違って決闘
――わたしの『魔法の杖』は、何処に隠れているのだろうか?
そんな事を、考えていると――
ディーター先生の『魔法の杖』の先端部が、《地霊相》生まれのディーター先生に合わせてか、黒いエーテル光の色でもって、点滅し始めた。『魔法の杖』の通信が来たらしい。
――このタイミングで、ディーター先生に直接だ。どんな内容だろう?
ディーター先生が『魔法の杖』から音声を取り出す。
すぐに、ウルフ貴公子の物と思しき、洗練された発音の、若い男性の声が流れて来た。
『ディーター先生、ご多忙なところ失礼いたします。衛兵部署と魔法部署の合同調査チーム所属『風のジェイダン』です。先ほど、リクハルド閣下の調査が終了しました。『3次元・記録球』に収めた物を、これから直接お持ちしますので、転移ゲートの開放をお願いいたします』
ディーター先生は「成る程」と頷くと、早速、脇の出入口と直結するアーチ型の渡り廊下に出て行った。
ほとんど列柱だけという感じの、簡素なアーチ型の渡り廊下は、研究室を取り巻く緑地の上に、角度を持って折れつつ伸びている。
渡り廊下の先端にある、避雷針付きの屋根を持つ、あずまや様式の離れ小屋が、転移基地だ。正方形の床に転移魔法陣が描かれてある。ディーター先生の研究室への直通ルートでもある。
ディーター先生は、緑地に出来たショートカットな道、つまり踏み固められた地面の上を通っている所だ。いかにもズボラなディーター先生らしい。
ちなみに、このアーチ型のスカスカな渡り廊下は、夜間や悪天候の時は、備え付けの《防壁》が展開するから、ちゃんとした壁を備えた渡り廊下に変身する。
最初の日の夕方、移動ベッドに乗せられたわたしが、フィリス先生に運ばれて来た場所でもあるんだよね。あの時は何もかも分からなくて、目に入る全ての物がビックリだったなあ。
レルゴさんが興味津々で、離れ小屋で作業中のディーター先生を見つめている。
「リクハルド閣下って誰だい? 偉い人みたいだな」
「サフィの、いえ、ルーリーの実の姉にして『飼い主』だった、シャンゼリンの養父だそうよ。この間知ったばかりだから私も詳しくは知らないけど。リクハルド閣下は、元・第三王子だった人なの」
解説したのはアシュリー師匠だ。レルゴさんとバーディー師匠は、揃って目を見開いている。
レルゴさんは、わたしの顔をマジマジと眺めて来た。
「しかし、この子は混血顔じゃねぇか。第三王子ともなると貴種だろ? 今は亡きシャンゼリンとは、父親が違うのか」
「そうなんでしょうね。母親は闇ギルドの女だったし、記録が無いから分からないけど」
アシュリー師匠の解説を受けて、レルゴさんは腕組みをして思案顔になった。そして、いっそう思案深げになって、わたしをマジマジと眺め続けた。
「今、レオ帝国の親善大使が、こっちに来てるんだよな。リュディガー殿下が。これだけ性質が良くて大人しけりゃ、ハーレム正妻の誰かが目を付けたよな?」
――わお、正解だ。何で分かるの?
レルゴさんは、わたしの反応の意味を正確に読み取ったようで、「そうか、そうか」と納得している。
フィリス先生が複雑な顔をしながら、アシュリー師匠に声を掛けた。
「ランディール卿のハーレムに目を付けられているところですわ、アシュリー師匠」
アシュリー師匠は、苦笑いだ。
「サフィは目下、『花巻』装着しているフリーの未婚妻なの。だから、レオ社会の間では非合法では無いわね。サフィはレオ皇帝ハーレムの正式な要員で、レオ王子ハーレムの仮の要員と言う事になっていたけど、レオ王ハーレムの正妻たちも、よく勧誘していたわ。2つのハーレムに属する要員というだけでも充分に多忙なのに、3つや4つのハーレムに同時に属するとなったら身が持たないわ。フリーと言っても、サフィの身体は、ひとつしか無いからね」
――レオ族のハーレムのルールって複雑だなあ。
ともかく、他種族から引き入れるハーレム妻――特に未婚妻――に関しては、そういうルールって事になってるらしい。成る程、他種族の女にキチンと検討された末にハーレム主君として選ばれた、そういうレオ族の男ともなれば、それは確かに、尊敬の対象になる筈だ。
レルゴさんは、目をキラーンと光らせた。わたしの『炭酸スイカ』カラーな頭をナデナデして来る。
「ランディールか。ヤツも遂にエリートの仲間入りだなぁ、ハハハ! 嬢ちゃん、ランディールは悪くねぇ男だぞ。ヤツと共にレオ皇帝陛下の親衛隊に所属して戦闘隊士を務めてた私が保証するから、間違いねぇ。ヤツは、いずれ皇帝となるレオ王陛下の下で順当に出世する道もあったが、敢えて傍流の王子リュディガー殿下を選んだという、気骨のある男だしな」
何でも、リュディガー殿下は傍流だから、皇位継承権において、今のレオ王子よりも更に格下なんだそうだ。
でも、お飾りの親善大使のように見えてリュディガー殿下は、自身のハーレムを良く維持している。そして、クマ族から引き抜いた美人なハーレム妻を持っている。彼女は訳あってクマ社会では冷遇される立場だったそうで、今はリュディガー殿下のハーレムで落ち着いた生活をしているそうだ。
クマ族を大人しくさせとくのは難しいそうなんだけど、リュディガー殿下は、彼女を冷遇するために拘束し続けようとする一団を、どうやってか説得したらしい。クマ族の一部の男たちとは、マジで拳で会話したそうな。しかも、任されたレオ族領地の運営の手腕も、ひときわ光っている。
――聞いてみると、正統派のヒーローって感じだ。
あの金色タテガミなリュディガー殿下の、あの偉そうな雰囲気からすると、メルちゃんの言う『俺様ヒーロー』の系統なのかも。
そんなリュディガー殿下に、ランディール卿は惚れ込んだ。将来の不利の可能性にも関わらず、現在のレオ王の配下となるよりも、傍系王子リュディガー殿下の配下となる事を決めたのだそうだ。『惚れた男に付いて行くぜ』って感じらしい。
――でも。
わたしにとっての『特別』は――クレドさんだ。
あの《盟約》の時は焦って転んでしまって、かじり付く形になってしまったけど。
わたしが、おでこに口付けしても大丈夫なのって、クレドさんだけ。それ以外で口付けするとしたら、グローバル慣習の親愛の口付けになる。
レオ族ランディール卿の姿は見た事あるから知ってる。顔は余り見えなかったけど、優れた力量は伝わって来たし、あの地妻クラウディアの夫な人だから、良い人なんだろうと思う。でも、ランディール卿のおでこに、特別な意味で口付け出来るかっていうと……ちょっと、結構、だいぶ違う気がする。
どうやって、レルゴさんを不快にさせずに、上手に説明できるだろうかと思案していると――
――不意にバーディー師匠が、鳥人ならではの細長い手で、わたしの左手を取って来た。ほぇ?
バーディー師匠は即座に、わたしの左薬指に出ている淡いサインを見破ったみたい。さすが大魔法使いの実力。
「うむ? レルゴ殿、この子は《予約》が入っとるぞよ。権利を主張するなら、『決闘』しなきゃいかんぞ」
「なにぃーッ?!」
レルゴさんは一気に爆発したみたいだった。
ざっくばらんな感じだった茶色のタテガミが、バババッと広がって、まさに戦闘態勢って感じ。ギョッとしちゃう。
そこで、フィリス先生が、ふと思い出したと言ったように付け加えて来た。
「そう言えば、さっきの『風のジェイダン』って人、いつだったかの夜、ルーリーに『耳撫で』して来てたわね。あれ、『茜メッシュ』に触れて来るタイプだったかしら?」
――そうだったような気がしますけど。
わたしは記憶をおさらいし、『確かにそうだった』と思い出して、フィリス先生にコックリと頷いて見せた。
横を、一陣の風が通ったような気がして――おや?
戦闘態勢なレルゴさんが、腰の『警棒』をサッと抜いて、研究室の緑地に面した大窓を飛び出して、ディーター先生の元へと、荒々しい駆け足で接近してるんですけど?
いつの間にか、アーチ型の渡り廊下の先にある離れ小屋が、白いエーテル光で溢れていた。転移魔法だ。白いエーテル光が収まり、そこに居たのは――
――黒髪黒目を持つ黒狼種。紺色マント姿のクレドさんだ。
貴公子な金狼種ジェイダンさんじゃ無い。何で?!
ディーター先生とクレドさんが、レルゴさんの荒っぽい急接近に同時に気付いて、目をパチクリしている間にも。
レルゴさんは『警棒』を剣技武闘会スタイルの長剣に変形して、クレドさんに『礼儀正しく』突き付けながら、大音声を張り上げた。
「我が刎頸の友、レオ族が男ランディールに代わって、ハーレム求婚の権利獲得の決闘を申し込む! 《風》の貴様、ルーリー嬢を《予約》したそうだな!」
クレドさんは目を見張ってたけど、即座に話が通じたみたい。
流麗な動作でもって、スラリと腰の『警棒』が抜かれた。クレドさんは、その『警棒』をレルゴさんの物と同じような剣技武闘会スタイルの長剣に変形するや、『礼儀正しく』レルゴさんの刃部分と交差させた。
――えぇぇ! 受けて立つの?!
「私の研究室をメチャクチャにしてくれるなよ」
何故かディーター先生も、事態を理解したうえに、承知しているみたい。ブツブツとボヤきながらも『魔法の杖』をサッと一振りし、強力な結界ラインを、2人の男性の周囲に速やかに形成していた。
緑の芝草の上に、黒いエーテル光を放つ4本ラインがグルリと巡っていて、それに沿うように、4枚重ねの透明な《防壁》が立ち上がっている。剣技武闘会の時の勝負スペースより少し狭いけど、ちゃんとした魔法の《防壁》で仕切られた勝負スペースが出来ていた。
2人の戦士は、合図も無しに、いきなり剣闘をスタートした。『不意打ちは卑怯』という定番の言い回しは存在しないらしい。
刃先が地面ギリギリをかする度に、緑の芝草の細かい葉が飛び散る。
紙一重でかわしているみたいで、毛髪の毛先も一緒に飛んでいる。刃先が空気を切る音も、圧倒的な剣戟の音も響いて来ているし、いつ血飛沫に変わるかと思うと、とっても生きた気分じゃ無い。
そして、レルゴさんの刃先が遂にクレドさんの動きに到達したのか、クレドさんの左腕、防具に覆われていない部分から血飛沫が散った。
クレドさんは身をひねりつつ、後方に飛びのく。その空間をレルゴさんの長剣が薙ぎ払った。よけてなかったら、クレドさんの左腕は、ザックリと刻まれてたと思う。
クレドさんの足の運びに、隙が出来たみたい。レルゴさんは勢いに乗って一歩踏み込み、長剣を突き出した。
一撃必殺――クレドさんの喉元を突く位置に。
クレドさんの右手が、熟練の舞手みたいに高速でひるがえった。長剣の先端が、昼下がりの陽光に一瞬、閃く。
絶妙な角度で再び交差した双方の長剣は、耳をつんざくような剣戟音を立てた――片方の長剣が刀身をひねりつつ、空を舞った。
バーディー師匠が「アッ」と驚きの声を上げた。
空を舞った長剣が、斜めに地面に突き立つ。
その長剣を取ろうとして地表面近くに左手を伸べ、姿勢を低くした――レルゴさんは。
長剣を、取れなかった。
クレドさんが、レルゴさんの左手を足で踏み締めて動きを封じている。そのうえ、レルゴさんの首筋に長剣の刃を押し当てていた。
――沈黙が落ちた。
しばらくの間の――理解したがゆえの、絶句したがゆえの、静寂。
やがて、にわか審判を務めていたディーター先生が、何でもないかのように、灰色ローブに包まれた肩をヒョイとすくめた。『魔法の杖』を持った方の手で、気だるげに金茶色の無精ヒゲをコリコリとかいている。
「こりゃ、文句なしに、勝負あったな。双方、退けい」
クレドさんが残心を見せつつ長剣を片手正眼に収め、レルゴさんが態勢を立て直しつつ長剣を下段構えで取った。次の隙があり次第、双方ともに、再び不意打ちの剣闘に対応できる格好だ。
でも、これで――本当に勝負は終わったらしい。
ディーター先生が『魔法の杖』を一振りした。地面に描かれていた4本の黒い結界ラインが消え、4枚重ねの《防壁》が雲散霧消する。
レルゴさんは『フーッ』と息をつきながら、クレドさんの方は乱れた黒髪を左手で直しながら、長剣を再び元の『警棒』に戻し、警棒ホルダーに収めている。
「貴様がレオ族だったら、レオ皇帝の親衛隊にスカウトする所だ。刃引きをした模造剣じゃ無かったら、私の右手は切り飛ばされていただろうな」
レルゴさんは首を振り振り、実力を認めた相手への敬意なのだろう、軽く胸に手を当てるスタイルの敬礼をした。さすが元・戦闘隊士。意外に洗練された所作だ。ビックリ。
「ランディールと私は、元々、レオ皇帝の親衛隊を務めていた同輩でな。剣の腕で言ったら、私の方が上なんだが……大した腕前じゃねぇか、風のジェイダン殿」
クレドさんは、レルゴさんの敬礼に同じ動作で応じながらも、首を傾げた。
「私はジェイダン本人ではありません。同じ《風霊相》ですが……」
レルゴさんの目が、テンになった。――あれ?
そんな所へ、ディーター先生の研究室の大窓から、バーディー師匠が、愉快そうな顔をしつつレルゴさんに声を飛ばした。脇に控えているフィリス先生は苦笑いしていて、アシュリー師匠は、ヤレヤレと言った様子だ。
「レルゴ殿、魔法道具の隊商リーダーとして、その早トチリのクセは直さんといかんぞ。フィリス嬢が続けて説明しようとしていたのに、戦闘態勢で飛び出して行っちまったじゃ無いか、若いのぅ」
バーディー師匠のツッコミは、さすがに響いたらしい。
レルゴさんは、涙目で地面に突っ伏した。そして、しばらくの間、落ち込んでいたのだった。その落ち込みぶりと来たら、クレドさんが肩を叩いて、なだめなきゃいけない程だった。
――レルゴさん、可愛い所がある。憎めないと言うか……




