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謎と黙示のスクランブル・3

アシュリー師匠は、わたしを食い入るように見つめて来ていた。


こうして真っ正面から顔立ちを見てみると、大魔法使いなだけあって、シニア世代の淑女なチェルシーさんとは、タイプが違う。元・淑女と言った感じの老女なんだけど、キリッとしていて、何処かの女王だと言われても納得の風格がある。


「――信じられないわ。想像以上に、『炭酸スイカ』だわ」


わお。妙なタイミングで妙に面白いことを言う人っぽい。レルゴさんが『ガクッ』とコケてる。


アシュリー師匠は驚きと不信の表情を湛えながらも、ソロソロと近づいて来た。


香水かポプリを持っているみたいで、ホワイトフローラル系の微かな香りがある。盗み見していた時は気が付かなかった。記憶に無い香りだけど既視感があると言うか……妙に考えさせられる香り。


――急に『その匂い』だと思ったけど、母親じゃ無いよね。年取り過ぎてるし。


頬に寄せられた手に思わず鼻をくっ付けて考えていると、アシュリー師匠が、様々な感慨が込められたと思しき、深い溜息をついた。


「本当にサフィね。サフィールは、いつもそういう顔をしたわ。風俗街の《風魔法》の一種で、空気に混ざった媚薬ガスを分解する時に発生する、副産物としての香りなんだけど……」


――ほぇ?!


何でも、サフィールの母親は、サフィールを風俗街で生み落としていたのだそうだ。


実際、サフィールが、ユリシーズやバーディー師匠やアシュリー師匠に語った思い出話は、闘獣だった時の事を除けば、全て、明らかに風俗街の中での出来事だった。つまり、わたしは風俗街で生まれ育っていたと言う事。うわあぁ。


闇ギルドの女は妊娠した場合、風俗街の世話になるケースが多いと言う。風俗街は媚薬の本場みたいなものだそうだから、成る程かも。



そして、必然的に、「何故『サフィール=わたし』が此処に居るのか」と言う件が、再び話題になったのだった。


実のところ、記憶喪失なわたしには、全く実感が無いから、どんな顔をするべきなのか分からないんだけど。


――フィリス先生が指摘した、公的に知られている年齢の食い違いのミステリーは、アシュリー師匠の話で、すぐに判明した。


当時、わたしをレオ帝国に連れて行った、レオ族の特別大使の仕業なんだそうだ。彼は、諜報部門に居た経験があって、情報工作が非常に上手い人だったと言う。おまけに《風霊相》生まれで、そっち方面の才能があった。


非合法な戦闘奴隷『闘獣』は、その育成方法も非合法だ。


出来るだけ早くモンスター狩りの現場に出せるように、血も滴るモンスター肉を食わせて、育成する。そうすると、異常に成長が早まって――異常なスピードで、身体が成熟するんだそうだ。


わたしの場合、当時の《紐付き金融魔法陣》が記録していた『だいたい5年』という経過年数からすると、『闘獣』として売り飛ばされたのは4歳から5歳の頃だったと逆算できると言う。


アシュリー師匠やバーディー師匠に保護された時、わたしは、まだ青い産毛がシッカリ残っている筈の年齢、つまり9歳だったんだけど、その体格は、既に換算年齢14歳の少女レベルだったそうだ。当然、産毛は既に無かった。


保護があと半年くらい遅かったら、実際は未成年――それもギリギリ10歳前後という子供――だけど、20歳を超えた成年と同じような、交配可能な身体になっていたんじゃ無いかと言う話。ひえぇ。


そして、『闘獣』の数を増やすために、他のイヌ科のオスの『闘獣』と交配させられる事になるのは、確実だったらしい。


レオ帝国に『献上』された時は、わたしは10歳になっていた。でも、モンスター肉を断っても1年くらいは影響が残り続けるので、その時は、わたしの外見は、ほぼ今と同じくらい、15歳のお年頃だった。


うひゃあ。そんな状態で、レオ帝国の特別大使の情報工作の手腕が加わったら、みんな、わたしの実年齢が分からなかったに違いない。


このような年齢の情報操作が入ったのは、レオ皇帝のハーレム要員としてギリギリ不自然じゃ無いように見せるためだったそうだ。当時、レオ皇帝は既に、成人間近な孫を持つような年齢だったから。そして、『飼い主』に追跡を断念させると言う方面でも都合が良いので、これを訂正せず最高機密とした。


モンスター襲撃エリアに近い辺境からレオ帝都の中心へと環境が変わったり、《暗示》で『正式名』を忘れさせられたり(当然、『狼体』への《変身魔法》は厳禁だ)、本当は10歳なのに宮廷や後宮ハーレムの中で15歳としての分別を要求されたり、それなりに色々あって、急にノイローゼになったと言う。


――そりゃ、ノイローゼになると思うよ。


例えば、同じ年ごろの――遊びたい盛りの――メルちゃんに、そういう事を要求するって事だ。


いっそう信じられないんだけど。サフィールは、周囲の予想以上に思慮深く、優秀だった。


ノイローゼから回復した後は、このような困難で理不尽な要求に、完璧に応えていたそうだ。しかも、『レオ皇帝のハーレム妻でありながら、レオ王子の仮のハーレム妻』などと言うような、レオ貴族の女性でも混乱するようなポジションをも、キッチリ務め上げていた。


こんな事になる直前まで、16歳なわたしは、『22歳の成年なサフィール・レヴィア・イージス』を、見事に演じていたと言う。


ウルフ女性の成長期の真っ盛りを襲ったノイローゼ――長期の絶食と食欲不振の影響で、小柄なまま体格が完成してしまったので、高いハイヒールで身長をごまかして。


――それ、絶対うそだぁ。全く思いつかない。高いハイヒールで歩けていたの?


わたし、何も無い所で転ぶようなドジだよ。


*****


アシュリー師匠の《紐付き金融魔法陣》診断の準備が済んだ。


隣の病室に先に入っていたアシュリー師匠に呼ばれて、病室に入る。フィリス先生も、アシュリー師匠の臨時の助手として控えている。


そして、全裸状態になって、身体の各所にセッティングされていると思しき、謎の《紐付き金融魔法陣》診断を受けたのだった。


――アシュリー師匠の診断の結果。


くだんの《紐付き金融魔法陣》――全部、スッカリ焼き切れていた。


全面的な記憶喪失のせいで、『そうなの?』って言うような感じしか無いけど。


焼き切れて『魔法的に無効化』しながらも、しつこく元の形を保持している残骸が、自力では除去できない老廃物さながらに、固くこびり付いていた。でも、ベテラン治療師なら、特別な透視魔法を併用しつつ、ゴリゴリと剥がせるレベル。『高度デトックス治療』か何かの応用らしい。


場所が場所なので、心臓の真上にセッティングされていた1つ目以外は言いにくいんだけど、《紐付き金融魔法陣》は、4つ合わせて1セットなのだそうだ。そして、他の3つも、完全に焼き切れていた。


正式名をガッチリと抱え込む形で密着する代物だから、《宿命図》における正式名の有り様が正常に復活した今になって、《紐付き金融魔法陣》が、完全に焼き切れた形で無効化しているのは、有り得ないと言う。


フィリス先生は、『闘獣』にしかセッティングされない、完全なる人権無視の《紐付き金融魔法陣》という異常な痕跡を確認して、青ざめていた。同時に、わたしが元・サフィールだったという事実を、スッカリ納得しちゃったらしい。


――そんなモノなんだろうか。わたし、今でも実感が無いんだけどなあ。



研究室と病室とのドアは、音声を通すために少し開いている状態だったので、ディーター先生の研究室で続いている会話が、ポツポツと聞き取れた。


レオ族の壮年の男ならではの大声でボヤいているのは、レルゴさんだ。


「しっかし、サフィールが、まさか黒髪だったとはな。一度、現役の戦闘隊士だった時に《水の盾》サフィールをチラリと見た事があったんだが、その時は、サフィールは見事な金髪だったんだぞ。何つーか、最上級の黄金の『紫磨黄金』っていうか。ありゃ、毛髪の色を変える魔法道具で――『花巻』に付いている装飾品で――変えてたって事かよ」


やたらと事情に詳しい鳥人の大魔法使いバーディー師匠が、レルゴさんのボヤきに応じている。


「同じウルフ族の父親、或いは母親の毛髪の情報を出すだけなら、そんなに《変装》エネルギーは必要無いのじゃよ。高価にはなるが、オーダーメイド魔法道具で充分じゃ。サフィールの母親が金髪で、その遺伝情報を魔法道具で引き出していただけじゃな。『飼い主』が探していたのはウルフ族・黒狼種の『闘獣』じゃったし、目くらましになったのぅ」

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