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謎と黙示のスクランブル・2

ディーター先生の研究室に、上級レベルかつ隠密レベルの《防音&隠蔽魔法陣》がセットされた。


何と、国家最高機密を遥かに超えるような、最高にヤバい機密を扱う、会議室スタイル。


これらの魔法陣を仕掛けたのは、鳥人の大魔法使い『風のバーディー』。


その魔法陣セットの複雑さと来たら、上級魔法使いであるディーター先生でさえ、「何度も見ても、良く分からない」と感心する程だ。気付いて解除するのにも、ゆうに1カ月は掛かりそうな代物なんだそうだ。


さすが『マイスター称号』を持つ大魔法使い。スゴイ。


研究室の魔法のスクリーンの前に、汎用テーブルが置かれており、その周りに適当に椅子が並べられている。人数が増えたので、端っこで埃をかぶっていた予備の椅子が追加されているところだ。


最も頑丈そうな椅子を選び、ドッカと座ったのは、レオ族の元・戦闘隊士にして旅商人レルゴさん。信じがたいと言った様子で、茶色をした無造作なタテガミを一層かきむしっている。


「……しかし、我らがレオ帝国の第一位の《水の盾》は、ちゃんと帝都に居る筈だぞ。『体調不良のため長期休養』なら、なおさら、偉大なるレオ皇帝陛下のハーレムで保護されてる筈だ。鳥人出身の《風の盾》ユリシーズ殿の協力のもと。こっちが本物なら、あっちは影武者――なんて事が、有り得るのか?」


魔法のスクリーンの前に向かい合って着座したディーター先生とバーディー師匠との間で、手早く今までの事情が交わされた。フィリス先生がお茶のセットを用意しながらも、適宜、補足情報を入れる。


わたしもディーター先生の研究室の中の様子は、だいたい分かるようになって来たから、フィリス先生のお茶淹れのお手伝いをさせて頂いた。


――この時期のウルフ王宮となっている『茜離宮』周辺で起きている、キナ臭い出来事の数々。


アルセーニア姫の急死、王宮の重鎮たちに対する闇討ち、ヴァイロス殿下の暗殺未遂事件。そして出て来た、身元不明なわたし。そして、異様な拘束具――


一連の騒動と事件の全容は、半分も明らかになっていないだろうという状況だ。


アンティーク宝物庫から相当数の宝物が紛失した件に関連して、タイストさん殺害事件が起きた。それがきっかけで、マーロウさんが関わった巨大汚職が、偶然にして露見した。その汚職が、色々な不穏な事件とつながっていて、そこに、シャンゼリンも関係していたのだろう――というのが、やっと判明したという段階。


「傍目には、獣王国の各地で多く見られる、後継者争いに見えるがのう」


そう言いながらも、バーディー師匠は、あらかた事情を呑み込んでしまったようだ。


――鳥人の脳みそは、きっと特別製に違いない。


続いて――


わたしが、本当に『水のサフィール・レヴィア・イージス』なのかどうか、《宿命図》をチェックする事になった。


レオ帝国の第一位の《盾使い》は、候補に挙がった時点で身元情報が伏せられる。特に、厳重に伏せられるのが《宿命図》情報であり、これは師匠として関わった魔法使いしか知らない内容になるのだそうだ。


今のところ、水のサフィールの《宿命図》を熟知しているのは、大魔法使いのアシュリー師匠とバーディー師匠、《風の盾》ユリシーズ。いずれも、《水の盾》サフィールの師匠を務める魔法使い。


他、サフィールが『元・闘獣』だったと言う事情を知っているのも、厳重な紳士協定による7名のみ。


バーディー師匠やアシュリー師匠と共にサフィールの高度治療に関わった直弟子の魔法使いたち3人、サフィールの『献上』に関わったレオ族の特別大使、偶然ヒントをつかんでいたレオ族の大魔法使い、レオ帝国側で『献上』に関わった取次の、なおかつレオ帝国の諜報部門の《双璧》として知られる魔法使いにして高位役人2人。


――うひゃあ。いかにも、トップクラスの最高機密!


わたし、此処に居ちゃいけない筈だけど。


窓や扉などと言った出入口をチラチラと見ながらソワソワしていると――生真面目な顔をしたバーディー師匠が手招きして、隣の椅子を示して来たのだった。


「とりあえず、お座り。サフィ……今は、ルーリーと言うのじゃな」


バーディー師匠は、何故だか、わたしがサフィールと同一人物だと確信してるみたい。


レルゴさんをはじめ、ディーター先生もフィリス先生も唖然とした顔で見守って来ているから、すごく落ち着かない……



バーディー師匠は、わたしの両手の平をテーブルの上に並べさせると、ペン程の大きさに縮小した『魔法の杖』を、かざして来た。『魔法の杖』が、淡い白い光を放ち始める。


すると、淡い白い光に照射された両手の平から、青いエーテル光メインの多重魔法陣が、立体映像のように浮かび上がって来た。ほえ?!


レルゴさんが興味津々な顔をして、バーディー師匠とわたしの様子を眺めつつ、タテガミの顎(あご)の部分をガシガシとやっている。


「今、何やってんだ? これは魔法なのか?」


ディーター先生が、その質問に応じて、口を開いた。


「上級魔法の一種なんだ。特殊な透視魔法で《宿命図》の解読をしている。《判読》じゃ無くて《解読》だ。手相を読み込むスタイルなのは共通なんだが、深層レイヤーまで読み込む事は滅多に無い。そこまで読み込むには相当に透視魔法のセンスが無いと出来ないし、表層レイヤーの一部だけで、種族系統や正式名が判読できるんでな」


ディーター先生の講義が終わるか終わらないかのうちに――


青いエーテル光をメインとする多重魔法陣の幻影が、それぞれ3次元球体スタイルの魔法陣となって、テーブルの上の空間に展開した。四色にきらめく無数の星々で、球体細工が作られているような感じだ。その幾つもの球体細工が、重なり合いながら回転している。


――いつか見た不思議な夢の光景を、再現してるみたい。


3次元の天球図のように展開した球体細工のような多重魔法陣は、天球の回転に合わせているかのように、ゆっくりと回転している。


四色のエーテル光の軌跡が、半ばは明るく半ばは暗く、互いに反射と屈折と散乱を繰り返している。その軌跡は、幾つもの星々を結び、星座の群れを構成しているようだ。


星座の群れのうちの一部は、カッチリとしたエーテル魔法陣スタイル。意味深な角度で交差しながら回転し続けている。これがあるから、多分、わたしたちは魔法が発動できるんだろう。《変身魔法》や《魔法署名》に相当する魔法陣もちゃんとあって、これらは青く彩られていた。《水霊相》って分かる。


素人目にもハッキリと分かるのが、最も外側に展開した、一抱えほどのサイズの球体細工――立体魔法陣だ。四色のエーテル光が明るく、濃くなっている。


レルゴさんが、その最も明るい球体細工をしげしげと眺めて来ていた。レルゴさんの魔法感覚でも、ハッキリと分かるみたい。


「おい、此処の、やたらと空白が目立つ、デカイ領域は何なんだ? この漂ってるモヤモヤ――フィラメント残骸のようなのは、もしかして《宿命図》を構成していた星々が爆発した欠片か」

「全面的な記憶喪失の痕跡ですわ、レルゴさん」


フィリス先生が手持ちの半透明のプレートを見ながら解説している。あ、確か最初の日に、《判読》結果が報告書になってたんだよね。あの後も記録が続いてたんだ。考えてみれば当然だけど。


「フィラメント残骸の周りのモヤが四色に光っているのは、四大《雷攻撃(エクレール)》魔法が通過した証拠です。最初の頃はモヤが全体に広がっていて、全体構造を不安定化させていました。体内エーテル循環のダメージも甚大で、5日間も意識が戻らない状態が続いていました」



いつしか、バーディー師匠とディーター先生は、『魔法の杖』を動かしながら、わたしには分からない専門用語を交わしていた。


注目の的になっているのは、最大サイズに拡大されたと思しき、3次元の星図の幻影だ。やはり《水》の遊星が多いようで、全体的に青く見える。様々な明暗レベルの四色のエーテル循環に満ちているけれど、遊星を通じて表層レイヤーまで発現するような有効なエーテル循環が少ないらしく、半分は暗い星系だ。


混血ウルフ族だから、半分くらいの魔法能力が休眠状態になってるんだそうだ。貴種であれば、イヌ族との混血であっても、ほとんどの星系が――魔法能力が活性化しているんだけど。


「ディーター君。この遊星に属する星系は、この傾斜角度で《正式名》とリンクしていたのかのう?」

「私が最初に見た時は、そうでした。今見ると、中間層の内部エーテル相関は随分と回復しています。初歩の《水魔法》……『水まき』や『洗濯魔法』は、問題なく出来る筈ですが」

「うむ。私も、現在の内部エーテル相関の状況を、そう見るぞよ」


やがて、『中間層』と呼ばれているパーツの奥の部分を眺め始めたらしいディーター先生は、次第に驚愕と困惑の表情になっていったのだった。


「……何て事だ。半覚醒状態の星系が――ほぼ休眠状態のエーテル光で構成されている暗い星系だったから、重要な部分だとは思いもしなかった。《魔法署名》が採取できていれば、気付きもしただろうが……」


*****


「……実に驚くべき事じゃのう」


一刻どころか二刻ほども時間をかけて慎重に《宿命図》を解読した後、鳥人の大魔法使いは、ポツリと呟いた。


「嬢ちゃんは、確かに我らの知る、第一位《水の盾》サフィール・レヴィア・イージスじゃよ。ただし、《宿命図》は大きく変動しておる。『正式名』にリンクしていた個人的記憶の領域が、大胆かつ精密に破壊されておってな」


ディーター先生とフィリス先生は全身を耳にしていて、レルゴさんは、まだ茶色のタテガミをガシガシとかきむしっている。


バーディー師匠は、深い憂いと安堵のこもった、複雑な溜息をついた。


「――確かに、サフィが、その天賦の才能の全てを懸けて、狙って破壊するなら――と言う程の、見事なまでに徹底した破壊ぶりじゃよ。少しでも間違いがあれば、《宿命図》そのものが吹き飛び、《無》に帰しておったじゃろう」


続いて、わたしには良く分からない、《宿命図》解読の結果が述べられた。


ディーター先生とフィリス先生が魔法のスクリーンを操作しつつ、口述筆記という形でメモしている。レルゴさんは、相変わらず茶色のタテガミをガシガシしている。分かったり分からなかったりしているみたいだ。



――個人的記憶の領域が全面的に破壊されているため、身辺知識や経歴の記憶は、正式名に反応するかしないかの、幼児年齢のレベルまで後退した。正式名は、ディーター先生とフィリス先生の発見のお蔭で幸いに復活済み。《魔法署名》や『狼体』への《変身魔法》は、改めて習得する必要がある。


《宿命図》表層の領域は、《雷攻撃(エクレール)》余波により体内エーテル循環が大きく乱れる程のダメージを受けているが、目下、問題の無いレベルまで回復している。自然に身に付いた一般知識や概念、思考ベース、身体で覚えたスキル等といった無意識の記憶系列は、ほぼ原状復帰している。


《宿命図》中間層の領域は、《正式名》の破壊、および、それに連動した記憶系列の大破綻により、主要な構成要素において系列軸と回転軸が一変した。内部エーテル相関は原状を保っているが、万物照応を成す天球エーテル相関において、ほぼ別人の《宿命図》と言って良い程に変容している。国籍データを改めて取得しなければならないレベル。


《宿命図》深層の領域は、中間層の大変動に応じる形で、大幅な組み換えが生じている。


《宿命図》心臓部――《宝珠》。複数の渦状腕が生じている他は、変動なし。


――以上。



バーディー師匠は、ひととおり解読結果を口述した後、改めて『フーッ』と息をついていた。不思議な銀色に揺らめく目で、わたしを眺め始める。


「正式名『水のルーリエ』――サフィは、真に優秀な頭脳と魔法感覚を兼ね備えた天才じゃった。『闘獣』育ちで警戒心が強いゆえか、勘も、恐ろしく鋭かった。あの7日間の混乱の中で、自らの《紐付き金融魔法陣》の真相を悟っておっても不思議じゃない。この解きがたい呪縛を解くのが、サフィの人生の、最大の目標だったんじゃろう。フリーハンドであらゆる『正字』を構成しうるまでに、必死で『正字』スキルを高めておったのもな」


ディーター先生とフィリス先生、そしてレルゴさんは、無言のまま、わたしを眺めて来ている。


――わたし、そんなに大した人物じゃ無いし、そんなに驚くような事をやってないような気もするのですが……


小柄で細身の体格を銀鼠色のポンチョに包んだ鳥人の大魔法使いは、ユーモアを込めてウインクして来た。


「嬢ちゃんは女の子じゃからの、残りの診断はアシュリー殿の担当じゃな。今、アシュリー殿を『魔法の杖』で呼び出しておる。かの《紐付き金融魔法陣》は、世間の男一般が見るとマズイ位置にセッティングされておるんじゃよ」


――ど、ど、何処に、その不気味な《紐付き金融魔法陣》とやらが……?!


ディーター先生が、奇妙な顔になった。


「正式名を奪う形――と言うと、ひとつは心臓の真上ですか? バーディー師匠」

「その通りじゃよ、ディーター君。父親や御夫君だったら、ためつすがめつ眺めても良い位置なのじゃろうがのぅ。これも、『飼い主』付きの『闘獣』の救出を難しくしておる点でもある。もっとも、『飼い主』付きの『闘獣』は、存在そのものが珍しいが」


フィリス先生が、「あの」と、おずおずと口を挟んだ。


「公式には、サフィールは22歳ですね。ルーリーは16歳です。何故こんな事が?」


バーディー師匠は長い白ヒゲを撫でつつ、「良い質問じゃのう」と頷いた。


その瞬間、ディーター先生の研究室の扉が開いた。大魔法使いレベルの魔法陣の仕掛けを扱うのは、同じ大魔法使いレベルにしか出来ない――


扉を開いて、灰色ローブをまとった姿を見せて来たのは、やはり、前日に見かけた、あの大魔法使いの女性だ。


ウルフ族『地のアシュリー』。白髪の多い淡い栗色の髪に、薄い茶色の目をした金狼種。

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