謎と黙示のスクランブル・1
秘密会談な昼食会の翌日――
城下町のメイン・ストリートでは、臨時の『モンスター商品マーケット』が立っている。
モンスター襲撃があった後、この3日間は、このエリアを領土としているウルフ族の業者たちの間で取引を独占していた。その日程以降は、方々からやって来る、他種族のモンスター関連業者に開放されている。
今は、他種族のモンスター関連業者にも市場開放されている日程だ。それで、朝も早くから、他種族のモンスター関連業者たちがゾロゾロとやって来ている。『モンスター商品マーケット』は、まさに最高潮だ。
モンスターの硬い骨や装甲などは、特殊建材や魔法道具の原料になるのが多い。モンスターの血液や肉体部分は、エーテル燃料をタップリ溜め込んでおり、良く燃えるので、機械の動力源になったり、魔法の溶鉱炉の燃料になったりする。
――そのうえ、有毒な個体が混ざっていた場合は、珍しい毒物も採集できるのだ。猛毒と良薬は、同じ紙の裏表みたいな物。
モンスター狩りが儲かる訳だよ。一攫千金も夢じゃない。
*****
目下、わたしは。
ディーター先生の研究室の前に広がっている小さな空き地で、日常魔法の練習をしているところだ。
メルちゃんが持っているような、軽いタイプの『魔法の杖』の備品を提供されている。万人向けの量販品で、魔法道具に毛が生えたような物。
魔法道具の場合は、様々な機能に特化しているから、必要量のエーテルを流すだけで良くて、特に特別な操作は必要ない。
しかし、『魔法の杖』は応用範囲が広い――別の言葉で言えば、目的を限定しない――魔法道具。ゆえに、目的に合わせてエーテル流束を操作すると言う練習が要るのだ。
――理屈面での理解は、バッチリなのだけど。
わたしが描き出した『正字』や魔法陣の形は非常に正確だと言う事で、他の人がエーテル流束を流せば、ちゃんと魔法発動するのだけど。
エーテル流束の体内への呼び込み――エネルギー流入はあるらしいんだけど、魔法発動エネルギーとしては、ちっとも流出して来ていないのだ。『魔法の杖』は青く光ってるのに、全然、魔法が発動しない。
それこそ、魔法の《霧吹き》を発生させて、手前の花壇を湿らす事さえ難しい。
もう、グッタリだ。
ヘタレまくって石畳の上に突っ伏していると、ディーター先生がやって来て、『ヤレヤレ』と言った風の溜息をつきながらも、わたしをヒョイと持ち上げてくれた。
今は丈夫なチュニックとズボンのセットなので、布地が破れる心配は無い。背中をつかまれて、荷物みたいに運ばれる格好になる。
降ろされたのは、ベッドみたいに柔らかな緑の芝草の上だ。ディーター先生、お気遣い有難うございます。
「フィリス、エーテル流束は観測できたか?」
「ダメですね。魔法エネルギー量が限りなくゼロです。何が起こっているのか分かりませんけど、拘束具が妨害しているんじゃ無いでしょうか」
フィリス先生は、手に釣り竿を持っているところだ。
その釣り竿から下がっている釣り糸の先に、正十二面体の形をした特別なアンテナがくくり付けられている。ひとつひとつの面が正五角形だ。虹色をした魔法の棒でラインを組み立ててある、スカスカなスタイル。
この不思議な多面体型のアンテナで、微小なエーテル流束を観測できるらしい。
仕組みは良く分からないけど――便利な魔法道具があるものだと感心してしまう。
「問題の拘束具には、魔法発動を妨害するような魔法陣は見当たらなかったがなぁ。こりゃ、またスタートに逆戻りか」
ディーター先生がそんな事を呟いていると、フィリス先生の『魔法の杖』が白く点滅し始めた。
あの点滅パターンからすると、ディーター先生かフィリス先生に、中央病棟の総合エントランスの方から連絡が入って来てるんじゃないかな。
フィリス先生が通信の呼び出しに応じる。
「ハイ? 総合エントランスに、お客さんが来てる? ディーター先生の新しい論文に興味を持ってやって来た、他種族の上級魔法使い……鳥人ですか? レオ族の護衛が付いている。知らない人ですけど……ええ、すぐ応対に参ります」
フィリス先生は通信を切ると、ディーター先生に一声掛けて、総合エントランスの方へと走って行った。やっぱり、お客さんだった。
――鳥人かぁ。記憶喪失になってしまったから、実際に見るのは、これが初めてになる。どんな人なんだろう?
「鳥人に興味津々のようだな、ルーリー。尻尾がピコピコしてるぞ」
ディーター先生は面白そうな顔になって、『仮のウルフ耳』を一撫でしてくれた。ディーター先生いわく、フィリス先生の妹のように感じるんだって。光栄です。尻尾フリフリ。
程なくして、フィリス先生と共に、2人の見知らぬ人物がやって来た。大男と小男って感じ。
1人は壮年って感じの、レオ族の筋骨隆々の大男。
茶色のタテガミは、立派と言うよりは無造作な印象。迫力のある古傷が顔面の各所に見えるけど、貴族とは違って、親しみやすい感じだ。市場の商人たちがよく身に着けるタイプの旅装に、武官タイプの、長剣にもなるのであろうホルダー付き『警棒』を下げている。レオ族の旅商人らしい。
旅商人の旅装は、通常の衣服の上に、鎖帷子のように頑丈なチュニック丈のベストを重ねるタイプ。このベストは、予期せぬモンスター襲撃や盗賊への対応のため、ハイテク防刃仕様となっているスグレモノ。武官服の紺色の布地にも使われている。
と言う事は、もう1人が鳥人。白い長髪に白い長ヒゲで、お爺さんだと分かる。わたしより背丈はあるけど、小柄。鳥人の平均的な体格って、細い感じなのかな。スラリとしたお爺さんだ。
白い長い髪は、背中でゆるりと結わえられている。民族衣装の名残らしき古典紋様のある鉢巻をしていて、後頭部の結び目の辺りから、銀白色の飾り羽が1本、スッと伸びていた。冠羽みたい。
鳥人のお爺さんがまとうのは、銀鼠色の、丈の長いポンチョだ。鳥人の魔法使いは、ポンチョをまとうみたい。古典的な『魔法の杖』さながらの、先端の曲がった長杖をつきながら歩いている。
ディーター先生が驚いたように目を見開き、身を正した。
「鳥人の大魔法使い殿の訪問を頂くとは光栄です。お初にお目に掛かります。私はウルフ族の上級魔法使い治療師『地のディーター』と申します」
挨拶を受けた鳥人のお爺さんの方は、顔いっぱいに陽気な笑みを浮かべ、鷹揚にゆるりと頷いて来た。
「あぁ、これは正式な訪問じゃ無いから、そう畏まらんで構わんのじゃよ。私は『風のバーディー』じゃ。このレオ族の若いのと、気楽な諸国漫遊の旅をしておってな。聞けば、この美人の秘書と新婚だそうじゃな。お祝いを言うよ」
ディーター先生は、バーディー師匠の言葉を受けて、滑らかに一礼する。さすが王宮仕込みの所作。
「祝福を有難うございます、風のバーディー・シルフ・マイスター殿。お噂は、かねがね」
ついで、鳥人のお爺さんに『レオ族の若いの』と呼ばれたレオ族の壮年男が、意外に丁重な所作でディーター先生に一礼した。
「私はレオ族の旅商人、『地のレルゴ』と申す。元は戦闘隊士なのだが、元手が溜まったのを幸い、遠隔商売ビジネスを始めている。大魔法使いバーディー師匠の協力のお蔭で、魔法道具を商う本格的な隊商ビジネスも軌道に乗り始めている。まだ新入りなのだが、贔屓にして頂けると光栄で御座る」
ディーター先生も、レオ族の『地のレルゴ』さんに、敬意を込めて丁重に礼を返している。
わたしが首を傾げていると、フィリス先生がタイミングよく、こそっと解説してくれた。
何でも、魔法道具の運搬を専門とする隊商は、価値が高く危険度も高い商品を運んでいる――という事もあって、戦闘能力が非常に高い者でないと、リーダーを務められないのだそうだ。なおかつ度々、『マイスター称号』を持つ大魔法使いが、アドバイザーとして同行する。
ちなみに、魔法道具の運搬を専門とする隊商は、大物クラス竜人が、リーダーである事が多い。大物クラス竜人は、とんでもなく頑丈な竜鱗だけでなく、『竜体』の時の空中戦闘力も突出しているからだ。
魔法道具の業界は、闇ギルドと最も深く接触している部分だ。油断のならぬ危険な魔法道具が出て来る事が珍しくない。最も深刻な魔法トラブルが起きやすい領域でもある。『マイスター称号』を持つ大魔法使いは全員、この領域の安全保障に関わる事が義務となっているのだそうだ。
――成る程だ。
以前に来ていた『地のアシュリー』という年配のウルフ族の女性も大魔法使いで、超大型モンスター《大魔王》が出て来るレベルの深刻な《魔王起点》事件に対応したとか、何とか……
――あれ? でも、『風のバーディー』って、確か……
そんな事を思いついていると、『ぬーっ』と大きな人影が傍に立った。ぎょっ。
レオ族のレルゴさんが不思議そうな顔をしながら、大柄な身をかがめて、のぞき込んで来た。
「小っこいの、えらい『炭酸スイカ』カラーリングの毛髪だな。こんなドギツイ染髪料、その辺に売ってねぇ筈だが。ん? 茜メッシュ……って事は、パッと見、坊主に見えるが、女の子かい?」
仰天の余り、一歩後ずさって、口をパクパクしていると――
鳥人のお爺さんが手慣れた様子で、『魔法の杖』の先端の曲がっている部分を、レルゴさんのベストの端に引っ掛けた。愉快なお爺さんが、そのまま『魔法の杖』をグイッと引くと、レルゴさんは『うわっ』と言いながら尻餅を付いたのだった。
「レルゴ殿は、ただでさえ身体がデカくて物騒な面相なんじゃから、子供を脅かすんじゃないと、さっきも言ったじゃろうが。城下町のモンスター商品マーケットでも、その顔面で、子供を泣かしているんじゃからのぅ」
「脅してねぇよ! 第一、私は子供好きなんだからな!」
――コメディだなぁ。
それに、この鳥人のお爺さん、飄々としていて掴み所が無いけど、安心できる人だ。理由は分からないけど、直感的に、そう思う。声はともかく、妙にシワが少ない……年とっても若く見える性質?
鳥人のお爺さんは、「連れが失礼したのぉ」と笑いながら、わたしを眺めて来た。そして、『おや』と言う風に目を見開いて来た。『炭酸スイカ』な蛍光黄色と蛍光紫の毛髪、それに毒々しいまでに真っ赤な『花房』付きヘッドドレスと言う、目の痛くなるような取り合わせを見て、ギョッとしたみたい。
――不思議な銀色の目だ。珍しい色合いだと思う。あのエーテル天体の色を、そのまま映したような……
わたしは少し驚いて、目をパチクリさせた。ジッと見てみたけど……やっぱり、あの色だ。
「……《銀文字星》の目をしてる……」
鳥人のお爺さんは、見る間に訝しそうな顔になった。次に浮かんで来たのは、深い驚愕の表情だった。
「――サフィ? 水のサフィール?」
――その場に、途轍もない絶句が広がった。




