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秘密会談な昼食会(後)

ジルベルト閣下の大きな右手が――わたしの左手を取って来た。


意外に柔らかな扱いに驚く。


ジルベルト閣下は、意図の窺い知れぬ黒い眼差しで、わたしの左薬指に出た《盟約》のサインを、ジッと観察していた。


左薬指にある謎のラインは、陽光にかざして、やっとペカリと反射しているのが分かる。


何とも曖昧な代物ではあるのだ。記憶喪失なわたしには、こんなに薄くても《盟約》が成立しているのか、それすらも良く分からない。


茜色と言うには到底及ばない、ごくごく薄い、地肌に溶け込みそうな程の仄かな色合い。レースで出来た敷波紋様のようなパターンがあって、それと組み合わさるように、見覚えのある薄い水色の花蕾が5つばかり、指を取り巻いている。


「もう良い」


ジルベルト閣下が手を放してくれたので、そそくさと手を仕舞う。緊張してしまった。まだ心臓が落ち着かない。


フィリス先生が『食事を始めて良いわよ』と促してくれたので、ジルベルト閣下をチラチラと窺いながらも、食事を始めたのだった。


――圧倒的な存在が目の前にいるせいか、余り食事している感覚が無い……


ディーター先生が次第に面白そうな顔になって、いっそう無表情になったような印象のあるジルベルト閣下を見やった。


「お忍びの成果は如何でしたかな、ジルベルト殿」

「この目で見ても、正直、まだ信じられん。《予約》が成立しているうえに、本物の《花の影》を、この目で見る事になるとはな」


――《予約》?


首を傾げていると、フィリス先生が有能な秘書の顔をして、小声でそっと解説してくれた。


「未成年の場合の《盟約》は、色が薄い方の《予約》になるの。ルーリーが成年だったら、ちゃんとした茜色の《盟約》として成立してたわ」


――あ。成立してたんだ。《盟約》。何か実感が無いけど。頭がグルグルしてるけど。


どうやら、ジルベルト閣下は、驚けば驚くほど無表情になる性質らしい。クレドさんは感情の分かりにくい人だけど、この人も、相当に分かりにくい人だなぁ。さすが血縁。


ジルベルト閣下は腕組みをして思案する格好になり、ブツブツと呟き出した。


「ヤツは幼い頃に両親を失ったが、第五王子の血縁という立場からすれば、宮廷の貴公子の1人として、リオーダン殿下と同様、アルセーニア姫との《盟約》を望みうる立ち位置にあった。オフェリア姫ともだ。シャンゼリン嬢とは、王宮の社交行事で顔を合わせて以来、5年以上も付き合っていたから、そのうち何かあるかと思っていたのだが――」


そこで、ジルベルト閣下は、鋭い眼差しでチラリとわたしを見据えて来た。ぎょっ。


「――あの日か、ヴァイロス殿下の暗殺未遂事件があってから、ヤツは急にシャンゼリン嬢を眺める事に興味を無くした。文字通り、あっさりとな。原因が、この妙な混血顔の『炭酸スイカ』とは思わなんだ。回廊で見かけた時は、女に無関心な余り、イヌ顔な童顔趣味のボーイズ・ラブに走ったのかと案じたくらいだからな」


やっぱり血縁。ジルベルト閣下は、クレドさんの保護者な人物でもあったんだ。クレドさんを良く見てた訳だ。それにしても、良く見てるなぁ。魔法部署の幹部って聞くと、何か忙しそうだなと思うんだけど。


ジルベルト閣下は、相変わらず意図の窺い知れない冷涼な眼差しをしたまま、ジロジロと観察して来る。やがて、ジルベルト閣下が再び口を開いた。


「ルーリーが、どこぞのハーレム団の妻の候補として、レオ帝都に居たのは確実なようだな。その『花房』をさばきつつ食事マナーをやり遂げるのは、レオ帝都に定住する訓練されたハーレム妻を除いては、ほとんど居ない。ましてや、ウルフ族の未婚の娘の中では、なおさらだ」


思わず、息が止まる。


顔の左右に長く垂れている、毒々しいまでに真っ赤な『花房』。これ、手元の扱いがマズいと、『花房』となっているビーズの下端が、フォーク類に絡まったり料理皿に突っ込んだりしかねない代物。


――無意識のうちに、『花房』をさばいてたんだ。骨の髄まで叩き込まれた、身体的スキル。


ジルベルト閣下の指摘は続いた。


「どこぞのレオ族の有力者か御用達の豪商――と言った関係で、我が甥と遭遇し、相思相愛になるまでの関係があった筈だが。全面的な記憶喪失で、まるごと覚えていないそうだな。《宝珠》だけが記憶喪失のショックを切り抜けて、相思相愛の想念を保持していたと言うのは、論理的には説明が付くし、多くの前例もあるから納得はできるが、不思議な話だ」


――うーん、それは、わたしも不思議な話だと思うよ。


噴水広場での初対面は最悪の状況だったし。高所トラウマ、地下牢の階段が原因だし。


ジルベルト閣下が腕組みをしつつ、不意に眉の端を吊り上げる。不穏な表情だ。ぎょっ。


「つくづく妙な娘だ。実に分かりやすく顔と尻尾に書いてあるくせに、訓練で会得したスキルなのか、元ハーレム要員としての表現規制ルールがそうなのか、恋愛表現だけは非常に分かりにくい。その《予約》成立の証が無ければ、実は我が甥に無関心なのかと思うほどだ。シャンゼリン嬢の方が恋愛と誘惑の手練手管を使っていた分、分かりやすかったという事もあるが。普通に、ヤツの額に口付けをしたんだろうな?」


うわあぁぁ。思い出しちゃったよ。黒歴史の中の黒歴史。


――あれ、転んで失敗して、口周り、ぶつけたんだよね。頭突きするような感じで、おでこに、かじり付いたって言うか……


茶器を口に運ぶ途中で、ジルベルト閣下の動きが止まった。文字通り目がテンになっていて、『は?』という感じ。


ディーター先生が、ジルベルト閣下の隣で、口をパカッと開けている。ほぇ?


「転んで、頭突きする勢いで――衝突しがてら、かじり付いたのか?」


ディーター先生の素っ頓狂な口調が続いた――暫し、奇妙な沈黙が広がった。


やがて、ジルベルト閣下が顔を伏せて、肩を震わせ始めた。クレドさんと似た笑い方だ。さすが血縁。


「ふ、ふ、ハハハハハ……! それではヤツも、事故か、拒否か、分からなくて、困っただろうな……! そうか、ヤツの、あの時の変顔は、そういう訳だったのか……!」


ジルベルト閣下の吹き出し笑いは、目の端に涙をにじませるほどの、バカ笑いになったのだった……


*****


ジルベルト閣下との昼食会は無事に終わった。


わたしが此処に現れた最初の日からの、アレコレの経緯は、あらかた明らかにされた。特に秘密でも何でも無いもんね。


かくして、ジルベルト閣下は、肩を震わせながら帰って行った。


記憶喪失から始まった、今のところ1カ月足らずの人生だけど、そんなに傑作だったんだろうか……


意外に笑い上戸な人だから、ビックリだ。


ジルベルト閣下が、わたしに対して如何なる印象を持ったのかは――謎。


クレドさんは、第五王子の血縁な名門の出身、しかも純血の貴種のくせに結婚の意思が無かったから、ジルベルト閣下は、それなりに気を揉んでいて、扱いに困っていたそうだ。クレドさんのような貴公子は元々、それなりのウルフ族の令嬢と早めに婚約するのが普通だから、余計に。


これもビックリなんだけど、クレドさんの王族としての継承順位、高かった。クレドさん自身は何も言わなかったし、クレドさんの言動からして、その辺は無関心なように見えるんだけど。


ジルベルト閣下の一族の後継者たちの中では、影の薄い傍流の出身ながらトップ。ひとたび望めば、本家の嫡子を差し置いて、ジルベルト閣下から直接に第五王子の地位が転がり込んでくる。親衛隊に所属するのは貴種ウルフ族でも難しいのに、そのうえ、更に能力を求められる『斥候』だし。


そんなクレドさんは、ウルフ貴公子としては、まだまだ新参の年齢。


親衛隊士としては若手ベテランなんだけど、その分、諸国の社交界におけるウルフ貴公子としての経験は、少ない方。いわゆる御令嬢たちにとっては、この上なく好都合な獲物ではある。


クレドさんが性質の悪い女に引っ掛かった場合は(特に、闇ギルドと関係のある女に引っ掛かった場合は)、金銭問題とか脅迫問題とか、色々大変になるのは、火を見るよりも明らか。


わたしが闇ギルドの悪女と判明したアカツキには、ジルベルト閣下おんみずからが、『始末』する予定だったそうだ。


なおかつ一族を率いて、所属先の闇ギルドを、ぶっ潰す計画も立てていた。さすが貴種。怖い。

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