秘密会談な昼食会(前)
――ぐぅ。きゅるる。
空腹を主張するお腹の音で、目が覚めた。目をパッチリ開いてみると――
わお、太陽が南中の位置にある。真昼ッ?!
思わずワタワタと腕と尻尾を振り回すと、掛け布団がバサッと落ちた。再びお腹が『ぐぅ』と鳴る。空腹すぎて死ぬ……
「おぉ、すごい腹の音だな。隣まで聞こえて来たぞ」
おかしそうに笑いながら研究室のドアを開いて来たのは、ディーター先生だ。何やら謎の含み笑いも付いている。その、やたらと聴力のあるウルフ耳、反則じゃ無いですか!
そして――
ディーター先生の金茶色の頭部の後ろから、何やら黒いウルフ耳が飛び出しているんですけど……クレドさんに似てるけどクレドさんじゃ無いような……誰?!
ギョッとして、目を見開いていると。
ディーター先生より少し年上と言った感じの、背の高い黒狼種の上級魔法使いが、ディーター先生の後ろから姿を見せた。
ウェーブの掛かった漆黒の髪。チラホラと白髪が混ざり出しているけれど、それ程と言う訳じゃ無い。冷涼な顔立ちに、刃のような黒い眼差し。その眼差しの冷たさと来たら、ジッと見つめられていると、さながら伝説の貴種の祖だと言う『大狼王』に睨み据えられたような気がして来るほどだ。
――上級魔法使い『風のジルベルト』閣下。ザ☆秘密主義だという噂の第五王子。この気迫、さすが貴種!
ピシッと全身が固まった。ベッドの上で、やや身を起こしたまま。
ジルベルト閣下の涼しすぎる眼差しが、頭のてっぺんから足の爪先まで、ジロジロと眺めて来ているのを感じる。だんだん、背中にイヤな汗が伝い始めた。
――まさか、取って食うとか?!
やがて、ジルベルト閣下が、無表情に口を開いた。この冷涼にして端正すぎる無表情、やはり誰かに似ているような……
「私には『炭酸スイカ』を取って食う趣味は無いぞ。甥には、あったようだが」
――ほぇ?!
口をアングリと開けている内に、『何やら面白い事』を言っていたようなジルベルト閣下は、再びディーター先生の後ろに引っ込んだ。そのまま、貴族そのものの威風堂々たる立ち居振る舞いでもって、隣の研究室へと消えて行く。
ジルベルト閣下が身を返した拍子に、後ろ髪をまとめている髪飾りが、キラリと光を反射した。見事な宝飾細工の付いた髪飾りだ。さすが貴族の装い。
部屋の空気がガラリと変わる。ジルベルト閣下の存在によって『ピシッ』と凍っていた空気が無くなると共に、わたしの身体も硬直を止めて、バッタリとベッドに沈み込んだ。
その拍子に、真っ赤なヘッドドレスからお下げヨロシク流れる、毒々しいまでに真っ赤なビーズ製の『花房』が、シャラリと左右の頬に掛かる。……夢じゃ無かった。夢だったら良かったのに。
――氷漬けにされて、極彩色の七色のリボンを頭に飾られるのかと思った……ぐぅ。
ディーター先生が今にも吹き出し笑いをしそうな顔をしながらも、3枚ほどのクッキーを乗せた皿と、1杯の水を差し出して来た。
「まぁ、ともかく、あと一刻ほどで昼食会だ。補助クッキーを食っとけ。腹の虫も当座は大人しくなるだろう。フィリスは今は忙しいんでな、一人で着替えとかは出来るな?」
――昼食会? 昼食会と言いました?
「ああ、ジルベルト殿はルーリーと話し合いをするために来られたのでな。昨日のうちに、チェルシーとポーラとメルセデスから、ルーリーの衣服だと言うグリーンの外出着が物品転送の魔法陣で送られて来たが、あれで良いだろう」
――えーっと。ジリアンさんの結婚式に行く時に来ていた、おニューの外出着。中級侍女のユニフォームに似た、ワンピースとベストのセット。……で、昼食会。昼食。
補助クッキーを口に含んだところで、いきなり、その恐るべき意味に思い至った。
――は?! 昼食会ですと?! 何で、ジルベルト閣下と?!
思わず尻尾が『ビョン!』と跳ねちゃったよ。わたし何か、マズイ事しました?!
ディーター先生は、相変わらず意味深そうな含み笑いをしながら、わたしの頭を撫でて来た。そこには、『呪いの拘束バンド』とヘッドドレス似の魔法道具の一体化に挟まれて固定されてしまった、『仮のウルフ耳』が付いている。
「少なくとも、ジルベルト殿には、ルーリーを取って食う予定は無いから安心しろ。それよりも、一刻で準備を済ませてくれ。ジルベルト殿は遅刻されると、途端に不機嫌になるのでな」
――わ、わ、分かりましたッ!
ジルベルト閣下と向き合って食事する勇気はありませんが……!
*****
わたしは超特急で身体を清め、寝ぐせの付いた髪を整えた。
あれから髪色は変わらず、蛍光黄色と蛍光紫のマダラに変色してしまったままだから、髪型だけは丁寧にしないと。
とりあえず『呪いの拘束バンド』がハマったままと言う事もあって、その周りの髪は余り乱れていない状態だから、ブラッシングは早く済んだ。
グリーンのワンピースとベストのセット、元々、仕事着から発展した簡素なデザインだから、パパッと着られて良かった。簡にして要を得たデザインって、素晴らしい。
頭部が、『呪いの拘束バンド』と真っ赤な花房付きのヘッドドレス、それに『炭酸スイカ』カラーリングされた毛髪、という凄まじい状態なので、どうにも落ち着かない。出来るだけ礼を失しないように、丁寧に動作するのみだ。
ドアをノックして、ディーター先生の研究室に入る。
ディーター先生の研究室の、窓に近い一角が片付けられていて、昼食会の場が出来ていた。
研究室のゴチャゴチャした部分が気にならないように、簡単な仕切りも立てられている。テーブルをセットしたのはフィリス先生だ。フィリス先生、ホントに何でも出来るスーパー助手だなあ。
ディーター先生とフィリス先生とジルベルト閣下は、既に席についていた。前菜を済ませていたようで、フィリス先生の淹れたお茶を一服している所だ。フィリス先生の誘導で、一礼して空いている席に着座する。
ジルベルト閣下は貴族そのものの仕草で茶器を扱いながらも、わたしの一挙手一投足を注意深く眺めている様子だ。緊張する。
――そう言えば。
風のトレヴァー長官から『お尋ね』を持って派遣されて来た貴公子『風のジェイダン』と言う人、ジルベルト閣下は秘密主義だから、下手に喋ったら、情報を握り潰されるとか言ってたっけ。
でも、この場合、何をどう喋るべきなんだろう。
――と言うか、この秘密会談な昼食会の目的って、いったい何?
ドキドキしながらも、『何か言葉があるのだろう』と待ち受けていると、ジルベルト閣下が茶器を降ろした。涼しすぎる黒い眼差しでわたしを見据えつつ、おもむろに口を開いて来る。
「水のルーリエ嬢。ルーリーと呼ばせて頂こう。私は第五王子の位を戴く『風のジルベルト』。ちなみに、クレドは、我が甥だ。ヤツの正式名『風のクレディド』は、既に知っている事と思うが」
――や、や、やっぱり、タダ者じゃ無かった~ッ!!
で、でもクレドさん、王族の関係者だったって事……信じられないけど納得できるとか……うそだぁ。
ピシッと固まっていると、ジルベルト閣下が面白そうに口の端を上げた。
こんな形容が、この冷涼で無慈悲そうな人に適用できるとは思わなかったけど、優美な笑みだ。ハッとする程、クレドさんと似ている。
と言うよりはむしろ、クレドさんが、この人に似ている、と言うべきなのかも知れない。
――誰かに似ていると思ったのは、間違いじゃ無かった……
ジルベルト閣下は、涼しすぎる眼差しを更に細くした。刃のような光が揺らめく。口元は優美な弧を描いているのに、目が笑っていない。気温が下がりそうだ。
「――と言う事は《盟約》の際、ヤツはおのれの身分を、何も説明しなかったのだな。今一度、吊るしてやらなければなるまい。それに、『炭酸スイカ』とはな……本気で眼科の受診を考えねばならぬようだ」
……《盟約》? 《盟約》と言いました?
少しの間、意味が分からなくてポカンとしてしまった。そして――思い出した。
あああぁぁあぁぁぁああ!!
確か、クレドさんと《盟約》と呼ばれるような行為はしてたよ! 前の《暁星》の刻に! 転んでしまったし、結局かじり付いてしまったし、事故っぽい感じだったけどさ!
「左手を出してくれたまえ」
さすが貴種、第五王子。上級魔法使いにして魔法部署の幹部。命令し慣れている口調だ。
思わずピッと指を揃えて、両手を差し出してしまう。




