謎と黙示のスクランブル・4
そして――バーディー師匠の口調が変わった。
「この際じゃ。《風の盾》ユリシーズ殿から預かった内容を、説明しようかの」
空気が、ピンと張った。
「――まず、これは現在時点、最高機密とされておる。洩らすなよ。サフィールは公式には『体調不良、長期休養』とされておるが。実際は、サフィールは、レオ皇帝の後宮から姿を消したのじゃ。それも、普通では無い方法でな」
バーディー師匠の説明が続いた。
――レオ皇帝の後宮は、ひとつの都のような広さを持っている。最も大きな城館が、レオ皇帝のハーレム館だ。後宮の都の別の場所には、レオ王のハーレム館があり、また別の場所には、レオ王子のハーレム館がある。
そんな後宮の都の中央辺りに、ひときわ大きな軍事施設がある。モンスター襲撃に備えた施設だ。
最大強度の《雷攻撃》魔法にも耐えられる奇跡の建材、金剛石が全面的に使われている。後宮の都に強大なモンスター襲撃があった場合は、戦闘隊士と魔法使いとで、この軍事施設にモンスターを追い込んで始末するのだ。
かの当日。
サフィールは夕方の自由時間を使って、この施設に来ていた。普段は人が来ないので、新しく強大な魔法を考案して実験するには、最適な場所でもあった。
そこで、何があったのかは知れぬものの。
軍事施設は、いきなり、大容量の《四大》エーテルが激しく暴発するという、バースト事故を起こした。
バースト事故は、最大級の魔法事故だ。まさに超新星が出現したのと同じような事態となる。
現場近くには、たまたまだが、レオ王ハーレムの水妻ベルディナが居合わせていた。《風の盾》ユリシーズが異変を察知して駆け付けた時、第二位の《水の盾》ベルディナは、バースト事故に巻き込まれて死にかねない所だった。
ユリシーズは、ベルディナを救出する事、バースト事故による恐るべき衝撃波を抑え込む事に精一杯で、サフィールの身柄までは確保できなかった。
ちなみに、その後――3日もの間、レオ帝都は時ならぬ『雷電シーズン』の如き、激しい雷雨に見舞われていた。季節外れの、想定外の落雷と大雨。
その場の天候を激変させる程の、強力な守護魔法――《風の盾》――が立てられていなければ、バースト事故により、広大なレオ帝都の全体が、何も無いクレーターの如き荒涼とした地形と化していただろう。
全てが終わった壮絶な現場を、レオ帝宮に勤める上級の戦闘隊士たちや高位役人たちと共に調査してみると。
金剛石の建材で構成されていた巨大な建築――大型モンスターの攻撃にも耐えられるレベルの頑丈さを兼ね備えていた筈の大いなる軍事施設は、完全に原形を留めぬ更地となっていた。
その更地の周り、《風の盾》が敷かれていたラインに、金剛石を主成分とする瓦礫の山脈が、グルリと出来ていた。
8人ばかりの侵入者――後宮に入る資格を持たない、闇ギルドに属する種類雑多な種族の侵入者たちが、その瓦礫の中から見つかった。
彼らは、皆、死体になっていた。それも普通の死体では無い。体内エーテルを全て抜き取られて、完璧な剥製と化し、更にバラバラになった死体だった。
侵入者たちは、強い魔法使いを拘束するための、拘束用と拷問用の魔法道具を多々持ち込んでいた。非合法な《雷攻撃》魔法の武器も。いずれも闇ギルドの製品。
サフィールを拉致誘拐ないし拷問するために、後宮まで忍び込んで来ていたという事は明らかだ。彼らを手引きした者が誰なのかは、まだ分かっていない。
更に、全員が全員、死刑囚に使う拘束衣を手にしている状態だった。誰かがサフィールに拘束衣を着せるのに成功していたらしく、サフィールの『花巻』や普段着が、現場から吹き飛んだ瓦礫の下で見付かった。
サフィールは、消えていた。影も形も無く。
一方で、侵入者たちのバラバラになった死体をつなぎ合わせてみると、数が一致しなかった。
種族系統が不明になるまでに徹底的に干からびて取れた『左腕と思しき物体』だけが、現場に残された死体のいずれとも、一致しなかったのだ。どうやら、侵入者は、全員で9人だったらしいのだ。
侵入者のうち1人だけは、左腕を失いながらも幸運にもバースト事故を逃れ、更に、後宮からも逃げおおせたらしい――
――バーディー師匠の話が終わった。
レルゴさんが、震え声で、「マジかよ」と呟いている。きっと、蒼白な顔色だろう。干からびた剥製になるなんて、最も考えたくない死に方のひとつだ。
記憶喪失なわたしには、サッパリ分からない――のだけど。
バースト事故。巨大な軍事施設――それも、モンスター対応になっている施設が、跡形もなく粉砕する程の魔法事故。それ程の巨大な魔法エネルギーが、自然に発生する物だろうか?
その疑問に対する回答は、次に続くバーディー師匠の言葉で明らかになった。
「ユリシーズ殿の推測じゃがの、サフィールは《メエルシュトレエム》を発動したらしい。最高位の《水の盾》が発動する『大渦巻』――ともなれば、そこにバースト事故レベルの大容量エーテルが集中し、更に《アルス・マグナ》が発動可能になっても不思議では無かろう。それで、サフィの……ルーリーの《宿命図》が大変動を起こした理由も説明が付く」
バーディー師匠のコメントの後、暫しの沈黙が降りた。それぞれに思案に沈んでいる様子だ。
やがて――アシュリー師匠が、再び着衣を済ませたわたしを、ゆっくりと眺め始めた。フィリス先生も、何とも言えない表情だ。落ち着かないなあ。
「サフィは、いえ、ルーリーは……全く覚えてないのね」
――全く覚えてないよ。
元・サフィールと言う実感も、まるで無いし。《アルス・マグナ》って何?
アシュリー師匠は思案深げな顔になった。
「通常の魔法に対する上位の魔法が、《アルス・マグナ》よ」
――ふむ?
「通常の魔法は、《宿命図》を通じてエーテル魔法を発動するという在り方。世界の摂理を超える物では無い。それに対して《アルス・マグナ》は、自分と世界の相関関係そのものを変える魔法だから、魔法の在り方が全く違う。《宿命図》そのものに――万物照応の有り様に干渉する……文字通り、宿命と運命を一変させる、『大いなる術』なの」
そう言って、アシュリー師匠は、ひとくさりの魔法呪文を呟いた。
――《星界天秤》の御名の下に。宿命は生を贈与して、運命は死を贈与する。しかしこれら二つのものは、一つの命の軌道を辿る――
その魔法呪文と共に、《星界天秤》を呼び出すための、膨大な数の『正字』を配列する。それも、多次元の時空に展開する、多重魔法陣というスタイルで。壮絶なまでの記憶力と想像力と――集中力を要求する作業だ。
天球の彼方の《星界天秤》を、傾けようとする行為だ。おのれの《宿命》を動かし、《運命》の軌道を新たに描き直す事だ。いわば、ひとたび死んだ後、よみがえって来るに等しい行為だ。なかなか、容易な事では無い。
そう言う意味では――ルーリーの前世が、サフィールだとも言える。
アシュリー師匠は、そう説明すると、ディーター先生の研究室に戻るよう促して来た。
まだ確かめなくてはならない事が、山ほどある。長い1日になりそうだ。




