紫金の色のファム・ファタル(中)
アシュリー師匠の話は続いた。
「水のサフィールは、元々は名を封印された『闘獣』だったのよ。私が保護したウルフ族の『闘獣』たちの中に居た。超大型モンスター《大魔王》狩りがあった現場でね。闇ギルドの依頼による不法なモンスター狩りは、後始末がキチンとしていない。人工の物だった場合は、人工の《魔王起点》を分析して塞がなければならないのは分かってるわね」
――うん、わたしにも分かるよ。
ディーター先生とフィリス先生も、青い顔をしている。
――《大魔王》が出て来るレベルの《魔王起点》、途方もなく深刻なレベルなんだろう。上級魔法使いどころか、大魔法使いで無ければ対応できない、と言う程の。
「たまたま近くで、鳥人の大魔法使い『風のバーディー』がフラフラ飛んでいてね。彼も引っ張って来て、ようやくの事で《魔王起点》を塞いだの。この7年前の《魔王起点》事件は、魔法部署の資料室にもあるから、詳細を知りたければ後で読んで。私からは余り言いたくないのよ、悲惨な現場だったから。しかもその後、闇ギルドでは、《大魔王》商品で大儲けした人が何人も居たわ」
アシュリー師匠は、『やり切れない』と言った風に何回も首を振りつつ、語り続けた。
――闘獣としてのサフィールには、正式名を封印するタイプの《紐付き金融魔法陣》が刻印されていた。
つまり、この闘獣には、正式名を強奪する事で絶対的な支配者となった、『飼い主』が居た。サフィールの働きに応じて、『飼い主』に儲けが入るようになっていた。
――《大魔王》商品で大儲けした人の中に、サフィールの『飼い主』が居たのは明らかだ。
当のサフィールは。
重傷を負って、他の動けなくなった『闘獣』たちと同様、モンスター襲撃の現場に放置されていた。
闘獣マーケット業者による回収が間に合わなければ、雑魚モンスターのエサになるのは確実だった。これまでとは別の闘獣マーケット業者に見つかれば見つかったで、獣体拘束用の首輪が別の業者の物に交換され、怪我から回復次第、檻に入れられて取引され、次のクエストに放り出される運命だ。
サフィールの『飼い主』の方は――何処か遠くの安全圏に居て、《紐付き金融魔法陣》を通じて振り込まれた大金を手にして、ホクホクしているところの筈だ。
所詮、闘獣は戦闘奴隷に過ぎない。
闘獣の飼い主としては当然の事だけど、一片の慈悲も与えるつもりは無かったと言う事。『自力で生還せよ、そして生還したら、また出撃せよ』と言う事だ――
ちなみに、獣体拘束用の首輪は、いつかは壊れる代物だ。幸いにして偶然、獣体拘束用の首輪が外れた闘獣の場合は、まだ動けるようなら、その場から脱走して自由になれる。
――『飼い主』を持たない、野良の闘獣であれば。脱走に成功すれば、相応の自由を手に入れられるケースが多いのだ。例えば、元・闘獣だったと言う『水のニコロ』のように。
アシュリー師匠は、ディーター先生に『3次元・記録球』の、音声のみの再生を注文した。
「そう、この『水のニコロ』という、イヌ族の脱走者が記憶していた、シャンゼリンの言葉。私たちが施した対抗措置は、一応は有効だったみたいね」
黒い《土星》さながらに輪を出した球体からは、再生された証言内容が湧き上がって来ている。
『我が闘獣! 我が《紐付き金融魔法陣》の下に帰り来よ――』
アシュリー師匠は、数回ほど、納得がいったように頷いている。
「レオ帝都に居るサフィールに何かがあって、『飼い主』にもシンクロして伝わる程に《暗示》が薄れるような事態が起きたに違いない。でも、ユリシーズの処置が早かったのね。サフィールは《召喚》に反応しなかったんだわ」
アシュリー師匠は、きりっと背筋を伸ばし、ディーター先生とフィリス先生を順番に眺めた。
「シャンゼリンの死体は、きちんと氷漬けにしてあるでしょうね? もし、まだ死体保存の魔法を施していないようなら、魔法部署の方で、すぐに対応してちょうだい。あと数日もすれば、くだんの《紐付き金融魔法陣》が死体の表面まで浮き上がって来る筈よ。重要な証拠だから」
ディーター先生が『仕事の顔』で応じている。
「勿論です、アシュリー師匠。この『水のニコロ』による証言は魔法部署の方でも了解済みです。魔法部署のトレヴァー長官ご自身が《紐付き金融魔法陣》という要素に気付いて、シャンゼリンの死体から《紐付き金融魔法陣》を取り出す事の重要性を強調していましたから、その点は抜かりは無いかと」
アシュリー師匠は重々しく、シッカリと頷いた。
「シャンゼリン側の《紐付き金融魔法陣》データが取れたら、提供してちょうだい。私たちが持っている、サフィール側の《紐付き金融魔法陣》データと一致すれば――サフィールに対する『闘獣』としての呪縛が、やっと終了したと言う証になるわ」
白髪の多い栗色の毛髪を持つ、老女――ウルフ族の大魔法使い『地のアシュリー』の、静かな声が続いた。栗色のウルフ耳とウルフ尾が、心の波立ちを伝えるかのようにユラユラと揺れている。
「これも最高機密なのだけど……サフィールの正式名は、今でも不明なのよ。情報統制によって秘密になっているんじゃ無くて、本当に不明なの」
豊かなコントラルトの声が、思案深げな響きを帯びた。
「その闘獣を保護した時、《紐付き金融魔法陣》の存在に気付いて――これは途轍もなく厄介な事になったと思ったものよ。『飼い主』付きの闘獣は珍しいうえに、救出に成功した事例が非常に少ない。下手に《紐付き金融魔法陣》や《宿命図》を探って、正式名を他人が呼ぶと……その瞬間、《紐付き金融魔法陣》のシンクロを通じて『飼い主』が異変に気付くのよ。どれだけ離れていても」
――『飼い主』が異変に気付いて、『証拠隠滅を兼ねて、死ね』と、《紐付き金融魔法陣》を通じて命じれば。
その闘獣は指令に応じて、みずからの《紐付き金融魔法陣》を破壊しつつ、自殺する。証拠となる死体が残らないようにするため、焼身自殺という手段が最も多い――
必然として。獣王国全体で、『闘獣の飼い主』は、種族を問わず死刑の対象である。闇ギルドの構成員でさえも、利害の衝突の次第によっては、『闘獣の飼い主』を「生死問わずの高額の賞金首」とする程だ。
アシュリー師匠は、ディーター先生とフィリス先生の理解状況を確かめたのだろう、ひとつ頷いた。そして、更に言葉を重ねていった。
「名を封印されたその闘獣に、高度治療を施したのは、バーディー殿と私なのよ。獣体拘束用の首輪を調べて《水霊相》と分かって、青い宝玉の名前――『サフィール』という名前を与えた。それが正式名だと認識するように、強い《暗示》を施した。サフィールが《紐付き金融魔法陣》を通じた指令に応じなくなるようにね」
ディーター先生とフィリス先生の沈黙は続いている。ウルフ耳は、シッカリと『傾聴』の角度という状態だ。
「シャンゼリンにとって、サフィールは『金の生る木』だったんでしょうね。優秀な闘獣の飼い主と言うのは、非常に儲かるのよ。あの《紐付き金融魔法陣》は、既に4年――ほぼ5年くらいの物になっていたわ。《水の盾》としての強い魔法能力が無ければ、サフィールは、1回目か2回目のモンスター狩りで死んでいたでしょう」
ディーター先生が戸惑いの表情を見せた。腕を組みながらも、片方の手で金茶色の無精ひげをコリコリとやり出す。
「しかし、『狼体』で使える魔法は限られている筈です。しかも闘獣となれば、『魔法の杖』の支給は望むべくもない」
「その通りよ、ディーター君」
アシュリー師匠はお茶を一服し、説明を続けた。
「ただ、あの子は、ひとつ幸運を持っていた。母親の形見の『魔法の杖』を持っていたの。もっとも、名前の刻印が入っている根元の部分しか残って無かったけど。そのお蔭で実の母親の名前は解明できた――『風のキーラ』という名前が。お察しの通り闇ギルドの女。レオ帝都で事件を起こしていたそうでね、大使館の方に幸いにも《宿命図》記録が残っていたわ」
――『風のキーラ』。
最近、何処かで聞いた名前のような気がするけれど――今は思い出せない。
アシュリー師匠は、深い溜息をついた。
「サフィールは、あの頃から、まさに《盾使い》と言うべき天才だったわ。ボロボロの『魔法の杖』で、対モンスター強度レベルの《防壁》を形成してのけていた。それも、指導者も師匠も無しで。闇ギルドの魔法使いたちの物真似でよ。『闘獣』グループとしても、サフィールが入っていたグループは生存率と成功率が共に高かった。《大魔王》狩りなんて無茶なクエストが出されたのは、その成功率の高さを見込まれての事だったに違いないけれど」
シャンゼリンが、サフィールの素質に気付いていたかどうかは分からない。単なる『金の生る木』でしか無い存在の、その本質を、わざわざ、理解しようと思うだろうか?




